ヴェルディ・イヤーの2013年、新国立劇場の新シーズンはヴェルディの傑作「リゴレット」で開幕する。注目の公演を演出するのは、ドイツの鬼才アンドレアス・クリーゲンブルクである。 現在ベルリン・ドイツ座の首席演出家を務めるクリーゲンブルクは、ドイツ演劇界の第一線で活躍する演出家である。2006年からオペラ演出も手掛け、バイエルン州立歌劇場(2008年)・新国立劇場(2009年)の共同制作「ヴォツェック」で世界的に注目を集め、2012年ミュンヘン・オペラ・フェスティバル「ニーベルングの指環」では各国の音楽記事を大いに賑わせた。演劇とオペラ、ともに刺激的な舞台を見せてくれる、いま話題の演出家なのだ。普遍的なストーリーとして作品を読み解き、その本質をあぶり出すクリーゲンブルクの演出は、クールでスリリング。それでいて、彼の眼差しは常に弱者の登場人物に寄り添っている。水の演出が印象的な「ヴォツェック」もしかり。主人公の哀しき詩情の漂う舞台――それがクリーゲンブルクの演出だ。
そんなクリーゲンブルクにとって、道化師として生きるしかないリゴレットの怒りと悲しみはうってつけの題材であろう。「リゴレット」はとても過激な物語だ、と語るクリーゲンブルクは今回の演出で、社会のモラルとは何か、社会における権力とはどうあるべきかを問いたいと言う。そのような新制作「リゴレット」の舞台設定は、なんと、現代の都会のホテルである。 ホテルとは、豪華で優雅な気分を味わえる非日常の空間であり、宿泊者にとっては束の間の“自分の城”。一方で、見ず知らずのさまざまな社会的階層の人たちが、数百とある客室に滞在する、巨大な匿名の集団でもある。部屋の数だけある、プライベートな世界。客室の扉の向こうで誰が何をしているのか、知る由もない。そんなホテルの一室でマントヴァ公爵らが富と権力に物を言わせて舞踏会を楽しみ、リゴレットと娘ジルダはホームレスのようにホテルの屋上で暮らしている―― というように、貴族とリゴレット、富裕層と貧困層という社会の明暗のコントラストが、ひとつのホテルの中で描かれる。貧富の世界の境にあるのが客室の扉であり、廊下である。ホテルの廊下は不特定多数が行き来するパブリックスペースだが、この“匿名の空間”も今回の演出の鍵になるようだ。“静”だった「ヴォツェック」に対し、「リゴレット」ではホテルの廊下を常に誰かが行き来する “動”の演出になる予定。ミュンヘンの「ニーベルングの指環」でインパクトある身体表現を見せたクリーゲンブルクならではの“動”の仕掛けが楽しみである。
クリーゲンブルクは「ヴェルディのオペラの登場人物はとても情熱的で、推理小説のよう。そのような人物を演出するのは、とても興味深い」と語る。「リゴレット」の登場人物たちのさまざまな感情をどのように描き出すのか、期待が膨らむ。廊下に並ぶ客室の扉。その扉の向こうの誰も見たことのない世界を、10月、ぜひ目撃していただきたい。