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【レポート】芸術監督公開トークシリーズ Vol.4 ―舞台芸術の入口をつくる~開かれた公共劇場をめざして―

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(左から)白井 晃、近藤良平、立山ひろみ、小川絵梨子、長塚圭史


2022年4月、世田谷パブリックシアターの新たな芸術監督となった白井 晃の呼びかけにより東京近郊の四つの公立劇場、それぞれの芸術監督が集まって共に語り合うトークイベントが開催された。以降、約半年ごとに各館を回る形で集まりは続き、23年7月半ば、新国立劇場で四館を一巡。南九州からのゲストも迎え、〝開かれた公共劇場〟の在り方について、各館の事業や取組みを紹介しつつ意見を交換した。

広い敷地を柔軟に使う~宮崎の事例

司会  本日は酷暑の中、「芸術監督公開トークシリーズ」にお運びいただき誠にありがとうございます。この企画は2022年4月、世田谷パブリックシアター芸術監督に就任された白井晃さんの呼びかけのより始まった、現役の公共劇場芸術監督が集い、劇場の課題や芸術監督の職域について自由に語り合い、お客様にも立ち会っていただくイベントです。
 今回は、公演中の新国立劇場 小劇場舞台上での開催ということになりました。早速ご登壇の皆様をお呼びしたいと思います。世田谷パブリックシアター(以下、パブリックシアター)の白井晃さん、彩の国さいたま芸術劇場(以下、さい芸)の近藤良平さん、KAAT神奈川芸術劇場(以下、KAAT)の長塚圭史さん、今日の会場である新国立劇場(以下、新国立)演劇部門芸術監督の小川絵梨子さん。そして、本日はゲストに宮崎県立芸術劇場の演劇ディレクターである立山ひろみさんをお招きしました。
 小川さん、ご覧のように中央の舞台装置をトークの場とし、四方をお客様が囲む形でのトークになった経緯を伺えますか?

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小川  新国立劇場では「こどもも大人も楽しめる」シリーズと題した作品の制作・上演を重ねており、小劇場では今その最新作『モグラが三千あつまって』の上演中なんです。児童文学が原作の作品ですが、ご登壇の長塚さんが上演台本・演出を、近藤さんが振付を手掛けてくださっていることもあり、本番で使っているセンターステージをそのまま使わせていただくことになりました。一部、背中を向けることになってしまうお客様にはお詫び申し上げます。

司会  早速お話を伺っていきたいのですが、まず発起人である白井さんからシリーズの趣旨を簡単にお話いただけますでしょうか。

白井  22年4月は私と近藤さんがそれぞれの劇場で芸術監督に就任し、小川さんが芸術監督二期目に入るタイミングでした。長塚さんは前年4月の就任ですが、地理的にも近しい首都圏四館の芸術監督が集い、「芸術監督とはどういう存在で何を仕事としているのか」、「各館はどんな課題を抱えているのか」、「そもそも芸術監督は必要なのか?」といったテーマを、利用して下さるお客様を交えて意見交換・共有したいという想いから呼びかけさせていただいたのが始まりです。そうしてパブリックシアター、さい芸、KAATと回を重ね、今日の新国立で4回目を迎えることができ、嬉しく思っています。

司会  ありがとうございます。この四館の芸術監督に加え、各回ごとにゲストもお迎えしており、今回は小川さんのお声がけで立山さんにご参加いただきました。

小川  宮崎県都城市を拠点とし、劇作家・演出家の永山智行さんが代表を務める劇団こふく劇場の公演や、永山さんがディレクターを務める三股町立文化会館を中心にした町民主体の演劇祭「まちドラ!」に伺うなど、ここ数年で宮崎の演劇シーンに触れる機会があり、その流れで今年3月、立山さんが演出された宮崎県立芸術劇場プロデュース『神舞の庭』(作・長田育恵 2018年初演)東京公演を拝見しました。地域に題材を求め、九州圏の俳優やスタッフをベースに県外の人材も参加した、意義ある創作で作品も素晴らしかった。そんな宮崎県内の演劇シーンについて、色々とお話をうかがいたくお招きした次第です。



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司会  

立山さんの肩書は「演劇ディレクター」ですが、どのようなお仕事をされているのでしょうか。

立山  演劇ディレクターとしては、劇場の、演劇とダンスのプログラムに関する人選、事業内容の決定などを担っています。小川さんにご覧いただいた『神舞の庭』は、2017年にスタートした「新 かぼちゃといもがら物語」という、国内で活躍する劇作家を招いて宮崎県の歴史や風土を取材していただくことから始めるシリーズの一作。そうして書き下ろした戯曲を、九州圏と県外の人材の混成チームが宮崎で滞在制作・上演しています。
 他の事業では「今年は身体表現、来年は地域で制作された作品の紹介」など、年度ごとのテーマやキーになる部分も制作部と相談しつつ決めさせていただいています。
 私は宮崎県出身なのですが、中高生の頃など舞台芸術の情報に触れる機会が少なく、一種の飢餓状態だったんです。その記憶がディレクターとしての仕事の原点にあり、舞台芸術に関心のある方には多彩な作品や表現と出会っていただき、そうでない方々にもワークショップやレクチャーなどを介して舞台芸術に触れていただく機会を作りたいと考えながら、種々の事業のトータルデザインをしています。

司会  JR宮崎駅からは車で15分超の距離ですが、広い芝生公園の中に他の文化施設と近接した立地なんですよね?

立山  はい、宮崎県総合文化公園の敷地内に劇場と県立美術館、県立図書館があり、近くには宮崎神宮や県立総合博物館もある文化エリアです。去年、「アートな学び舎」というワークショップの講師として振付家・ダンサーの康本雅子さんにお越しいただいたのですが、本来は館内実施の講座のはずが、芝生公園を見た瞬間「外でやりましょう!」と仰って、皆さん裸足でのびのび身体を動かしていらっしゃいました。

近藤  すごく気持ちよさそう、いいですねえ。僕は都城市総合文化ホール(MJ)には行ったことがあるんですが。

立山
  MJさんは、ダンス事業に積極的に取り組んでいらっしゃいますね。この夏から24年3月までかけて、うちとMJさんの共催事業を行うのですが、それはこのイベントの2回目のゲストでいらした白神ももこさんに担当していただいています。



白井  

先ほど事業や劇場周辺の写真など見せていただいたんですが、敷地が広くて羨ましいですね。

長塚
  パブリックシアターは都会の中心部の立地ですからね。

白井
  横浜ベイスターズが横浜スタジアムを拠点に「ボールパーク構想」を立ち上げ、試合以外にもお客様に楽しんでいただける場所づくりに乗り出したと聞き、劇場を中心とした「アートパーク構想」ができないものかと、以前長塚さんとは話しましたよね? パブリックシアターには「パーク」となる敷地がないので、立山さんから聞く劇場の環境には憧れます。

長塚  パブリックシアターには建物が囲む中央に広場がありますよね?

白井  毎年秋には、その広場を中心に「世田谷アートタウン 三茶de大道芸」という劇場を飛び出したイベントで多くの方に楽しんでいただいてはいるんですが、管理の都合上、思い立ってすぐに使えるスペースではないんです。

長塚  それはKAATも同じです。海沿いの公園がすぐ近くでも、劇場からスルッと出かけていく、という訳にはいかないです。色々な許可を取らなければいけない。

小川  新国立も敷地的には結構な広さがあり、建物へのアプローチ部分などイベントに使えそうなスペースもあるのですが、事業で使うための許可は別途必要で難しいものがあります。KAATは建物内の1階部分、カフェやアトリウムを使ったイベントをやってらっしゃいますよね?

白井  音楽とトークで構成した「SHIRAI's CAFE」というイベントをやっていましたが、長塚さんは就任後さらに色々な仕掛けでアトリウムを使っていらっしゃいますよね? 中華街のランタンを飾ったり。

長塚  あれは中華街発展会の方との交流から実現したものです。他にも白井さんが芸術監督時代に始めた「KAAT EXHIBITION」という、現代アートとのコラボレーションをさらに展開したものなどを展示しました。建物の中は、まだ調整がつくじゃないですか。

白井  そう、建物の外に出るのが難しい。

立山  うちの場合、隣接する公園は日常的にスポーツやダンスなど市民の方が自由に使っていらっしゃるので、安全性に問題がなければ許可を出してくれるのかな、と。また劇場外での活動で言えば、県内各地の文化施設を回ってのワークショップなどを企画しても、「楽しそうですね、是非来てください!」と初めての地域でも非常に好意的に迎えてくださるケースが多いんです。そこは、宮崎の大らかな県民性ゆえかも知れません。



登壇者にとっての舞台芸術の「入口」

司会  宮崎の事例から話が膨らみましたが、今回の集まりには「舞台芸術の入口をつくる~開かれた公共劇場をめざして」というテーマを掲げました。これまでのトークでも取り上げられ、皆さんが考え続けている命題と思います。各館の事業の話の前に、まずはご登壇の皆様にとっての「舞台芸術の入口」が何か伺えますでしょうか。

 

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長塚  入口......僕は3作品ほど思い当たるものがあります。学校の演劇鑑賞会で観た劇団四季の『夢から醒めた夢』が一つ。あとは後に俳優として出演することになるんですが、ヘレン・ケラーの伝記物語である『奇跡の人』と、別役実さんの『雰囲気のある死体』でしょうか。どれも小学生の頃に観ているんですが、ミュージカル、翻訳劇、不条理劇それぞれに楽しみました。『雰囲気のある死体』は父(長塚京三)が「盲腸でいいから切らせろ!」という医者役で出演していて、意味は全くわからなかったけれど面白かった記憶があります(笑)。

近藤  僕は南米で子ども時代を過ごしているので、作品より劇場の記憶が入口にあるんですよね。アルゼンチンのブエノスアイレスで父が連れて行ってくれたコロン劇場は、パリのオペラ座、ミラノのスカラ座と共に世界の三大オペラ劇場に数えられる劇場で。大人たちはもちろん正装だし、僕も子どもながらに蝶ネクタイをしてシャンデリアがきらめくロビーや、非常に音が響く客席などを歩いた記憶があるんです。作品は覚えていないけれど、〝特別な場所〟としての劇場の風景はしっかり覚えています。


立山  両親が早くから劇場や美術館などに連れて行ってくれてはいましたが、私自身は当初、もっと固い仕事に就くつもりでした。それが、テレビの劇場中継で天海祐希さんがトップだった宝塚歌劇団の公演を観て、そのカッコよさに魅了されまして。それを見た母が東京の親戚に頼んでチケットを取ってくれて、以降は宮崎の劇場で観られるものを片っ端から観るようになり東京にも観劇にという経緯があります。考えてみるとそんなスタート地点から、最初に所属した劇団が黒テントという(笑)なかなかのギャップを経て今日に至ります。

白井  子どもの頃に観劇体験はありますが、現在の自分に繋がる入口はドロドロのアングラです(笑)。関西で過ごした学生時代。京都大学に西部講堂という、学生が自治運営している一種治外法権のような建物があって。そこは、アバンギャルドな劇団や舞踏団が国内各地から公演に来ていたんです。自転車で通りかかるたび、テントが立っていたり白塗りの人が行き交っていたりという状況で、そんな〝はみ出した〟表現にいつの間にか魅了されていった。西部講堂に限らず、大駱駝艦、転形劇場、状況劇場などの関西公演を観ては刺激され、結果、上京することになりました。


小川 私は、そんな白井さん世代が築いた80~90年代の小劇場に憧れ、中学高校の部活で演劇を始めていますから、ドロドロとは真逆です(笑)。でも亡くなった祖母が連れて行ってくれた、美輪明宏さん演出・主演の『黒蜥蜴』は非常に面白かったと記憶に残っていて、そこには少しアングラの香りがあったかな、と。演劇情報誌を定期購読し、お小遣いを貯めてはチケットを買って小劇場に通う。自我の目覚めと共に、演劇に深入りしていく思春期でした。

五館の個性が光るそれぞれの「入口」づくり

司会  続いて、ご登壇の皆様がそれぞれの劇場で利用者の方々の「入口」となるべく、展開している事業や取組みについて伺えますか?

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長塚  その問いに対する自分の答えの一つが、今、目にしていただいているこの劇空間、『モグラが三千あつまって』という作品なんです。この舞台美術、良くないですか?(客席から拍手が起きる) お話しした僕らの体験談からもおわかりいただけると思うのですが、舞台芸術といかに出会うか、何が出会いかということは非常に重要で。

 そういった、子どもたちに向けた出会いのための作品づくりを民間が担うのは採算の点など含めなかなか難しく、だからこそ公共の文化施設が担うべき役割だと思うんです。新国立さんのこのシリーズに、毎年ではないけれど、近藤さんと僕は2012年から関わらせてもらっていて今回が五回目でこれまで四作つくらせていただいた。またKAATでは同じ夏の時期に「キッズ・プログラム」という同様の主旨の作品を上演しています(と話す長塚を隣りから近藤が小型カメラで写す)。え? 今、写します? 自由だなぁ(会場笑)。

近藤  イイ顔してたから。

司会  お客様には撮影をお断りしているので、今はお控えください。


長塚  (笑)本当ですよ。で、「キッズ・プログラム」は僕の就任後だけで三作制作していますし、過去には小川さんに演出をお願いしたこともある。入口であると同時に、次また劇場に来ていただけることを強く意識して、制作しているシリーズですよね。

 新国立さんでは、最初は親御さんに連れられて来ていた子どもたちが成長し、「最初は〇〇を観たんだ」など自分から声をかけてくれるようになったりしているんです。これは非常に嬉しく、事業を継続する大切さを噛み締めますよね。

 もう一つ、「劇場の入口」がもっと開かれたものにならないか、ということはずっと考えています。KAATの1階部分はガラス面が多く、中から見るときれいなんですが、外からは反射して様子がうかがいにくいんです。入りさえすれば、自由に使える机や椅子も置いてありますし、公演中であれば人の出入りも多く照明も明るくなっているのですが。その1階アトリウムのスペースに、試みとして仮設劇場をつくり、そこで『王将』を上演したりもしたんです。感染症禍でさえなければ、周囲に出店なども出したかった。「劇場入口周辺では、誰もが楽しめる〝何か〟をいつもやっている」と思っていただけるようにしたくて。そんな賑わい作りから始め、地域に開いて繋がり、劇場に来ていただくことの敷居をどんどん下げる。そのための「入口」づくりには、これからも積極的に取り組みたいと考えています。

司会  KAATさんでは、ダンス公演のプレ企画として創作過程や作品の一部をアトリウムで試演したりもしていますよね?


長塚  ええ、小野寺修二さんの「デラシネラ」、平原慎太郎さんの「OrganWorks」にお願いして、建物に入って下されば自由に観られる形で上演していただきました。こんな暑い時期は涼みに来ていただくだけでも良いので、まずは中に入っていただきたいと思っています。

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近藤  僕はダンス、舞踊の人なので、昨春に就任後まず「さいさい盆踊り」という地域に向けたオリジナルの盆踊りを作ったんです。劇場の事業で踊るのはもちろん、劇場のある中央区の、昔から続く盆踊りに僕らがつくった踊りも参加させていただいて、そこで色々な方と繋がれる手応えがあった。ちょうど今、さい芸は大規模改修中なこともあり、劇場の入口を開くために、「自分たちから地域に出かけていく」事業をいくつも動かしているんです。

 浦和美園を起点とした「埼玉高速鉄道(SR)」という鉄道会社オリジナルのダンスをつくり、社員の皆さんに踊っていただいてプロモーション・ビデオを駅や車内モニターで流していただいたりもしています。そうして、劇場にいらっしゃるお客様とはまた違う出会いを、より幅広い方々と重ねていくことで、色々な「声」も聞こえてきますし、劇場に求められていることが少しずつ見えてくる感じもするんです。


司会  近藤さんはこれまでも、国内各地の企業PRのダンスや新しい盆踊りをつくっていらっしゃいますが、現場では踊ることを楽しんでいらっしゃる方が非常に多いですよね。


近藤  そう、意外に皆さん踊り好きで、SRでも一番ノリノリだったのは社長さん。社長が踊ったら、社員の皆さんも踊らざるを得ませんよね(全員笑)。

公共劇場の役割は都市部と地域で異なるか?

立山  そういう意味では、うちの場合すべての事業が「入口」を意識したもの。宮崎では関東圏の都市部ほど多くの舞台作品を観る機会がありませんから、劇場での鑑賞から体験型のワークショップや講座まで、全てが舞台芸術への「入口」になる可能性を持っていると考えているんです。たとえば「こどももおとなも劇場」というシリーズでは、現代劇だけでなく狂言など古典芸能まで含め、親子で楽しんでいただけるプログラムを紹介しています。

 このトークシリーズ3回目のゲストで、穂の国とよはし芸術劇場PLATの芸術文化アドバイザー・桑原裕子さんが「地域の公立劇場でダンス作品を招聘するのは難しい」と仰っていたと記事で拝読し、事情は宮崎も同様ですが、子どもたちにとって感受性にダイレクトに訴えかける身体表現は非常に重要だと私は考えていて。自分の創作でも、身体表現と音楽は台詞と等価と考えていて、振付家や音楽家の力をお借りしますが、その魅力をお客様にも知り、実体験していただくためのプログラムに注力しているんです。その点でも、マチネで拝見した『モグラ~』は素晴らしいと思いました。

 また「アートな学び舎」というワークショップを中心とした事業では、身体を動かしたり創作を実践するだけでなく、座学で演劇に関することを学ぶ講座も行っています。演劇そのものに対する知識、たとえば「演出家とはどんな存在で、創作過程でどんな作業をしているのか」や「演劇の歴史には世界と日本、それぞれどんな変遷があるのか」などを解説する講座を私自身が担当しているのですが、参加者の皆さんは非常に熱心かつ楽し気にレクチャーを受けてくださる。結果、劇場や事業に興味を持ってくださり、公演にも足を運んでくださる方が多いんです。宮崎ではなかなかできない体験や知識を提供するのも、劇場への入口を増やすことに繋がりますし、それは個人的にも楽しく嬉しい取組と考えています。

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白井  私にとって劇場は、そこで行われるフィクションや創造を体験することで、自分が日常送っている生活や現実以外の世界観や価値観の存在に気づかせてくれる場所。鑑賞後に劇場を出たら、それまでとは違う視座で世界が見られるようになる。そんな場所だったらいいなと常々考えているんです。そのためにはまず、劇場の扉を開けて入っていただかなくてはならないのですが、今年26年目に入ったパブリックシアターはそのために様々な取組みをしてきた。 

 特に、劇場監督としてパブリックシアターの初動を立ち上げた佐藤 信さんは教育や啓発を目的とした学芸部門を劇場につくり、世田谷区内の小中学校、高齢者施設などにワークショップや作品を届け始め、それは今も続いているんです。

 今年は、初めて小学1年生対象のワークショップを実施したり、事故で体に障害を負った方に取材して30分ほどの演劇にするワークショップから生まれた作品が、国内各地から招聘されてツアーをするなど新たな展開もありました。自分で始めたことではないけれど、どれも良い「入口」になると思っています。

 もう一つ、舞台裏や楽屋などを案内する劇場ツアーも行っていて。これまでは劇場の友の会会員対象だったのですが、去年からは公募でより多くの方に参加していただけるようにしました。そこに先日「芸術監督と話そう」というオマケをつけ、参加者の方の要望や質問を直接受けてみたんです。「二回観ようとチケットを買ったら同じ上手側の席だった。どうしたらいいのか?」とか、切実なご意見もありましたが、利用者の方との対話の機会は今後も積極的に作りたいと考えています。

 それから、演劇の迷宮に子どもたちを誘うためにも(笑)鑑賞の機会は増やしたい。ハードルになっているのはチケット代で、そこは今回、文化庁の子供鑑賞体験支援事業として「せたがやこどもプロジェクト」の一環で、先着順で各回の人数を決めたうえで、「18歳以下無料」の公演を設定したり、学校単位で観劇に来てくれた世田谷区内の高校の生徒さんたちと懇親会を開いたり。観劇までは授業で、その後は任意参加にしたのですが意外なほどたくさんの生徒さんと話す機会になり、とても嬉しかったですね。

 「入口」つくりに関して、〝思いついた端から実行する〟しかないと思っているんです。失敗しても、そこからの学びはあるはずですしトライ&エラーを重ねた中からしか見いだせないものもあるはず。実践あるのみですね。

司会  アーティストはもちろん、日常で「芸術監督」という職業の大人に会うことはまずないはずで、迷宮への切符としては最適でしょう。また、子どもたちが思う「大人」とは違う人種との接点にもなるはずですし、家庭や学校のように禁止事項もそうは多くないのが劇場という場所ですから。


立山  それ、大事だと思います! 今日、参加してくださっている方々もそんな素敵な「大人」ですよね、きっと。自分の講座でも、特に子どもたちが対象の時には否定や拘束は極力避けるようにしています。


小川  皆さん仰る通り、子どもたちのためには鑑賞と体験共に、「入口」づくりのためにも手厚いプログラムを用意すべきだと私も考えています。感染症禍ではオンライン開催でしたが、ワークショップ企画「中高生のためのどっぷり演劇Days」や劇場ツアーも、参加者の皆さんと対面でできるようになりました。また、建物の構造や設備などは変えたくとも急にどうこうなるものではないので、白井さんが仰る通り、アイデアの部分は思いついたら時を置かずに実現できるような体制でいたい。そのため、職員さんやスタッフの方々に御負担をおかけしてしまうこともありますが、そこはきちんと説明・相談しつつ、ご協力を仰いでいくしかないと思っています。

 利用者の方々がする体験・体感からできる「入口」もあれば、チラシやポスターのデザインやイラストなどに目を惹かれることもあるはず。事の大小に関わらず、良いアイデアだと思ったことは精一杯の力で実現に向けて動かなければ。それに、職域に関わらず新国立劇場に関わる一人一人が、利用して下さるお客様に開いていくことも大事だと思うんです。私を筆頭にシャイなスタッフも少なくないので、全開のオープンハートとまではいきませんが(笑)、いらっしゃる方々に自然と寄り添いお迎えする空気も醸せたらいいですよね。

すみずみまで広く「入口」を届ける工夫

司会  ここまでは、皆さんそれぞれの拠点となる劇場に「入口」をつくる取り組みについて伺いました。次いで、劇場から発信することや作品を旅させることでの「入口」づくりについて、伺えますでしょうか。

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長塚  先ほど立山さんは、「県外の劇作家に宮崎をリサーチしてもらうところから新作舞台をつくる」話をしていらっしゃいましたが、僕は劇作家でもあるので、神奈川県内をリサーチしたうえで戯曲執筆を行い、美術などは比較的簡便にして、スタッフ、音楽家、キャストが旅の一座のように県内各所の会館やホールを巡演する「KAATカナガワ・ツアー・プロジェクト」を22年から始めました。軽演劇、と言えばいいのかな。年齢や世代に左右されず、演劇を観たことのない方でも楽しめる作品がめざすところ。第一弾は天竺を目指していたはずの『西遊記』の一行が、時空を飛び越えて神奈川県に迷い込む『冒険者たち~JOURNEY TO THE WEST~』で、広大な神奈川県内の名所や名物、史跡、伝説なども織り込んだ内容になっています。今年度は『箱根山の美女と野獣』『三浦半島の人魚姫』の二本立てで、ムチャクチャ面白くなると思いますよ!(笑)。しかも音楽は『モグラ~』もご一緒してくださった阿部海太郎さんですから最強です。

 それに、一度つくって上演したら終わりではなく、作品はストックしておくべきと考えていて。地域を掘り起こし風土を織り込むことから生まれた演劇なので、劇場だけでなく県や地域の皆様の財産でもあるはず。僕がいなくなった後も、地域と人とを結び続けてくれる作品を、これからもつくっていってもらえたらいいですね。

 あと作品だけでなく、広報紙であるKAAT PAPERは舞台芸術だけでない地域の方々と出会い、交流する場にもなっています。


近藤  うちの劇場は大規模改修中なので、今の時期に劇場の外へ僕らが出ていくのは必然。なので県内の様々な地域、場所、施設、職業の方々を僕と劇場のスタッフが訪ね、取材する「埼玉回遊」という事業が進行中です。面白いのは、取材先の募集条件が「他薦」というところ。「ウチの近所にこんな面白い人、集団、商店や工房がありますよ」という具合にお勧め情報を寄せていただき、それを元に僕らが訪ねていく。神奈川も広大ですが、埼玉も負けじと広く、茅ケ崎のようなトレンディ(笑)な地域はないけれど、秩父や川越など観光地的な側面のある町もある。人材や芸能、職人の技など様々な宝物に出会えている手ごたえが既にあるんです。例えば、とび職の方々が家を建てる土台作りの際に、息を合わせて作業するために唄う「木遣り」。その歌を継承するため、定期的に集まって練習もするので、その場へ行って一緒に唄わせてもらったり、藍染や祭りで使う「面」づくりの工房を訪ねたりしています。


長塚  そういう良平さんの交流の様子を見ることはできるの?


近藤  最終的にどう作品化するかはまだ決まっていないんですが、取材の記録以外にも、作品にするための映像も撮っているんです。再開した劇場で上演する作品だけでなく、現地や野外での創作も考えられるし、きちんと演出・編集した映像作品として公開する可能性もある。もうね、会えば会うほどイマジネーションが膨らんで、今の段階でタイヘンなことになってるんですよ(全員笑)。


司会  取材から始まる、創作の過程ごと作品になりそうですね。


近藤  そうなんですよ。取材を重ねるうち、テレビ埼玉やNHKさいたま放送局、地元紙などメディアも別途取材してくれるのも有難いんです。どんな作品になっていくか、楽しみにしてください!

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司会  宮崎県立芸術劇場も現在改修休館中。昨年から、県内を回るワークショップ事業を実施していらっしゃるのですよね?


立山  はい、プロジェクト「の、まど」ですね。劇場にいらっしゃれる方ばかりではないので、県劇スタッフとアーティストが地域に出かけて行き、リサーチするところから始めるワークショップをベースにした創作を行っています。

 初年度に訪ねたのは県中部で航空自衛隊の基地もある新富町。そこにある複合文化施設・新富町総合交流センターきらりです。図書館やギャラリー、カフェ、ガラス張りのスタジオなどがある素敵なところなんです。そこで「ドキュメンタリー72時間」のように訪れる利用者さんを無作為にヒアリングし、ご協力いただける方々とは続けてワークショップを行い、最終的にはその活動をまとめた小冊子を作って無料配布しました。

 2年目は漁港のある日南エリアの町・油津で、町歩きをしながら写真を撮り、気になる商店などでお話を聞くという回遊型のイベントになりました。最終的にはその時に撮った写真を元に4コマ漫画で物語をつくり、一つの作品にして発表しました。出かける先によって発表や創作の手法・手順も変わっていくという豊かで面白い事業になっています。

新たな芸術監督を交えたさらなる展開も

司会  パブリックシアターさんは、26年に亘る劇場歴史的支柱として学芸事業が非常に充実しており、〝出かける〟〝つくる〟の実績を厚くお持ちかと思います。

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白井  そうですね、先ほどもお話しした通り小中学校にファシリテーターや俳優を派遣するワークショップは定着していますし、高齢者施設などの巡回公演も実施しており、それは既に世田谷の財産と言ってもいいと思います。それに加え、劇場公演の中にもトランクシアターのように持ち運びできる設えの作品をつくり、「KAATカナガワ・ツアー・プロジェクト」のような取り組みもできたらいいのですが、それはこれからの課題。

 作品の創作や表現だけでなく、自分の世代では考えつかないようなセンスでの、劇場に人が集まるアイデアや発信方法があるような気がしているんです。
 例えば就任後、劇場の入っているキャロットタワーの建物外壁にあるフラッグを変えさせていただいたんです。「(旗を)下ろす器具がない」からと、25年間同じものだったのに器具をみつけてくれて。その時に若いディレクターの方と話していたら、「写真を撮りに人が集まるくらい斬新なデザインのフラッグにしたり、新しいアイコンになる何かを加えてはどうでしょうか」と言われたんです。思ってもみない提案でしたが、確かにそういう仕組みもあったら、また別の「入口」になりますよね。シアタートラム前にある、屋外スペース・八角堂に、大阪の新世界にあるビリケンさんのような守りの像を置くとか(笑)。


司会  開運のパワースポットには、世代を超えた人が集まりそうです。


白井  劇場本来の役割に、遊び心を少しプラスした「入口」づくりも面白そうだと個人的には思っています。


小川  お話を伺っていると、国立劇場ゆえの腰の重さがあることは否めませんね。作品のツアー上演はあっても、行く先も回数も少ないのが現状。いますぐは無理でも、こういう機会を活かして他地域の劇場や会館と関係性を築きながら、広げられることを考える必要はあると思います。もちろん、ここ初台という劇場のある町との繋がりも大切にしなければいけませんし。

 「入口」からは少し話がずれるかも知れませんが、私は国立だからこそできる取組みや考えなければいけないこと、やるべきことがあると思っているんです。場所や地域より、時間軸に添った取組みというか、より長いスパンで考え、「日本の舞台芸術の未来へと繋げるための実験や挑戦」を積み上げていく、と言えばいいでしょうか。

 感染症禍を経て、どんな形態の文化施設も予算の削減や集客の減少などに喘ぎ、制作する作品数まで減らされるような状態が続いている今。だからこそ長期展望を持ち、諦めずにできることを積み上げていく覚悟を持った劇場も必要だと思いますし、それこそが国立劇場が担うべきところだと個人的には考えています。


司会  そんな新国立劇場が積み重ねる時間の先にある未来や、土台となる過去の思わぬところに、他劇場とは異なる「入口」が見えて来るかも知れませんね。

 では最後に、白井さんを発起人としたこのトークイベントは今回で四館持ち回りを一巡しました。企画を通して得たことや今後について、今のお考えをお一人ずつお聞かせ下さい。


小川  「劇場同士が繋がれた」ことが何より嬉しかったです。同業者同士で忌憚なく話せる機会自体非常に有難いですし、それができるのは私たちが公共の文化施設だからだとも思っています。今後はこの繋がりをさらに発展させ、ゆくゆくは次の世代にも手渡していけたら良いですよね。


立山  私は初参加ですが、まず今この場に居て、皆さんと意見交換できたことをとても光栄に思っています。文化芸術に飢えていた宮崎の一高校生だった自分が当時憧れていたアートを巡る環境に、少しでも近づけるべく演劇ディレクターの仕事に邁進して来ましたが、そのことを都市規模に関係なく共有していただける今日のような機会は本当に貴重。全国各地の公共劇場、公立の文化施設で同じ志を持って仕事をする方々への、間接的なエールになるとも感じています。『神舞の庭』の観劇後すぐ、直接お声がけくださった小川さんの誠実さと、それを受け入れてくださった長塚さん、近藤さん、白井さんに改めてお礼を申し上げます。


近藤  トークの回を重ねていく中で、聞いて下さるお客様が減らなくて良かったと心底思っていますし、感謝もしています(全員笑)。今日ご来場いただけたのは、僕らの仕事に期待してくださっているからですよね? また集まって話していると、悩みよりもワクワクが増す感じが僕はしてくる。なので、今後もこういう機会があればいいなと思っています。


長塚  この四回を振り返ってみて、ご来場くださった方々が何を感じ考えられたのかがまず知りたいなと思いました。なのでQRコード付きのアンケートがありますので(笑)、是非今日だけでなく過去回も踏まえた、ご感想をいただけると非常に嬉しいです。結果、自分たちだけでは気づけない、このイベントの意義を教えていただけると思うので。

 また先ほど小川さんが、「国立劇場としての時間軸」に関する話をされましたが、「劇場を存続させること」の意義をどこに見出すかは、アーティストだけでなく利用される皆さんの問題でもあると僕は思っていて。このイベントは普段話す機会の少ない、そんな劇場の存在・存続意義についても話せる場だったので、形は変わってもまたこういう機会を持ちたいと思っています。もっとややこしい話は、また改めてしましょう(笑)。


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白井  芸術監督に就任したての自分にとっては、このトークも「入口」をつくる手段だったと今改めて思っています。四館一巡し一旦区切りはつけますが、必要があればまた皆さんと一緒に集まり、この先も話していきたい。「公共劇場の芸術監督とはどんな存在で、何をすべきか」という問いに、お手本も一つの正解もないのがこの国の現状。ここでは一番年月を経ているさい芸さんだって、まだ開館から30年経っていないわけで、公共劇場の存在意義は今後さらに問われる機会が増えると思うんです。一人で考えていると煮詰まりかねないことも、皆で話せばワクワクに変わると近藤さんが仰いましたが、それは私も同じように感じているところですし。

 また、公共劇場の芸術監督人事で言えば、杉並区の座・高円寺には温泉ドラゴンのシライケイタさんが、長野のまつもと市民芸術館では木ノ下歌舞伎の木ノ下裕一さんが、同じ京都のakakilike・倉田翠さん、俳優の石丸幹二さんと共に組む芸術監督団の団長に今年就任されました。新しい方たちが何を考えていらっしゃるか非常に楽しみですし、もし誰かが「話したい」と言って下さったら、是非ご一緒したいと思っていますので、今後ともよろしくお願い致します。ご来場の皆様、最後までおつきあい下さりありがとうございました!



於)2023年7月16日(日)17:00~ 新国立劇場 小劇場



司会・文:大堀久美子/撮影:田中亜紀