演劇公演関連ニュース
『エンジェルス・イン・アメリカ』演出・上村聡史、インタビュー
一九九一年の初演以来、世界各地で上演されてきた『エンジェルス・イン・アメリカ』の二部作が一挙上演される。演出は、戯曲を緊密に浮かび上がらせ、スケール感ある劇的空間を立ち上げる上村聡史。新国立劇場ではこれまで、ジャン=ポール・サルトル『アルトナの幽閉者』、安部公房『城塞』、ロバート・アイク『オレステイア』、三好十郎『斬られの仙太』といった、一筋縄ではいかない話題作を次々と手がけてきた気鋭だ。ピュリツァー賞やトニー賞など数々の賞に輝くトニー・クシュナー作、アメリカ演劇史にその名を刻む傑作戯曲に挑む上村に、作品の魅力を聞く。
インタビュアー:川添史子(演劇ライター)
あらゆる二項対立に苦しむ登場人物たちは
今の私たちとも重なる
―米国の劇作家トニー・クシュナーの、代表作にして超大作が来春上演決定。上村さんが演出を手がけた『斬られの仙太』(二〇二一年)同様、全ての出演者をオーディションで決定する「フルオーディション企画」での上演になります。
上村 今回も多くの方がご応募くださって、本当に嬉しい限りです。なんせ第一部と第二部各四時間、トータル八時間をたった八人でつくり上げるハードな舞台ですから、稽古日程も長丁場になりますし、タフな演劇体力と精神力が必要とされる作品。そのことを理解した上で手を挙げてくださったみなさんの気概、熱気を感じるオーディションとなり、あらためてこの戯曲の魅力を再認識しました。
―稽古と本番合わせて約四か月。粘り強さが求められる手強い作品だけに、気骨ある〝猛者たち〞が選ばれたワケですね。先日、数日間のプレ稽古が行われたとうかがいました。
上村 新訳ということもあり、第一稿が上がってきた時点で三日ほど読み合わせをしました。翻訳の検証のために台詞を俳優の声で聞いて確認してみたい......というつもりだったのに、ついつい熱が入り、演出や解釈も始まってしまったという(笑)。劇作家の狙いを初期段階から的確に掴むベテラン勢、それに若い俳優たちがヴィヴィッドに触発されていく空気が、すごく面白かった。この作品に描かれる若者たちは、生きることに対してがむしゃらで、迷い、ぶつかりながら前に進んでいきますが、そうした内容とクロスオーバーする感覚もあり、手応えあるプレ稽古になりました。
―クシュナーは演劇以外にも、『ミュンヘン』(二〇〇五年)や『リンカーン』(二〇一二年)など、スティーヴン・スピルバーグ監督の骨太な映画脚本でも才能を発揮しています。近年では、貧困や人種差別による断絶を明確にしてリメイクされた『ウエスト・サイド・ストーリー』の脚色でも話題となりました。上村さんご自身がこの作家にご興味を持ったのはいつ頃ですか?
上村 『エンジェルス・イン・アメリカ』はいわば、彼の名を世に知らしめた出世作。二十世紀アメリカ演劇を代表する一本ですから、演劇を始めた頃から存在は知っていましたし、文学座に在籍していた頃、『ホームバディ/カブール』※(松本祐子演出、二〇〇三年)という作品にスタッフで参加した際、クシュナーの知的な作劇に感化したのを覚えています。ただ『エンジェルス・イン・アメリカ』は東西冷戦時代の終焉期が背景となっていますし、一九八〇年代を軸としたアメリカ社会の総括のような芝居。手がけてみたいと思いつつも、上演のタイミングが難しいと考えていました。
―赤狩りで有名なマッカーシー議員の片腕だった政界の黒幕・大物弁護士ロイ・コーン、夫との関係に悩み情緒不安定で薬物依存のモルモン教徒ハーパー、エイズに感染したことを恋人に告白したゲイのプライアーなどなど、一九八五年のニューヨークを舞台にさまざまな背景を持つ人々の姿を通して、政治、同性愛とエイズ、宗教、人種問題と、アメリカが抱える苦悩や葛藤を浮き彫りにする群像劇。今上演する意味を、どのあたりに見い出されたのでしょう?
上村 ここ数年、世界はパンデミックに右往左往し、それに対する政治のリアクションや、他者への不寛容/分断が大きな問題として我々にのしかかっています。当時エイズが与えた影響や構図がそのまま我々が今生きている社会にハマるとは言えませんが、生や死、個人と社会など、あらゆる二項対立に苦しむ登場人物たちの姿は今の私たちとも重なる。政治力を使って治療薬を手に入れるロイ・コーンと、愛する人との関係に悩みながら病気と向かい合うプライアー。全く社会的な立場が違う人間を対比させる構図も示唆的です。ロシアがウクライナに軍事侵攻を進める今の混乱状況も、西側の価値観だけでは世界が立ちゆかないことの証左でしょう。日本で初演された九〇年代よりは、この国でも性的マイノリティを取り巻く問題や多様性について語られ始めていますし、時を経てここに描かれている事柄を対象化できるような時代の空気も、上演の背中を押しました。
今、舞台美術家とは"原子核"や"病原菌"、"細胞"などをキーワードに、チェルノブイリ原発事故で機能しなくなった劇場の写真などを共有しつつ、「自分達が遂げてきた進歩によって、自分達の生活が脅かされている状況」を思考してみようと話していて。日本人がこの物語を、どういう視点を持って上演するか......まずはそこをしっかり捉えたいと思っています。
俳優の演技によって立ち上がる
鮮度の高い空間を目指したい
―今回は小田島創志さんによる新訳。新国立劇場での小田島翻訳は、タージマハル建設現場の警備についた幼馴染二人の会話劇『タージマハルの衛兵』(ラジヴ・ジョセフ作、二〇一九年)、会議室で繰り広げられる軽妙な群像劇『アンチポデス』(アニー・ベイカー作、二〇二二年)に続いて三本目です。
上村 この戯曲は、聖書の世界と結びつくような壮大な部分と、ミニマムな人間模様が同居した作品。創志さんとは初めてご一緒しますが、場面の意味や状況を的確に、そして小気味よい会話で翻訳する言語感覚を持っている方なので、ぜひお願いしてみたいと考えました。
―今おっしゃったような、黙示録を想起させて〝人類や歴史〞について想像を飛ばす壮大な部分は演出的にも楽しみなところです。SF映画のようなイマジネーションあふれるト書で、朦朧としたプライアーの病床に天使が降臨したりと、深刻なテーマと幻想的なユーモアが絡み合う、楽しい戯曲でもあります。
上村 プライアーの前には一三世紀の先祖も現れますし、ハーパーの想像上の友人"ミスター・ライズ"登場とか、クスッと笑えるジャンプ力にあふれていて、決して頭でっかちな戯曲ではないんですよね。第一部「ミレニアム迫る」は最初、ワークショップ公演の形で上演されたとか。だからなのか、俳優のライブパフォーマンスでグンと面白くなる台詞や場面が、随所に散りばめられているんです。くっついたり離れたりの恋愛関係は八〇年代のトレンディドラマの法則もあり(笑)、今で言うネットフリックスで見かけるようなとっつきやすさや、意外な点と点が結ばれていく展開になっています。テーマやメタファーが複雑に入り組みつつも、目の前で行われる演技に心が揺さぶられるような流れが、見事に仕組まれているんです。
―偏見や差別、ぶつかり合いや"違い"を乗り越えながらどう他者を認め、自由な世界を更新させていくか......立場の違う多彩な登場人物たちの姿を通して、観客一人ひとりが、現代に響くテーマを見つけられそうです。
上村 愛することとどう向き合うべきか、そしてその愛で、自他を育むことは可能か、もしくは変化することができるか、そういった愛に繋がる想像力と向き合う芝居でもあり、そこは時を経ても風化しない普遍性を持っています。演出者としては、ダイレクトに響く台詞の面白さは大きな魅力。小劇場のコンパクトな良さを存分に生かして、俳優の演技によって立ち上がる、鮮度の高い空間を目指したいと思っています。
※タリバン政権下のアフガニスタン・カブールを舞台にした物語。戯曲が発表されたのは二〇〇〇年。二〇〇一年に起こった同時多発テロ9・11の三カ月後の十二月に初演された際は、その予言的な内容が一大センセーションを巻き起こした。
新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ 1月号掲載
ものがたり
第一部「ミレニアム迫る」
1985年ニューヨーク。青年ルイスは同棲中の恋人プライアーからエイズ感染を告白され、自身も感染することへの怯えからプライアーを一人残して逃げてしまう。モルモン教徒で裁判所書記官のジョーは、情緒不安定で薬物依存の妻ハーパーと暮らしている。彼は、師と仰ぐ大物弁護士のロイ・コーンから司法省への栄転を持ちかけられる。やがてハーパーは幻覚の中で夫がゲイであることを告げられ、ロイ・コーンは医者からエイズであると診断されてしまう。職場で出会ったルイスとジョーが交流を深めていく一方で、ルイスに捨てられたプライアーは天使から自分が預言者だと告げられ......。
第二部「ペレストロイカ」
ジョーの母ハンナは、幻覚症状の悪化が著しいハーパーをモルモン教ビジターセンターに招く。一方、入院を余儀なくされたロイ・コーンは、元ドラァグクイーンの看護師ベリーズと出会う。友人としてプライアーの世話をするベリーズは、「プライアーの助けが必要だ」という天使の訪れの顛末を聞かされる。そんな中、進展したかに思えたルイスとジョーの関係にも変化の兆しが見え始める。
<かみむら さとし>
2001年文学座附属演劇研究所に入所。 09年より文化庁新進芸術家海外研修制度により 1年間イギリス・ドイツに留学。 18年に文学座を退座。第 56回紀伊國屋演劇賞、第 22回・第 29回読売演劇大賞最優秀演出家賞、第 17回千田是也賞など受賞。近年の主な演出作品に、『 4000マイルズ』『 A・ NUMBER』『野鴨 -Vildanden-』『ガラスの動物園』『森 フォレ』『 Oslo(オスロ)』『ミセス・クライン』『終夜』『岸 リトラル』『炎 アンサンディ』など。新国立劇場では、『斬られの仙太』『オレステイア』『城塞』『アルト ナの幽閉者』を演出。
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『エンジェルス・イン・アメリカ』
会場:新国立劇場・小劇場
上演期間:2023年4月18日(火)~5月28日(日)
作 トニー・クシュナー
翻訳 小田島創志
演出 上村聡史
出演:
- 浅野雅博 岩永達也 長村航希 坂本慶介 鈴木 杏 那須佐代子 水 夏希 山西 惇
公演詳細はこちら
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