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【インタビュー】『カルメン』タイトルロール サマンサ・ハンキー

SamanthaHANKEY
サマンサ・ハンキー

自由に生き、自由に恋する"ファム・ファタール"(運命の女)、演出家アレックス・オリエのプロダクションでは現代の人気ロック・シンガーとして登場するカルメンを演じるのは、サマンサ・ハンキー。
メトロポリタン歌劇場、バイエルン州立歌劇場などで大活躍中の彼女にとって、今回の公演が初めてのカルメン役で、さらに日本でのオペラ初舞台となる。
大役カルメンのロール・デビューへの思い、そして、これまでの歩みについてうかがった。


インタビュアー◎ 後藤菜穂子(音楽ライター)

クラブ・ジ・アトレ誌1月号より


カルメンの役作りのプロセスは本当にエキサイティング


―ハンキーさんにとって、今回の新国立劇場でのカルメンはロール・デビュー、かつ日本でのオペラ・デビューだとうかがっています。


ハンキー
 はい、カルメン役ではロール・デビューになります。でも『カルメン』には、この10年間にメルセデス役で3つのプロダクション─学生のときのアスペン音楽祭、メトロポリタン歌劇場、バイエルン州立歌劇場─に出演しましたし、さらに子どものころは児童合唱でも出ていましたので、そうした経験を経て、ようやく主役として舞台に立てることを心から楽しみにしています。
 また今回、私にとってオペラ歌手としての日本デビューではありますが、日本で歌うのは初めてではありません。2005年にボストン児童合唱団の一員として日本を訪れ、愛・地球博の「こども合唱フェスティバル」に出演しました。それ以来の日本になります。そのとき、日本のご家庭にホームステイしたのもよい思い出です。


―ロール・デビューにむけて、どのように役作りされていますか?


ハンキー
 カルメンは誰もが知る役柄なので、その意味での難しさはあります。前回の映像は拝見しましたので、このカルメンがどんな女性かある程度イメージを持っていますが、そのあとは映像や録音から離れて、彼女が私のなかでどういった人物になっていくかを探り、自分が彼女にどう共感できるのか、どうすればそのキャラクターを誠実に描くことができるのかを考えます。
 私たちメゾソプラノは『カルメン』のアリアやアンサンブルの曲をかならず勉強しますし、いつかカルメン役を演じられる日を待っているわけです。実は私の場合、思い描いていたよりも早くオファーがきたのですが、でも実際に取り組んでみて、本当にエキサイティングなプロセスですし、とても自然に感じられます。


―カルメンのどんな面に共感しますか?


ハンキー
 カルメンの強さは、主として彼女の自信から生まれていると思います。私は日頃ズボン役(男性役)を多く演じますが、それはとても力を与えてくれるんですね。そしてカルメンに同じことを感じます。強い自信をもっている女性はそれだけでとてもセクシーであり、本人もそれをわかっているのでことさら前面に出す必要はないと思っています。カルメンは、女性的であろうとか、社会の規範に適合しようとか考えずに、ただありのままでいるのです。それが彼女の危うさであり、魅惑なのです。


―技術的な面での難しさはありますか?


ハンキー
 たしかにふだん私が歌う役よりも胸声寄りの音域が多いですが、昨年秋に歌った『カヴァレリア・ルスティカーナ』のサントゥッツァ役とさほど違いはないと思います。サントゥッツァは、私がカルメンで使っているテクニック─共鳴の豊かな胸声を取り入れて、感情の伝わるよく通る声をつくること─の扉を開いてくれたといえます。さまざまな音色や新しい技巧を試しながら、カルメンのキャラクターをどう描くか追求しています。


―ハンキーさんは、役に初めて取り組むとき、歌詞を全部訳してからしか歌い始めないそうですね。


ハンキー
 今回、タイトルロールを歌うにあたって新しくアルコア版のスコアを購入して訳を書き入れようとしたんですが、前に使っていたシャーマー版を開いたら、10年前の私がオペラ全部の訳を準備していました。しかもメルセデスとカルメンが歌うページに、別々の色のタブまで貼っていたので、いずれカルメンも歌うことをその時点で考えていたんですね。


―アレックス・オリエのプロダクションの印象は?


ハンキー
 新型コロナの制約にもかかわらず、緊張感を巧みに操っていたと思いました。今回、パンデミックを経て、オリエさんが改めて演出を付けてくださるということですので、とても楽しみにしています。伝統的な舞台であれモダンな舞台であれ、演出家がしっかりとしたコンセプトを持っている限り、彼らのヴィジョンを実現させるべく努力するのが私の役目だと考えています。


SamanthaHANKEY
2021年公演より カルメン:S.ドゥストラック、ドン・ホセ:村上敏明©堀田力丸

―今回のキャストで過去に共演したことのある人はいますか?


ハンキー
 歌手のみなさんとは初めての共演になりますが、指揮者のガエタノ・デスピノーサさんには夏にドレスデンでお会いして、台詞の部分などについて話し合うことができました。新国立劇場がいかにすばらしい劇場かについても語ってくれました。


劇場デビューとロール・デビュー この経験を分かち合えたら


―ハンキーさんは、どういった経緯でオペラ歌手を目指されたのでしょうか。


ハンキー
 子どもの頃に、地元ボストンでミュージカル『アニー』に児童合唱の一員として参加したのが、歌との出会いでした。舞台に立つことも、歌うことも、地域とのかかわりもすべて楽しくて、それをきっかけに歌のレッスンに通い始めました。レッスンはその後も続け、高校はオペラに力を入れている舞台芸術高校に進み、そこでオペラの世界に目覚め、オペラ歌手を目指すようになりました。大学・大学院はジュリアード音楽院に行き、その後、バイエルン州立歌劇場の専属歌手を2年間務めました。
 初めてオペラを観たのは高校生のとき、2007年にボストンでピーター・セラーズが演出したゴリホフの『アイナダマール』でした。のちに同作品のスコットランド初演を歌う機会があったときは不思議な縁を感じました。しかも、フラメンコの要素もあって、今回の『カルメン』ともつながりを感じます。


―ハンキーさんといえば、コロナ禍に配信されたバイエルン州立歌劇場の『ばらの騎士』のオクタヴィアンが強く印象に残っています。そのほか、現在のレパートリーについて教えてください。


ハンキー
 モーツァルトのオペラでは『コジ・ファン・トゥッテ』のドラベッラ、『フィガロの結婚』のケルビーノ、そして最近では『ドン・ジョヴァンニ』のドンナ・エルヴィーラと『イドメネオ』のイダマンテを新たにレパートリーに加えました。あとはいずれ『皇帝ティトの慈悲』のセストを歌いたいですね。R・シュトラウスでは、オクタヴィアンと『ナクソス島のアリアドネ』の作曲家は大好きな役です。そのほか、先ほどもお話ししたサントゥッツァ、『ペレアスとメリザンド』のメリザンド、『ロメオとジュリエット』のステファノなども歌っています。
 ミュンヘンの『ばらの騎士』はコロナ禍で無観客配信だったのですが、でもみなさんが観てくれているという感覚を全員が共有していました。この配信のおかげで、オクタヴィアンとしての私を広く世界に知っていただくことができ、私がどんなアーティストであり、どんな役が得意かを見ていただける機会になり、とてもありがたく思っています。


―尊敬する歌手は?


ハンキー
 昔からジェシー・ノーマンに憧れてきました。彼女は決められたファッハ(Fach、声楽上の区分)にとらわれることなく、つねに自分の心に響くレパートリーを歌っていました。そのことをとても尊敬しています。ほかには、アメリカの名メゾソプラノ、タチアーナ・トロヤノス、現代の歌手ではエリナ・ガランチャ、偉大なソプラノ、マリア・イエリッツァなどが尊敬する女性歌手です。


―最後に日本の観客へのメッセージをお願いいたします。


ハンキー
 このたび新国立劇場でのデビュー、そしてカルメンとしてロール・デビューできることにとてもワクワクしています。この経験をみなさんと分かち合えたら嬉しいです。今からとても待ち遠しく思っています。


サマンサ・ハンキー Samantha HANKEY
ジュリアード音楽院で学士号と修士号を取得した後、グラインドボーン・カップやオペラリア・コンクール、メトロポリタン歌劇場ナショナル・カウンシル・オーディションなどに入賞。2019年~21年にはバイエルン州立歌劇場と契約し、数多くの役に出演するとともに、チューリヒ歌劇場、ノルウェー国立オペラ、ジュネーヴ大劇場、ダラス・オペラなどにデビュー。その後、スコティッシュ・オペラ『アイナダマール』フェデリコ・ガルシア・ロルカ、シカゴ・リリック・オペラ『ヘンゼルとグレーテル』ヘンゼル、サンタフェ・オペラ『ペレアスとメリザンド』メリザンド、メトロポリタン歌劇場『ばらの騎士』オクタヴィアンに出演。23/24シーズンは、英国ロイヤルオペラ、チューリヒ歌劇場『コジ・ファン・トゥッテ』ドラベッラ、ザクセン州立歌劇場『フィガロの結婚』ケルビーノ、デトロイト・オペラ『利口な女狐の物語』男狐、カンザスシティ・リリック・オペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』サントゥッツァ、メトロポリタン歌劇場『ロメオとジュリエット』ステファノに出演。新国立劇場初登場。

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