オペラ公演関連ニュース
【インタビュー】『ウェルテル』シャルロット役 脇園彩
愛しいシャルロットには、亡き母と約束した婚約者がいた。
そして彼女は結婚。それでもより深く熱くなるウェルテルの思い―
ドイツの文豪ゲーテの『若きウェルテルの悩み』をフランスの作曲家マスネが甘美な音で綴るオペラ『ウェルテル』。
5月の公演でシャルロットを演じるのは、脇園彩。世界的なロッシーニ歌手であり、オペラパレスでこれまでロッシーニやモーツァルトなどを歌ってきた彼女が、フランス・オペラに挑む。
5月の公演を前に、『ウェルテル』への思いをうかがった。
クラブ・ジ・アトレ誌3月号より インタビュアー◎ 井内美香(音楽ライター)
フランス語の響きと色彩は私の声に合う
―昨年9月にミラノ・スカラ座の『チェネレントラ』で題名役を歌われました。ご自身もアカデミーで学んだスカラ座の、アカデミー生が出演する公演にプロの歌手として呼ばれたわけですが、手応えはいかがでしたか? 当時のことを思い出しましたか?
脇園 全然違う感じがしました。10年経って戻ったスカラ座は、劇場がとても歓迎してくれている感じがしました。考えてみると私自身が、当時スカラ座を"手が届かない聖域"のように感じていたのだと思うのです。今では一緒に素晴らしい芸術を作る同志としての絆を感じることができました。
―昨年末にはボローニャ歌劇場で『セビリアの理髪師』ロジーナにも出演されました。
脇園 こちらも楽しい現場でした。キャストはロッシーニ歌いとして有名な友人、知人ばかり。ミケーレ・ペルトゥージ、パオロ・ボルドーニャ、ニコラ・アライモ、アントニーノ・シラグーザ......。彼らのような大歌手に対しても、以前はやはりスカラ座に対するように神格化していた部分がありました。学生時代から憧れていた大先輩たちですから。でも神格化するというのは"そこには到達できない"と思っていること。だからそれをやめて、自分の弱点や改善点は冷静に見つめながら、自分自身をニュートラルに評価するように決めたんです。スカラ座の『チェネレントラ』が一番のきっかけになったかもしれません。
―ロッシーニ・オペラ・フェスティバル、ミラノ・スカラ座をはじめとする数多くの劇場でロッシーニを歌ってきた脇園さんはロッシーニ歌手のイメージがありますが、新国立劇場で次に出演されるのはマスネの『ウェルテル』、フランス・オペラです。
脇園 私はこれまでロッシーニ、モーツァルト、そしてベルカントのオペラを歌ってきました。ただ自分の音楽の嗜好としては、オペラと出会った頃から後期ロマン派が好きでした。ヴェルディ、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウスなどの作品です。ただ、若いうちはテクニックもないし、まず自分の声を発見しなければなりません。その中でモーツァルトとロッシーニというのは基礎となる作曲家。それに私は、もともとアジリタやコロラトゥーラと呼ばれる、速い動きのテクニックが得意で、それが周りの人々に評価されたこともあり、ロッシーニが私に次々と新しい扉を開いてくれました。私にとってロッシーニは大切な存在ですし、これからも大切であり続けると思います。でもそれだけを一生やっていくという感覚はありません。実際、大学ではドイツ歌曲、フランス歌曲を多く学びましたし、4年生の卒業演奏会は『ウェルテル』シャルロットの「手紙の場」を取り上げているんです。もともとフランス語の響き、柔らかくて陰影のある色彩が私の声には合っていると感じていました。
―先頃、2026/2027シーズンにR・シュトラウス『ばらの騎士』のオクタヴィアンで出演することが発表されました。ドイツ・オペラです。『ウェルテル』シャルロットも、オクタヴィアンも、とても情熱的な役ですね。
脇園 リヒャルト・シュトラウスは私が特に愛する作曲家の一人なので本当に嬉しいです。後期ロマン派は情熱的な感情表現が特徴だと思いますが、若い頃には我を忘れて没入しすぎて、声を制御できなくて破綻したり、大きな荒波の中で揉まれて終わる、という感覚が自分の中でありました。それがテクニックが身についた今では、ドラマティックなものを歌っても制御ができるようになりました。すると劇場からもこういう役がいただけるようになってきたのです。
―新国立劇場の『ウェルテル』は5月ですが、その直前の4月にはローマ歌劇場でグノー『ロミオとジュリエット』ステファノ役に出演されますね。
脇園 秋には別の劇場でラヴェル『子どもと魔法』子ども役も決まっています。今年は他に、2月にパレルモ・マッシモ劇場でパーセル『ディドとエネアス』に出演しますし、3月には日本でマーラー「復活」を歌うので、英語、ドイツ語、フランス語、フランス語、フランス語という感じです。いろいろな機会をいただけるのは本当にありがたいです。
台本作家と作曲家の意図を汲み 丁寧な表現を目指したい
―『ウェルテル』シャルロットはどのような役だと捉えていますか?
脇園 ゲーテの原作を読んだ時は、ウェルテルについて、情熱的だけれど周りが見えていない破滅型の若者、という印象を持っていました。でも1年ほど前に『ウェルテル』デビューが決まった時、いつもフランスものに取り組む時にお願いしている方と一緒に台本を精読したんです。その時に気がついたのは、『ウェルテル』は"若気の至りで破滅する男の話"というような単純なものではないということでした。このオペラにはキリスト教が重要な位置を占めています。キリスト教において自死は罰を受けなければいけない。最後の幕でウェルテルが、おそらく自分は教会の墓地には入れないだろう、と言うところがあります。宗教が社会の規律の中心にあることは登場人物たちの会話の端々にも現れています。シャルロットの夫アルベールは社会の規律を重んじる人物ですが、彼はウェルテルにピストルを届けるよう命じます。規律を守るという意味では完璧でも、人間としてはどうなのでしょうか?アルベールが悪い人だというよりは、社会の規律は人間の本質とかけ離れたところにあり、その枠組みにはめようとすると歪みが生じるのではないかと思うのです。
―原作とオペラのシャルロットの描かれ方はかなり違いますね。
脇園 オペラではシャルロットの人物像がより深く描かれていると思います。アルベールが秩序/社会を象徴する人物だとしたら、ウェルテルは自由/自然を象徴している。その2つのジレンマの中で揺れることこそが人間です。シャルロットはこの2つの間で揺れる人物ですが、その中で生まれる感情のグラデーションがとても繊細で、官能的な美しさを持って表現されているのは、ドイツ人であるゲーテには出せなかった、ラテン系のロマンティシズムなのではと思います。
―ウェルテルを歌うチャールズ・カストロノーヴォさんは、この役を歌える日を心待ちにしているそうです。
脇園 私も共演がとても楽しみです。声が素晴らしく、テクニックもあり、尊敬する方ですね。マスネは音楽的には音に厚みがあるところが多く、私自身もすごくドラマティックなものを想像していましたが、実際は繊細な部分もあることを感じます。台本作家と作曲家が表現したかった意図をできるだけ汲んで、丁寧な表現を目指したいと思っています。
―役柄への想いが伝わってきました。最後に、新国立劇場のお客様にもたくさんいる脇園さんファンへのメッセージをお願いします。
脇園 いつも温かく応援してくださっている方々の愛を感じています。いただいた愛を何倍、何百倍にしてお返しできるよう、音楽に日々精進してまいります。また新国立劇場でお会いできることを楽しみにしております!
脇園彩 WAKIZONO Aya
東京生まれ。東京藝術大学卒業、同大学院修了。2013年文化庁派遣芸術家在外研修員としてパルマ国立音楽院に留学。ペーザロのロッシーニ・アカデミー及びミラノ・スカラ座アカデミー修了。ミラノ・スカラ座をはじめ、パレルモ・マッシモ劇場、テアトロ・レアル、マインツ州立劇場、ベルギー王立ワロン歌劇場、ロッシーニ・オペラ・フェスティバルなどに多数出演。日本では17年藤原歌劇団『セビリアの理髪師』ロジーナでオペラデビュー。23年、ファーストアルバム「アモーレAmore」(BRAVO RECORDS)がリリース。ボローニャ歌劇場来日公演『ノルマ』アダルジーザも絶賛された。24年はジュネーヴ大劇場でドニゼッティ『ロベルト・デヴェリュー』サラ、ロッシーニ・オペラ・フェスティバルで『ビアンカとファッリエーロ』ファッリエーロ、パレルモ・マッシモ劇場で『イングランドの女王エリザベッタ』エリザベッタにそれぞれロールデビューし絶賛される。主にロッシーニ、モーツァルトおよびベルカント作品をレパートリーとしてイタリアを拠点に活動し、世界中から注目されるアーティストのひとり。第52回ENEOS音楽賞洋楽部門奨励賞受賞。新国立劇場へは19年『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・エルヴィーラでデビューし、20年、25年『セビリアの理髪師』ロジーナ、21年『フィガロの結婚』ケルビーノ、『チェネレントラ』タイトルロール、23年『ファルスタッフ』ページ夫人メグに出演し喝采を浴びた。
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