演劇公演関連ニュース

こつこつプロジェクトStudio公演『夜の道づれ』演出 柳沼昭徳インタビュー

s_〇10_0364.jpg
柳沼昭徳(撮影:田中亜紀)

2021年度に行った「こつこつプロジェクト」(以下、こつこつP)第二期。そこに参加した劇作家・演出家:柳沼昭徳は、京都を拠点とする自身の劇団・烏丸ストロークロックでの活動に加え、地域の公立文化施設から委嘱されての滞在制作など、〝こつこつ〟積み重ねる創作経験が豊富な創り手だ。選んだ戯曲は、戦争の前後で大きく変容する日本を鋭い筆致で書き記した劇作家・三好十郎の『夜の道づれ』。22年2月の最終試演を経て、小川絵梨子演劇部門芸術監督ら劇場側での協議の末、作品を深めるための〝こつこつ〟継続を提案。それを受け、柳沼は第三期メンバーとして創作を続けてきた。その成果であるStudio公演に向け、創作の過程とそこで得たものについて聞いた。

インタビュアー:尾上そら(演劇ライター)


――企画を打診され、最初にどんなことを考えられたのでしょう。

柳沼 お声がけいただいた直後、「新国立劇場では普段、創作にどのくらい日数をかけているのだろう」という疑問がまず浮かびました。多くは4~5週間程度と聞き、プロデュース公演などとあまり変わりない創作環境に比しての〝こつこつ〟なのだと理解できました。

 創り手も観客も東京のような大都市圏に比べて分母の少ない京都では、大きな作品を創り、多くの集客を見込むことはあまり現実的ではありません。また、舞台芸術以外の仕事と二足の草鞋で活動している者も多く、まとまった期間に多くの稽古時間を確保できないという状況もあり、興行的な成果よりも、作品をいかに充実させるかということと、それに適した創作方法の模索が主眼となっていった。結果、自分たちはリサーチから短編作品の創作、長編化まで一つのテーマに3年くらいかけて取り組むという〝こつこつ〟することが常態だったんです。そのことが新国立劇場での創作機会に繋がるとは想定外でしたが(笑)、自分だけでなく関わってくださる皆さんと新しく、有益な体験ができる予感もあり、引き受けさせていただきました。

――1950年、文芸誌「群像」に初出の『夜の道づれ』は、三好作品の中では知られざる戯曲と言えるもの。選んだ理由をうかがえますか?

柳沼 『夜の道づれ』は他の三好作品に比べてストーリー性が控えめで、三好さん自身、夜の甲州街道で見聞きしたことをありのまま取り上げ「ドキュメンタリーを志した」というように、言葉も "せりふになる以前"といいましょうか、生々しさのまま書き連ねた印象が、一読した時からありました。終戦間もない夜の甲州街道を、二人の男がひたすら歩きながら喋り続ける設定も、舞台に立ち上げにくいもの。けれど、演劇の文学性が重要視された時代を経て、やがてアングラ演劇をはじめとする身体性に注目した創作の系譜上に今の私たちはあるわけだから、「生の言葉と歩き続ける身体」の呼応が、ある実験的な演劇表現に昇華できるのではないかと考えました。

 また戦後の復興期、日本という国や人の進むべき方向に迷い、悩みつつ、価値観の大変動に直面した三好さんの時代と、こつこつPに取り掛かろうとしていた時期が多くの価値観を覆した感染症禍だったこと重なる部分もあり、創り手と観客の両方にとって、普遍的な創作となり得る要素がある戯曲だと感じられたのも大きかったですね。

――三好作品には作家自身を投影した人物が登場しますが、今作の御橋(みはし)と熊丸は、共に三好十郎本人としか思えません。


柳沼 確かに。そして二人とも自身の経験や思想を猛烈に喋りまくる(笑)。初年度から、2年目二度目の〝こつこつ〟の実施期間だけで延べ2か月半。最終的には約3ヶ月半の稽古と創作をして公演に臨むことになりますが、稽古がない期間も参加してくれている俳優の皆さんや私自身は意識下で戯曲に向き合い続けている。試演発表も一度行っているので、知った顔もできるかと思っていたのが(笑)やればやるほど気づきや発見があり、飽きるには程遠いんです。最初の〝こつこつ〟からは3年が経ち、中にはお子さんが生まれたり家族を亡くされた方もいらっしゃる。そんな変化が作品の新たな解釈や理解を教えてくれることもあり、先にお話ししたような、戯曲としての粗さが逆に多くを飲み込み、普遍性をもたらすのではないかと考えています。ご覧くださるお客様にとっても同様に、どんな環境・どんな時代を生きたてきた方にとっても響く舞台にできたらいいですよね。

夜の道づれ1st.jpg
1st(2021年7月)御橋:石橋徹郎 、熊丸:日髙啓介
夜の道づれ2nd.JPG
2nd(2021年9~10月)御橋:石橋徹郎 、熊丸:佐藤 誓
DSC_4768パンフ使用.JPG
3rd(2022年1~2月)御橋:石橋徹郎 、熊丸:チョウ ヨンホ
③【道づれ】4th.png
4th(2024年3月)御橋:石橋徹郎、熊丸:金子岳憲
tori★IMG_1396.JPG
5th(2024年10月)御橋:石橋徹郎、 熊丸:金子岳憲

――初年度の試演発表では御橋と熊丸以外の俳優が、建物や電車の模型の影を投影して二人の移動を表現したり、足音などの効果音を舞台脇で出すといった演出が効果を上げていました。あれら表現には、どんな経緯でたどり着いたのでしょうか。

柳沼 劇中の二人は最初から最後まで歩き続けますが、舞台上のスペースには当然限界がある。座組のみんなと劇場の方とで、実際の甲州街道を歩くリサーチもしましたし、初年度から通しで参加してくださっている石橋徹郎さんと熊丸役の方には、さまざまな「歩き」を稽古場で試し、探求していただき、それは今も続いています。

 二人は歩きながら物売りや街娼などと行き会うのですが、甲州街道を実際に歩いてみてわかったことは、新宿を起点に徒歩移動した実距離と劇進行のタイムラインが重なる部分が多いということ。現代の甲州街道を歩きながら、「三好さんはここで、この場面を思いついたのでは?」というような、戯曲の設定と重なる場所を発見しては盛り上がることが、今年の甲州街道ウォークでもありました。例えば子持ちの戦争未亡人が特攻隊崩れのヒモのために街娼になり、泥酔して夜道で眠り込んでいる場面があるのですが、そこが新宿からの距離的に幡ヶ谷の「子育て地蔵尊」の経過時間とも近しい距離にあり、「多分ここだ!」と全員妙な確信を覚えたりもしました。

 そんな「歩く」身体感覚をお客様に共有していただくため、街並みの影を投影したりしたのですが、工夫にはまだまだ研究の余地があるので、最後まで全員で模索することになりそうです。

①夜の道づれ3rd.jpg
当時の甲州街道の地図を見ながら戯曲と比較中
s_④夜の道づれ3rd.jpg
3rdの試演に向けて稽古場での影絵の実験をしている様子

――どんな新しいアイデアがみつかるか非常に楽しみです。

柳沼 三好作品のなかでも異彩を放つ『夜の道づれ』は、発表当時の評論では「ドラマティックな条件を顧慮せず、自分の言いたい事を勝手に言ったもの」や「エッセイで言いたいことを言ってくれた方が有り難い」などと評されており、それに対して三好さんは「戯曲でないといわれても一向に困らない。戯曲は先ず演劇のために在るのではなく、戯曲自身のために在るものだからだ。」と応答をしている。つまり我々がこの戯曲に取り組む際、一番苦労するのは「いかに上演するか」の部分だということは最初からわかっていました。だからこそ〝こつこつ〟するたびに、それまでの積み重ねを一回忘れ、ゼロベースから戯曲を見つめ直すようにしているんです。

石橋さんはもちろん、熊丸役として新たに金子岳憲さんが加わり、新国立劇場演劇研修所修了者の林田航平さん、峰一作さん、滝沢花野さんという複数回〝こつこつ〟に関わってくれた俳優陣も参戦してくれる今回。戯曲解釈の深まりはもちろん、表現に関する発想もどんどん自由に広がっている感覚があるんです。

――稽古中、とにかくよく話し合う座組だとも聞いています。

柳沼 作家が別なので戯曲に対して客観的に意見できますし、直接稽古や創作に反映しない個人的な近況など含め、うちの稽古は冒頭1~2時間ディスカッションということが珍しくない。しかも喋るのは9割俳優で演出家は1割じゃないかな(笑)。そんな何気ない会話から、御橋と熊丸の出会いから共に過ごす一夜、その時間の中での関係性の変化について、演じる俳優さんたちや演出家である自分にとって血肉が通う実感を持てる解釈や発見が見出せることもある。

 膨大な言葉を介して互いを知り、結果、自分が何者かを知ろうとするのが御橋と熊丸の対話ならば、その言葉を自らのものとして吐き出す俳優陣も同じ体感を認識する必要がある。今はその、体感を得るあらゆる道筋を試しています。

 過去に、回廊状の舞台を主人公が巡り続ける『国道、業火、背高泡立草』(2016)や、イントレを組んだ高みを山に見立てて主人公が登ったり、東北の神楽に想を得た身体表現を行う『まほろばの景2020』なども創っており、せりふと身体を密度高く呼応させる創作を強く志向していたことに話しながら気づきました。そんな志向の先の風景がどんなものか、座組の皆さん、お客様と共に見ることができるようこの後も最善を尽くします。

s_10_0073.jpg
こつこつプロジェクトStudio公演『夜の道づれ』出演者たち
(右から)林田航平、金子岳憲、石橋徹郎、滝沢花野、峰 一作
(撮影:田中亜紀)


新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 2025 年1月号掲載

Profile

やぎぬま あきのり
近畿大学在学中の1999年に「烏丸ストロークロック」を旗揚げ、京都を拠点に国内各地で演劇活動を行う。作品のモチーフとなる地域での取材やフィールドワークを元に短編作品を重ね、数年かけて長編作品へと昇華させていく創作スタイルが評価されている。 2015年京都芸術センター主催演劇計画Ⅱ『新・内山』にて第60回岸田國士戯曲賞にノミネートされる。18年、20年と東京芸術劇場 芸劇eyesにて『まほろばの景』シリーズを上演、話題を呼ぶ。平成28年度京都市芸術新人賞受賞。



こつこつプロジェクトStudio公演『夜の道づれ』公演情報


【上演期間】2025年4月15日(火)~20日(日)
【会場】新国立劇場 小劇場


【作】三好十郎

【演出】柳沼昭徳

【出演】石橋徹郎、金子岳憲、林田航平、峰 一作、滝沢花野

ものがたり

敗戦後の夜更けの甲州街道。作家の御橋みはし次郎は、家へ帰る途中、見知らぬ男、熊丸信吉と出会う。歩く道すがら、2人の目の前には、若い女や警官、復員服の男、農夫などが次々と現れる。会話しながら進むうち、なぜ熊丸がこんな夜中にここを歩いているか語られだすのだが......。