演劇芸術監督 小川絵梨子


2023/2024シーズンの幕開けは、シェイクスピアの『尺には尺を』と『終わりよければすべてよし』の上演となります。2009年から長きに渡って新国立劇場演劇でのシェイクスピア歴史劇上演に携わって下さったカンパニーが再び集結し、2023年の秋、新たな試みが始まります。この二作品は伝統的な悲劇や喜劇には分類し難い「問題劇」と呼ばれ、またその物語を牽引する中心的人物として女性が描かれているシェイクスピア作品でもあり、これまでの歴史劇シリーズとはまた違った視点と魅力を持った作品となります。10年以上の歴史を積み重ねるカンパニーが描くこの度の作品では、俳優それぞれが二つの役を演じ、この二作品を表裏一体として交互に上演して参ります。

この二作品に続いて、12月にはフルオーディション企画の第6弾『東京ローズ』をお届けいたします。こちらは本企画初となるミュージカル作品であり、イギリスで2019年に初演されたばかりの大変新しい作品になります。太平洋戦争の時代に東京ローズと呼ばれアナウンサーとして活躍した実在の人物、アイバ・戸栗・郁子を主人公とした物語です。国家同士の戦争により個人としてのアイデンティティや尊厳を奪われ、人種や国籍の違いから二つの国において偏見と差別を受けることとなったこの主人公の物語は、決して過去のものではなく、今日の現代の物語でもあると考えています。登場人物は女性6人で、この6人全員がそれぞれにアイバ・戸栗・郁子を演じ、また他の様々な役柄も演じていきます。パワフルな楽曲と共に新たな可能性に満ちたミュージカル作品となります。

2024年の春には、『デカローグ Ⅰ~Ⅹ』と題した十遍の連作の連続上演を予定しております。『デカローグ』はポーランド出身の映画監督キェシロフスキが1980年代に発表した十遍の連作ドラマであり、これを原作として新たな舞台作品を制作致します。この作品が生み出された80年代半ばのポーランドは戒厳令が解除された直後であり、キェシロフスキ監督の言葉によると「混乱、緊張、絶望、もっと悪くなるんじゃないかという恐れがはっきりと読み取れ、世界中にも不安が広がっているのを肌で感じた」時代であったと言います。監督が感じたことは、現代に生きる多くの人々が今まさに感じていることでもあるように思います。この『デカローグ』は旧約聖書の十戒をモチーフに、とある団地に住む人々の人生を描いた物語であり、普遍的な視点と冷徹な観察眼を持って人間の愛と弱さが語られます。登場人物たちは皆どこにでもいるような隣人として描かれており、日々を生きる中で一つ一つの選択に悩み、より良い方向へ向かっていきたいという希望の心と、何をしたら正しいのかを理解していながらもそれを選び取ることが出来ない弱さも持ち合わせています。不完全な存在である人間そのものとその有り様をありのままに見つめ、ひたすらに真っ直ぐに向き合おうとするこの物語は、断罪の物語ではなく寧ろ人間を信じたいという願いと希望の物語でもあると考えています。十遍の物語はそれぞれ独立していつつ、登場人物はみな同じ団地の住人であることから互いに繋がってもおり、十遍からなる壮大な一つの物語ともなっています。

こつこつプロジェクトでは新しく第三期がスタートする予定です。また、第二期の参加作品である三好十郎作『夜の道づれ』ではこれまでクローズドで行っていた試演を発展させて、新しく「こつこつプロジェクトStudio公演」として公開での試演会を行うべく、その実現に向けてプロジェクトを継続しております。さらに第二期の『テーバイ』も劇場での上演に向けての準備を進めております。その他、ギャラリープロジェクトや中高生のための演劇ワークショップも引き続き予定し、またこの3年間開催が難しかった各公演でのシアターツアーや対面でのワークショップも行いたいと考えております。

新しい試みに挑戦することや、学びと改善を繰り返していくことと共に、これまで続けて来たことをゆっくりではありますがこつこつと積み上げ続けていくことも大切にして参りたいと思っております。

今シーズンの新国立劇場演劇を楽しんで頂けましたら幸いです。なにとぞよろしくお願い申し上げます。


演劇芸術監督 小川絵梨子


2023/2024シーズンの幕開けは、シェイクスピアの『尺には尺を』と『終わりよければすべてよし』の上演となります。2009年から長きに渡って新国立劇場演劇でのシェイクスピア歴史劇上演に携わって下さったカンパニーが再び集結し、2023年の秋、新たな試みが始まります。この二作品は伝統的な悲劇や喜劇には分類し難い「問題劇」と呼ばれ、またその物語を牽引する中心的人物として女性が描かれているシェイクスピア作品でもあり、これまでの歴史劇シリーズとはまた違った視点と魅力を持った作品となります。10年以上の歴史を積み重ねるカンパニーが描くこの度の作品では、俳優それぞれが二つの役を演じ、この二作品を表裏一体として交互に上演して参ります。

この二作品に続いて、12月にはフルオーディション企画の第6弾『東京ローズ』をお届けいたします。こちらは本企画初となるミュージカル作品であり、イギリスで2019年に初演されたばかりの大変新しい作品になります。太平洋戦争の時代に東京ローズと呼ばれアナウンサーとして活躍した実在の人物、アイバ・戸栗・郁子を主人公とした物語です。国家同士の戦争により個人としてのアイデンティティや尊厳を奪われ、人種や国籍の違いから二つの国において偏見と差別を受けることとなったこの主人公の物語は、決して過去のものではなく、今日の現代の物語でもあると考えています。登場人物は女性6人で、この6人全員がそれぞれにアイバ・戸栗・郁子を演じ、また他の様々な役柄も演じていきます。パワフルな楽曲と共に新たな可能性に満ちたミュージカル作品となります。

2024年の春には、『デカローグ Ⅰ~Ⅹ』と題した十遍の連作の連続上演を予定しております。『デカローグ』はポーランド出身の映画監督キェシロフスキが1980年代に発表した十遍の連作ドラマであり、これを原作として新たな舞台作品を制作致します。この作品が生み出された80年代半ばのポーランドは戒厳令が解除された直後であり、キェシロフスキ監督の言葉によると「混乱、緊張、絶望、もっと悪くなるんじゃないかという恐れがはっきりと読み取れ、世界中にも不安が広がっているのを肌で感じた」時代であったと言います。監督が感じたことは、現代に生きる多くの人々が今まさに感じていることでもあるように思います。この『デカローグ』は旧約聖書の十戒をモチーフに、とある団地に住む人々の人生を描いた物語であり、普遍的な視点と冷徹な観察眼を持って人間の愛と弱さが語られます。登場人物たちは皆どこにでもいるような隣人として描かれており、日々を生きる中で一つ一つの選択に悩み、より良い方向へ向かっていきたいという希望の心と、何をしたら正しいのかを理解していながらもそれを選び取ることが出来ない弱さも持ち合わせています。不完全な存在である人間そのものとその有り様をありのままに見つめ、ひたすらに真っ直ぐに向き合おうとするこの物語は、断罪の物語ではなく寧ろ人間を信じたいという願いと希望の物語でもあると考えています。十遍の物語はそれぞれ独立していつつ、登場人物はみな同じ団地の住人であることから互いに繋がってもおり、十遍からなる壮大な一つの物語ともなっています。

こつこつプロジェクトでは新しく第三期がスタートする予定です。また、第二期の参加作品である三好十郎作『夜の道づれ』ではこれまでクローズドで行っていた試演を発展させて、新しく「こつこつプロジェクトStudio公演」として公開での試演会を行うべく、その実現に向けてプロジェクトを継続しております。さらに第二期の『テーバイ』も劇場での上演に向けての準備を進めております。その他、ギャラリープロジェクトや中高生のための演劇ワークショップも引き続き予定し、またこの3年間開催が難しかった各公演でのシアターツアーや対面でのワークショップも行いたいと考えております。

新しい試みに挑戦することや、学びと改善を繰り返していくことと共に、これまで続けて来たことをゆっくりではありますがこつこつと積み上げ続けていくことも大切にして参りたいと思っております。

今シーズンの新国立劇場演劇を楽しんで頂けましたら幸いです。なにとぞよろしくお願い申し上げます。

プロフィール

2004年、ニューヨーク・アクターズスタジオ大学院演出部卒業。06~07年、平成17年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修生。18年9月より新国立劇場の演劇芸術監督に就任。
近年の演出作品に、『おやすみ、お母さん』『管理人/THE CARETAKER』『ダディ』『ダウト~疑いについての寓話』『検察側の証人』『ほんとうのハウンド警部』『作者を探す六人の登場人物』『じゃり』『ART』『死と乙女』『WILD』『熱帯樹』『出口なし』『マクガワン・トリロジー』『FUN HOME』『The Beauty Queen of Leenane』『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』『CRIMES OF THE HEART ―心の罪―』『死の舞踏/令嬢ジュリー』『ユビュ王』『夜想曲集』『RED』『スポケーンの左手』など。
新国立劇場では『レオポルトシュタット』『アンチポデス』『キネマの天地』『タージマハルの衛兵』『骨と十字架』『スカイライト』『1984』『マリアの首-幻に長崎を想う曲-』『星ノ数ホド』『OPUS/作品』の演出のほか、『かもめ』『ウィンズロウ・ボーイ』の翻訳も手がける。