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【コラム】2026年10月オペラ ロッシーニ『イタリアのトルコ人』作品解説

2023年テアトロ・レアル公演より

ベルカント・オペラの名作がまた一つ、新国立劇場に初登場する。ジョアキーノ・ロッシーニ(1792〜1868)がミラノ・スカラ座のために書いたオペラ・ブッファ『イタリアのトルコ人』だ。ロラン・ペリーの洒脱でシャープな演出と、ベストの配役を得て、2026/2027シーズン開幕に上演される。

クラブ・ジ・アトレ誌6月号より 文●井内美香 〈音楽ライター〉

現代人の心にこそ刺さる ロッシーニの隠れた名作


 『イタリアのトルコ人』は、ロッシーニの中でも音楽が充実していることで知られているが、実際の上演はそれほど多くない。20世紀にこのオペラを甦らせたのは1950年にローマ、1955年にミラノ・スカラ座でドンナ・フィオリッラを演じたマリア・カラスだった。コロラトゥーラの技術とドラマティックな表現を必要とする難役を歌い、忘れられていたオペラを人々に知らしめたことにより、まだ若かった彼女自身の名声も高まったのである。


 実は『イタリアのトルコ人』は初演された当時の観客よりも、現代人の心に刺さるオペラである。1814年8月14日にミラノ・スカラ座で初演された時、ロッシーニは弱冠22歳、台本作家のフェリーチェ・ロマーニは25歳だった。初演はその2年前にロッシーニがスカラ座デビューした『試金石』の記録的な大ヒットとは比べ物にならない不評に終わったことが分かっている。その理由は2つあった。一つは、前の年1813年にヴェネツィアで初演されやはり大好評であったロッシーニの『アルジェのイタリア女』が、『イタリアのトルコ人』と同じ、トルコ人を主人公にしたオペラだったこと。ミラノの観客は、この新作はヴェネツィアで成功した作品の二番煎じだと気を悪くしたのだ。実際はまったく違う内容を持つオペラであったにも関わらず。もう一つの原因は『イタリアのトルコ人』のストーリーそのものにあった。ナポリに住むドン・ジェローニオの妻フィオリッラは、旅行でナポリに立ち寄ったトルコの王子セリムのエキゾチックな魅力に夢中になる。同じトルコを題材にしていても、『アルジェのイタリア女』のイザベッラが恋人に一途な愛を捧げているのと比べると、既婚者の浮気というテーマを扱っていることが、批評家や観客にそっぽを向かれる原因を作ったのだ。

2023年テアトロ・レアル公演より 第1幕フィナーレ

 だが、これらの当時ウケなかった原因こそが、現代において『イタリアのトルコ人』が高く評価される理由になっているのだから面白い。軽佻浮薄な物語の中には真実が隠されているのだ。フィオリッラは、以前は愛していた夫にもう愛情を感じることができない。セリムも一度は妻にしようとしていたザイーダと再会して嬉しく思っているのに、なおも彼女とフィオリッラのどちらを取るか決めかねている。人の心は、思うように操れるものではないのである。


 そしてこの作品は、劇中に劇が展開する「メタ構造」を持っているのも特徴だ。プロスドーチモという詩人がいて、彼は登場してすぐに、「喜劇を一つ書かねばならないのに、その題材が見つからない」と嘆く。観客はこの物語を、狂言回しの詩人と同じ視点で見るように促される。


期待高まる画期的な演出と 実力派が揃ったキャスト陣


 今回、新国立劇場で上演されるロラン・ペリーの演出は2023年にマドリードのテアトロ・レアルで初演されたプロダクションだ。ペリーは1960~80年代にイタリア女性の間で爆発的に流行っていた"フォトノベル"(直訳すると"写真小説")というジャンルの雑誌を演出に取り入れた。フォトノベルは俳優の写真を使い、コミックのようなコマ割りで展開する恋愛ストーリーの雑誌である。舞台にはカラフルなフォトノベルの大きなページが登場し、漫画のフキダシも効果的に使われている。ペリーは物語を現代に近い時代に移し、しかも戯画的な手法でメタ構造を見事に視覚化したのである。マドリードでの初演は「ユーモアと躍動感、そして溢れるダンスのコンビネーション」と絶賛された。


2023年テアトロ・レアル公演より 第1幕フィナーレ

 スカラ座で初演されたロッシーニの他のオペラ同様に『イタリアのトルコ人』はオーケストラの豊かさが特徴である。書き下ろしの序曲におけるホルンの伸びやかなソロは、このオペラの魅力を十分伝えている。そしてもう一つ特徴的なのは重唱の多さ。様々なシチュエーションや人間関係を解き明かす重唱が、時には驚くような早口で、合唱も巻き込んで歌われる。中でも第2幕の仮面舞踏会の場における、相手を取り違えた二組のカップルとジェローニオの五重唱は、一筋縄ではいかない人生のほろ苦さまで感じさせて秀逸だ。


 そして名歌手たちのテクニックと表現を楽しめるソロも多い。中でもオペラの中で人間的な成長をみせるフィオリッラは歌も聴きどころが多い。彼女の登場のカヴァティーナ「これ以上に馬鹿げたことはないわ」は、気まぐれで自分の欲望に正直な気持ちが華やかなコロラトゥーラで歌われる。一方、物語の終盤で夫に離縁状を突きつけられたフィオリッラが、それまでの行いを悔いて歌う「みじめで黒いこの服が」は、切々とした感情が伝わる名曲。2024/2025シーズン開幕公演のベッリーニ『夢遊病の女』で、急遽アミーナを歌い大好評だったクラウディア・ムスキオがフィオリッラ役で再登場するのは本当に楽しみだ。彼女の喜劇女優としての新しい面も期待できるだろう。セリムは、ロッシーニ・オペラ・フェスティバルやパリ・オペラ座で注目を集めてきたアレハンドロ・バリニャス・ビエイテス、フィオリッラの取り巻きドン・ナルチーゾは同じくロッシーニを中心に活躍中のテノール、ガティンを配し、他にもジェローニオにボルドーニャ、詩人にタッディアなど、新国立劇場でもお馴染みの芸達者たちが出演する。


 様々な事件を経て、フィオリッラとジェローニオ、セリムとザイーダはどのような結末を迎えるのだろうか? それをどう解釈するかは観客に託されている。モーツァルトの『フィガロの結婚』や『コジ・ファン・トゥッテ』にも共通する、一抹の苦さがそこには含まれているかも知れないのだ。



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