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小川絵梨子演劇芸術監督が語る2023/2024シーズン

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新国立劇場演劇部門の2023/2024シーズンは、時間をかけて積み重ねてきた創作のさらなる展開と、新たな挑戦が混在するラインアップ。シェイクスピアの歴史劇を劇団のような継続性で上演してきたチームが再集結する「ダークコメディ交互上演」に始まり、フルオーディション第6弾にして初のミュージカルとなる『東京ローズ』、ポーランド映画界の鬼才クシシュトフ・キェシロフスキの代表作のひとつで10の短編からなる『デカローグ』の舞台化と続く。終わりの見えない世界規模の社会不安を見据え、だからこそ舞台芸術の必然を問う新シーズン。そのビジョンを小川絵梨子演劇芸術監督に聞く。

インタビュアー◎尾上そら(演劇ライター)

シェイクスピアシリーズは劇場の財産。今上演するにふさわしい2作

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『尺には尺を』『終わりよければすべてよし』

―2009年の『ヘンリー六世』から、シェイクスピアの歴 史劇を鵜山仁演出のもと、回を重ねて同じプランナー、俳優の多い座組で上演し続けてきたことは、新国立劇場の事業の中でも特筆すべきものです。

小川 演劇芸術参与就任2年目に『ヘンリー五世』 (18年)、芸術監督就任後すぐに『リチャード二世』 (20年) が上演され、特に後者は、縛りも強制もない中、長くこのシリーズに関わってくださっている俳優とスタッフの皆さんによるカンパニーが、新国立劇場の財産になっていると客席から実感しました。活き活きと演じる俳優陣による品のある表現と絶妙のユーモアに加え、歴史や人間の無常を感じさせるペーソスも全編に漂う、非常に優れた上演だったと思います。
それを観て、「このシリーズにはさらなるポテンシャルがあるのでは?」と考え、シェイクスピアへの新たな取り組みを鵜山さんにご相談することにしたのです。


―2作を選んだ経緯はどういうものでしょうか?

小川 歴史劇のドラマを動かす登場人物は男性が多かったので、「シェイクスピア戯曲の中で、女性をきちんと描いた作品を上演しては?」と最初に提案し、プロデューサーと鵜山さんの検討の結果、『尺には尺を』と『終わりよければすべてよし』を挙げてくださいました。シェイクスピア劇の分類の中では「問題劇」と呼ばれる、「悲劇」や「喜劇」のようにスパッとジャンル分けしにくいとされる二作ですが、同時に人間の複雑さに迫る、作家の現代的な視座が感じられる戯曲でもある。今、上演するにふさわしいものだとすぐに賛成しました。


―おっしゃる通り、大きな時代の変化やうねりに対峙する人間を俯瞰させる歴史劇とは対照的に、人間の感情や内に秘めた欲望などを描く興味深い二作です。また、ラストが大団円とは言いかねるところも面白く感じました。

本当に、問題は解決していないし、登場人物たちの先行きにも不安を感じる強引な終わり方ですよね(笑)。社会的なルールや道徳などに直面して混乱する人間を生々しく描き、答えが出ないままモヤっと終わる。そんな後味も含め非常に現代的で、勝敗や生死で決着がはっきりとつく歴史劇とは真逆のドラマを、座組として練り上げられたカンパニーがどう立ち上げるかにご注目いただけたら、と。また、歴史劇の最初から皆勤で出演してくださっている俳優だけのアフター・トークも予定しているので、お楽しみいただければ幸いです。


戦時中、日本で活動した日系二世の英語ラジオ放送アナウンサーの物語。ミュージカル『東京ローズ』

―続く『東京ローズ』は、フルオーディションでは初のミュージカルです。

2021年に『東京ゴッドファーザーズ』を演出していただき、ミュージカルも数多く手掛ける藤田俊太郎さんに再登場をお願いしました。作品はイギリスの演劇集団BURNT LEMON THEATRE が2019年に製作したもの。第二次世界大戦中の日本で英語のラジオ放送アナウンサーとして活動した、アメリカ生まれの日系二世女性アイバ・戸栗(通称=東京ローズ)を主人公に、戦争によって個人のアイデンティティを奪われた人々の闘いを描くドラマは、きな臭い状況が世界各地で続く今こそ上演すべき作品です。
オーディションには936名がエントリーし、そこから6人の女性が選ばれました。ロック調の楽曲をバンドが生演奏し、小劇場の空間を音楽が満たす、刺激的な上演になると思います。


―ミュージカルを選んだ理由は?

毎年8月の夏休み期間、全国の中高生を対象にしたワークショップ企画「どっぷり演劇 days」を開催していますが、そこで向き合った中高生から「将来はミュージカル俳優になりたい」「ミュージカルの仕事に興味がある」といった希望を聞くことが非常に多かったんです。 日本の現代演劇シーンでもミュージカルの人気が高いことは周知の事実ですし、ならばチケットが高価な大型作品でなくとも、ミュージカルの魅力がぎゅっと詰まった作品を企画できたらと考え、リサーチなどを進めてもらいました。
ありがたいことに学生からベテランまで幅広い世代の女性俳優が集まってくれ、藤田さんの演出プランでは6人全員がアイバと、それ以外の役を兼任する形になるとのこと。翻訳は私が手掛けます。2023年1月終わりに劇作家ワークショップの成果戯曲三作をイギリスのロイヤルコート劇場でリーディング上演する際に、BURNT LEMON THEATREのメンバーと直接お話しすることができました。いろいろと相談しながら、進めていきたいと考えています。


―歴史の記録とエンターテインメントが、巧みに融合した舞台になりそうに思います。また今作も、女性が主軸というところが興味深いです。

当初は「女性」を切り口としたシリーズの展開も考えていたのですが、それにはまた別の作品も入れたいと思ったので、今回はそれぞれの作品を楽しんでいただくことを第一に考えました。新国立劇場が媒介して、新しいつくり手と新しい観客が出会い、お互いを結ぶ機会になれば嬉しいですね。


キェシロフスキの映画を舞台化!人間存在の根源が浮き彫りになる十編『デカローグ Ⅰ~Ⅹ』

―そして、小川さん自身は来春から夏にかけ、K・キェシロフスキの映画『デカローグ』の舞台化『デカローグ Ⅰ~X』を、上村聡史さんと共に演出します。

ニューヨーク留学中に出会った映画で、最初に観た時から強烈に惹きつけられ、以来「いつか演劇にしたい」と願い続けてきた作品です。上演台本は、先の劇作家ワークショップで『私の一ヶ月』を書き上げ、シリーズ【未来につなぐもの】第一弾とし上演(演出は稲葉賀恵)された須貝英さんにお願いしました。旧約聖書の十戒(古代イスラエルの民族指導者・モーゼが神から与えられた十の戒律) を、それぞれ小タイトルとする十の物語で構成されており、十編を三つに分けて創作し、2024年4~7月に順次上演していくことになると思います。


―分割したニブロック以降は、創作と上演が並行していくのですね。 学生時代から長く今作に魅了されている、その理由はどこにあるのでしょうか。

80年代のポーランド、ワルシャワのとある団地を舞台に、人間の営みや人生の皮肉、偶然の運命などをモ チーフとする連作で、一編ずつ切り離せばささやかな人間ドラマですが、全編を通して観ることで、人間存在の根源がいかなるものかが浮き彫りになっていく。その構成が稀有で非常に優れていると思いますし、ごく平凡で21世紀の日本に生きる私たちと地続きの人間の日常的な一日、一瞬の積み重ねが、人間が等しく背負う宿命を深く掘り下げて目に見えるものにする作品世界、それを見据える厳しくも愛情に満ちた作者の視線と思索を、観客と生で共有できる演劇で構築したかった。創作過程でどんな発見ができるものか、私自身非常に楽しみです。


―また、2024年は「こつこつプロジェクト」にも動きがあるとうかがいました。

はい、新たな演出家を迎えた第三期がスタートすることに加え、第二期に柳沼昭徳さんがトライした三好十郎の『夜の道づれ』を「こつこつプロジェクトStudio 公演」として創作を継続し、公開を計画しています。他にも、感染症禍ではできなかったワークショップやトーク企画を様子を見つつ対面での実施に戻すなど、状況を見定めながらお客様と共にある事業を積み重ねていきたいと考えております。新シーズンの新国立劇場演劇にも、おつきあいいただけますと幸いです。



新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 8月号掲載