イリーナ、教えてくれ、僕はもう死んでいるのか?
日常生活の中に潜む心の機微にふれる時間を描出し、独特の魅力を放つ岩松了。「シリーズ/チェーホフ・魂の仕事」の第3弾では、日本のチェーホフとも称される岩松が、チェーホフの名作「三人姉妹」をモチーフに、"チェーホフのドラマツルギー"に時空間を超越して迫るユニークな発想の新作を書き下ろします。
舞台は1946年のアメリカ。とある劇場街にある不入りの芝居小屋。そこでは「三人姉妹」が上演され、その小屋に、チェーホフの物語では死んだはずのトゥーゼンバフが通い詰めている――こうした奇想天外な設定から物語は始まります。婚約者イリーナから自分の死を「私、わかってた」とあっけなく片付けられてしまったトゥーゼンバフが、時空を越えたアメリカで、今再びイリーナに、それも"3人のイリーナ"に出会います。女優のイリーナ、劇場の売り子イリーナ、そして娼婦のイリーナ。さらに当時「ガラスの動物園」を成功させて一躍売れっ子作家となっていたテネシー・ウィリアムズも彼らに絡んでいきます。
決闘で死んだはずのトゥーゼンバフの困惑、彼をめぐる"3人のイリーナ"の愛憎、そしてチェーホフに対して現実にウィリアムズが抱いていたと言われる尊敬と嫉妬心。登場人物たちの心の揺らぎや人間関係がスリリングに交差する展開の中で浮かび上がってくる、「チェーホフはどんなドラマを書きたかった作家だったのだろうか」というテーマへの答えとは……。
トゥーゼンバフに対するイリーナのさまざまな感情の側面を象徴した"3人のイリーナ"には、これが初舞台となる戸田菜穂、荻野目慶子、李丹という魅力的な顔合わせ、トゥーゼンバフに岩松作品ではお馴染みの戸田昌宏、さらに岩松自身がウィリアムズを演じるなど、多彩なキャストが揃いました。
チェーホフの人物像とドラマツルギーに迫る冒険作は、チェーホフ劇の新たな可能性を発見させることになるでしょう。
ものがたり
1946年、アメリカ。「三人姉妹」を上演している客足の悪い劇場に、毎日のように通ってくる男がいた。男の名はトゥーゼンバフ。劇場の売り子イリーナは彼に心ひかれている。宿無しのトゥーゼンバフは浮浪者たちに身の上話を始めた。ロシアで三人姉妹の末娘イリーナと婚約したが恋敵の男と決闘するハメになったこと、軍医チェブトイキンの指示で決闘から逃げ出したこと、その後自分がチェーホフのドラマツルギーの犠牲者、つまりイリーナに「私、わかってた」と言わせるがために殺される運命にあったと知らされたことなど。しかし彼の話を誰も信じようとはしない。
「三人姉妹」に通ううち、イリーナを演じる女優にトゥーゼンバフは恋をした。一方、彼女は向かいの劇場で盛況をきわめる「ガラスの動物園」に出演しようと、作者のテネシー・ウィリアムズに接近中だ。トゥーゼンバフも彼女の手助けをするが、いつしか嫉妬心も燃え始める。また売り子のイリーナも女優に激しい嫉妬を抱き、ピストルを手にする――。やがてトゥーゼンバフは「自分は実は決闘で死んでいるのではないか、それは遙か昔のことではないか」と思い始めるのだった……。
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