バレエ作品紹介:『マノン』
新国立劇場バレエ団では再演を重ねてきた『マノン』。ご鑑賞の助けとなりますよう、過去のアトレ誌に掲載された作品紹介を掲載いたします。
バレエが語る愛と死のドラマ <文:林愛子>
1974年、英国ロイヤルバレエによって初演されて以来、「マノン」は世界中の観客を魅了し続けてきた。このバレエを振り付けたのは、新国立劇場でも上演された「ロメオとジュリエット」の鬼才ケネス・マクミランである。彼は、英国ロイヤルバレエの芸術監督時代に、有名なアベ・プレヴォーの小説「シュバリエ・デ・グリューとマノン・レスコーの物語」をもとにした全三幕のバレエを創作した。プレヴォーが文学史上初めて"墜ちた女"として小説に登場させた"マノン"は、1731年の発表から読者の心をつかんではなさない。マクミランがこの物語に惹かれたのは当然だろう。彼は、バレエがおとぎ話の世界だけでなく、愛と裏切り、運命に翻弄される悲しさ、人間の純真さと心の闇をも描けることを知っていたからである。
バレエ「マノン」の主人公はマノンと、彼女に恋したことで人生が変わってしまう神学生デ・グリューである。物語は二人がパリ郊外の旅館で出会い、マノンの身請け人ムッシューG.M.からの逃避行から始まる。結局マノンはお金のためにG.M.に身をゆだねるのだが、第二幕、娼館のパーティーに出たマノンとデ・グリューは、いかさまでG.M.のお金を巻き上げようとして失敗し、G.M.が差し向けた警官によりマノンは売春のかどで逮捕されてニューオリンズヘ流刑される。そして終幕、デ・グリューはマノンを口説く看守を殺害し、二人はルイジアナの沼地へと逃げ込む。
物語を紡ぎあげているのは、当時の社会風俗を彷彿させるニコラス・ジョージアディスの装置・衣裳(※)とマスネの音楽に寄り添って緻密に振り付けられたバレエの数々だ。特に振付はマノンのか弱さや純真さ、デ・グリューのやさしさ、G.M.の誇り高さや狡さといった具合に、人物の性格や置かれている状況を鋭く描き出している。圧巻は恋人同士のパ・ド・ドゥ。これだけを取り出して他の舞台で踊られるほど、美しくドラマティックである。
※2020年上演では、美術・衣裳デザインはピーター・ファーマーが担当
新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 2003年8月号掲載