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<スペシャルコラムその2>トニー・クシュナーの作品たち――スピルバーグとのコラボなど ~『エンジェルス・イン・アメリカ』~

エンジェルス・イン・アメリカのチラシ画像
2023年4月18日(火)に開幕する『エンジェルス・イン・アメリカ』(二部作)は、初演以来高い評価を得ている、トニー・クシュナーの傑作。上演時間が各部4時間、合計8時間という長大な作品は、なぜ多くの観客を魅了し愛され続けているのか、萩尾瞳さんがわかりやすく解説してくださいました。3回シリーズの第2回目です。




萩尾 瞳 (映画・演劇・ミュージカル評論家)




トニー・クシュナー。もちろん、『エンジェルス・イン・アメリカ』の脚本家である。ピュリッツァー賞もトニー賞も受賞した著名な脚本家として、演劇ファンならきっとその名を記憶しているだろう。でも、映画ファンには、スティーブン・スピルバーグ監督とコラボしている脚本家としての顔の方が、よく知られていそうだ。



実際、今年2023年のアカデミー賞にもスピルバーグ監督作『フェイブルマンズ』の脚本(スピルバーグと共同執筆)で脚本賞にノミネートされていた。作品賞など7部門でオスカー・ノミネートされたこの作品は、スピルバーグ自身をモデルにした映画愛あふれる作品。評価はとても高かったけれど、受賞はアジアン・パワー炸裂の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』に全て持って行かれたのは、ご存じの通り。



トニー・クシュナー氏 photo by Ed Ritger

クシュナーが映像と強い繋がりを持ったのは、2004年のTVミニ・シリーズ版『エンジェルス・イン・アメリカ』。なにしろ、監督がマイク・ニコルズである。『裸足で散歩』(1963年ブロードウェイ初演)でトニー賞演出家賞を受賞。以来ニール・サイモン作品を次々に手がけ、トニー賞受賞しまくりの名演出家。そして、映画『卒業』(1967)でアカデミー監督賞を受賞した名監督。輝かしい大先輩とのコラボレーション体験だったろう。



次にクシュナーが組んだのがスピルバーグ監督。2005年製作の『ミュンヘン』(エリック・ロスと共同脚本)だ。おそらく、ユダヤ系のリベラリストという共通項も手伝い、良いチームとなったのだろう。それに、『フェイブルマンズ』で描かれるようにスピルバーグの母はピアニストで、クシュナーの方は両親共にクラシック音楽の演奏家だったことだし。



コラボは『リンカーン』(2012)、『ウエスト・サイド・ストーリー』(2020)と続く。名作ミュージカル映画のアップデートに挑むに、クシュナーの才能は必須だったに違いない。たとえば、主人公のキャラクター設定。原作と異なり、トニーは服役経験があるし、マリアはブライダル・ショップのお針子ではなくギンベルズ(いまはない大衆的百貨店)の掃除スタッフである。それが、二人の行動にリアリティを加え、物語を躍動的に運んでいくのだ。さらに......と語り出すとキリがなくなるので、この話はこれまで。



そう、クシュナーのキャラクター設定はとても緻密でリアルだ。天使が突然降臨したり、正体不明のツアー・コンダクターといきなり北極にワープしたり、ぶっ飛んだストーリーがとても楽しく魅力的な『エンジェルス・イン・アメリカ』の登場人物も、やはりリアル。ジョーはモルモン教徒でなくてはならないし、その妻ハーパーは精神安定剤中毒にならざるを得ないし、二人が住むのはニューヨーク・ブルックリンでなくてはならない。そこは、舞台を見れば納得するはずだ。



また、クシュナー脚本にはマイノリティへの真摯でフェアな視線が光る。『エンジェルス・イン・アメリカ』のほぼ10年後、2004年にブロードウェイ初演されたミュージカル『キャロライン、オア・チェンジ(Caroline, or change)』も、そう。作曲はいまや超売れっ子のジニーン・テソーリだ。1963年のルイジアナ、ユダヤ人家庭の黒人メイドのキャロラインが主人公。ケネディ暗殺など激動の時代を背景に、人種の軋轢や差別と抵抗が描かれる。一口では説明しづらいけれど、タイトルの「チェンジ」が「変わる」と「小銭」のダブル・ミーニングなのがヒントになるかも。



ブロードウェイでのクシュナー作品はさほど多くはない。ただし、ブレヒト劇の新訳は数本手がけているし、『エンジェルス・イン・アメリカ』の 「第一部 ミレニアム迫る」は加筆され、最新版はオリジナル版の2倍近くになっている。どうやら、作り出すキャラクターだけではなく、本人自身もかなり緻密で凝り性らしい。



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次回は『エンジェルス・イン・アメリカ』の登場人物、わけてもロイ・コーンについて。





★スペシャルコラム(全3回)他の回はこちらから

第1回<スペシャルコラムその1>笑いと驚きのジェットコースター

第3回<スペシャルコラムその3>多彩な登場人物 ―― わけてもロイ・コーン―― について



はぎお・ひとみ
映画・ミュージカル・演劇評論家。朝日新聞でミュージカル評を担当。読売演劇大賞、菊田一夫演劇賞などの選考委員を務める。主な著書に『ミュージカルに連れてって!』(青弓社)、『「レ・ミゼラブル」の100人』(キネマ旬報社)、共編著・監修に『はじめてのミュージカル映画 萩尾瞳ベストセレクション50』(近代映画社)などがある。




●公演詳細はこちら


エンジェルス・イン・アメリカ

会場:新国立劇場 小劇場

上演期間:2023年4月18日(水)~5月28日(日)

A席 7,700円 B席 3,300円

※一部・二部通し券(A席のみ) 13,800円