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『ガールズ&ボーイズ』演出・稲葉賀恵インタビュー

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稲葉賀恵

ミュージカル『マチルダ』の脚本でも知られる、デニス・ケリーによる2018年初演作を上演。順調に見えていた人生が予期せぬかたちで崩れていく、一人の女性が語りかける人生とは――このユニークでスリリングな戯曲を演出するのは稲葉賀恵だ。深く掘り下げられた繊細な心理描写、大胆かつダイナミックな空間設計で高い評価を得る、気鋭の演出家に作品の魅力を聞く。

インタビュアー◎川添史子(演劇ライター)


――ある一人の女性が、自分の人生をコミカルに、シリアスに、観客に語りかけながら進行する一人芝居です。戯曲を読んだ第一印象から教えてください。

稲葉 世界中の女性の声を代弁するような言葉が詰まっていて、ごくパーソナルな事柄でありつつも、広がりのある戯曲だと感じました。頭を整理しながら「語る」行為って、セラピーのようでもあるんですね。過去にあった事実を変えることはできないけれど、「こうであったらいいな」という希望を持って、記憶を語り直すことはできる。劇中では重い体験も語られていきますが、彼女は自分を「憐れんで欲しい」とは全く思っていなくて、常に前向きなんです。改善しながら前進していく作業、心の旅のような時間を、観客の皆さんと一緒につくっていくような作品だと思いました。

――「チャット(お喋り)」と「シーン」が順々に現れながら、愛、結婚、仕事、子育て、パートナーとの関係など、語られるトピックは多岐にわたります。

稲葉 女性と男性を二項対立の構図では捉えたくはありませんが、〝ジェンダー〟についても触れている、今日的な戯曲でもあります。これは何度も読み返して思ったことなのですが、支配と被支配の関係性、暴力の構造など、終盤はどこかギリシャ劇のようでもあるんです。単純な《男VS女》の構図に取り込まれないような、人間の根源的な部分に手を伸ばす普遍性も感じられる。ネタバレになるので詳しくはお話しできませんが......劇作家のデニス・ケリーもステレオタイプに取り込まれない、さまざまな女性像/男性像を入れ込んでいるので、そこは丁寧に探っていきたいと考えています。

――新国立劇場の主催公演で、一人芝居が上演されるのは初だそうです。

稲葉 光栄です。人間がたった一人で語りきるって、すごく強い表現ですよね。私自身、一人芝居を演出するのは初めてなので、大きな挑戦になりそうですし。当たり前ですが、作品を真ん中に置いて、稽古場には演出家と、俳優さん1人なんですよね......もし一日目でケンカしちゃったら、一ヶ月半の稽古がどうなるんだろう?とか、そんなことも気になってしまって(笑)。

――そんなこと、稲葉さんの稽古場で絶対にないと思います!(笑)

稲葉 どんな作品でもそうですが、一人芝居は特に、俳優の方と信頼関係を結ぶことが肝になる気がしています。一時間以上を一人で持たせることは、並大抵のことではありませんから。

――どんな舞台美術にするかなど、現時点での構想を教えてください。

稲葉 具象ではなく抽象的な空間で展開したいと構想していて、ちょうど先日、美術を手掛ける乘峯雅寛さんと打ち合わせをしました。「アトリエのような空間」「脳内のリハーサルルーム」というキーワードをお伝えし、記憶の断片を使って実験しているような空間で立ち上げたいとご相談していて......これってNHK Eテレの番組「ピタゴラスイッチ」に出てくる「ピタゴラ装置」のような作品だと思うんですよね。

――ピタゴラ装置とは、ビー玉を走らせて、ドミノ倒しのように物がぶつかったり、留め金が外れたり、連鎖的に動くからくりのおもちゃですね。面白い表現です。

稲葉 公演の最初と最後では、全く違う場所に見えてくる予感がするんです。記憶のビー玉をお客様と一緒に走らせることで連鎖反応が起き、その日その時によって語り方も空間の温度も変化し、日々書き換え、塗り替えられる。戯曲を読んでいると、そんな想像が広がって。書かれている言葉通りに物語を運ぶというよりも、彼女の喋り方、息遣い、振る舞いや佇まい......「この女性がどういう人生を歩んできたのか、人間自体を見せてください」と要求されている作品だと感じます。

――出演者についても伺います。真飛 聖さんとは初顔合わせですね。

稲葉 そうなんです。華やかでエネルギッシュ、実力派として活躍されていた宝塚時代の舞台も拝見したことがありました。映像の演技も拝見し、ものすごく繊細な演技で、心のひだを細やかに表現されていらっしゃって、またガラッと違う面もお持ちなのだと知りました。一人の人間として着飾らずに生っぽく存在することもできるし、そこには愛らしさもおありになる。〝生身そのままでいられる〟この感じは、作品の主人公にぴったりだと考えています。

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真飛 聖

――今回はWキャストでの上演。別バージョンのキャストは、公募オーディションで選ばれました。

稲葉 私、オーディションが大好きなんですよ。こうした機会でないとお話できない方もいらしたし、一人芝居なんて大変な企画に「参加したい」と思ってくださる時点で感謝の気持ちでいっぱいになりました。熱量を持つ素晴らしい俳優さんがたくさん集まってくださって、「いつかご一緒してみたい」と思う方々との出会いも多くありました。

――そして、増岡裕子さんが役を勝ち取りましたね。

稲葉 同じ文学座の方でいいのだろうか......と私自身迷いもありましたが、実は増岡さんは、全会一致で決まったんですよ。「知っている俳優だから」なんて全く関係なくて、文句なしに強い存在感を放っていました。戯曲っていわば「あそこへ行け」「ここに進め」と書いてあるようなものですよね。でも彼女はどこか感覚が開いていて、あたかもそんなものはないように、その瞬間、その瞬間で、揺らいだり、不安定になったり、ある種無防備な状態でいられる。それを求められるのって俳優にとっては不安で恐ろしいことだと思うのですが、崩れることさえも厭わない、勇気ある演技を見せてくれました。

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増岡裕子

――全会一致とはすごいですね。真飛さんと増岡さん、全く違う個性をお持ちのお二人なので、ダブルキャスト両回を観ると、作品を一層深く味わえそうです。

稲葉 そうなんです。台詞は膨大ですから、それを地肉化して一人で舞台にちゃんと立つことができ、ある部分ではその技術を手放して生身の人間として存在できる。両極端のことが両立できるお二人との稽古は、きっと刺激的だろうと、今からワクワクしています。

――稲葉さんが新国立劇場で演出を手掛けるのは、アルベール・カミュ作『誤解』(2018年)や、須貝 英作『私の一ヶ月』(2022年)に続けて三回目です。小川絵梨子さんが芸術監督に就任した最初のシーズンで『誤解』を手掛けることが決定した時は、文学座のアトリエ公演などで「気鋭の若手が出てきた」という認識はありましたが、まだ「抜擢!」という印象でした。それが現在では多くの舞台で大活躍されています。

稲葉 私でさえ、最初『誤解』演出のご依頼電話をいただいた時は「演出助手のお仕事かな?」と思ったぐらいですから(笑)。あの時チャンスをいただいたことには、本当に感謝でしかないです。もちろん一つひとつの作品を大切にして心して挑むのですが、新国立劇場は「一回やったらおしまい」ではなく、継続的にアーティストを見てくれて、育ててくれるように思います。人間そのものと対峙し、私自身を見て機会を与えてくださる、懐の深さを感じる場所。演出家って、どう探求していくべきかを考え続ける長距離ランナーのようなものなんです。そんなゴールの見えない道の途中で、「これに挑戦してみたらどうか」とハードルを提示/提案してくださるなんて、そんな幸福はありません。今回も全力投球でがんばらせていただきます。


『ガールズ&ボーイズ』公演情報

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(左から)真飛 聖、増岡裕子

【公演日程】2026年4月9日(木)~26日(日)

【会場】新国立劇場 小劇場

【作】デニス・ケリー

【翻訳】小田島創志

【演出】稲葉賀恵

【出演】真飛 聖/増岡裕子(Wキャスト)

あらすじ

人生、どうすればいいか分かんなくなった。
このままじゃだめだって思って。
だから、一人で旅に出たの。

そしたら、イタリアの空港で彼に出会った。まるで映画みたいに。
恋に落ちて、結婚して、二人の子どもも生まれて、仕事だって順調で......
すべてがうまく転がっていく気がしてた。

だけど、ほんのちょっとしたことで、少しずつズレ始めて。
気づいたときには――もう戻れない場所にいた。

これは、そんな「わたし」の話。