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【インタビュー】『さまよえるオランダ人』指揮 マルク・アルブレヒト
クラブ・ジ・アトレ誌12月号より
『オランダ人』を指揮するたび緊張感と発見がある
―著名な指揮者ゲオルゲ・アレクサンダー・アルブレヒトを父に持つアルブレヒトさんですが、指揮者を目指すことになったのはやはりお父様の影響でしょうか?
アルブレヒト まさに『さまよえるオランダ人』と結びつく思い出になります。私はハノーファーで生まれ、父はハノーファー州立歌劇場で首席指揮者を35年間務めていました。私は子どもの頃からオペラが大好きで、子どもたちと遊ぶよりも、歌劇場の指揮者だった父を見て育ちました。そして12歳の時だったと思いますが、父の指揮するオペラを初めて見たのです。それが『さまよえるオランダ人』でした。序曲の最初の嵐のシーンから、とても興奮したのをありありと覚えています。「オランダ人 、ハノーファー、父、ワーグナー」は、私の子どもの頃の最高の思い出で、私の原点だと思っています。
―アルブレヒトさんは、30歳の若さでダルムシュタット歌劇場の音楽総監督に就任されました。
アルブレヒト そこでの最初の仕事が『さまよえるオランダ人』でした! 1995年でした。
―その後ベルリン・ドイツ・オペラの客演指揮者を経て、2011年から約10年にわたってオランダ国立オペラの首席指揮者を務められました。オペラハウスの要職を長年務めるなかで「オペラ観」に変化はありましたか?
アルブレヒト 根本は変わっていません。もちろん年を重ねて、より繊細により深くオペラとかかわってきたと思いますが。
『オランダ人』を最初に指揮したのはドレスデンで、28か29歳の時だったと思います。それから何度も『オランダ人』に"帰ってきて"振っています。アムステルダム、ロンドン、バイロイトなどいろいろなところで振りましたが、指揮するたびに緊張し、新しい出会いがあります。今回の公演では『オランダ人』を久しぶりに指揮することになりますが、とても嬉しい緊張を感じています。『オランダ人』は全部暗譜していますが、それでも指揮するたびに新しい発見があり、人生の経験を経てスコアの今までと違うところが見えてきたりします。『オランダ人』との再会がとても楽しみです。
―アルブレヒトさんは、ウィーン国立歌劇場音楽監督時代のクラウディオ・アバドと出会い、彼のアシスタントとしてマーラー・ユーゲント管弦楽団の創設にも尽力されました。
アルブレヒト 私はハノーファーで父から最も強い影響を受けて育ちましたので、その後ウィーンで音楽を学び始めました。そしてマエストロ・アバドから多くを学ぶことが出来ました。マーラー・ユーゲント管弦楽団が設立した頃、私はまだ指揮科の学生で、マエストロとは顔見知り程度でした。最初のコンサートで私はバルトークの「中国の不思議な役人」のオケ中のピアノ・パートを担当していましたが、その後マエストロに何か問題があり、リハーサルを代わりに指揮する人が必要になったのです。そしてマエストロは私のことを思い出してくださり、私にとって大きなチャンスとなりました。マエストロのスコアを借りて、マーラーやブルックナーの大交響曲の事前リハーサルを指揮させてもらったのです。そして約2週間後のマエストロ自身によるリハーサルから本当に多くを学びました。このようにして私はマエストロの指揮のアシスタントを務め、さらにはオーケストラの新メンバーのオーディションにも全て立ち会い、120名のメンバーを決めました。その間に私はウィーンでの勉学を終え、ハンブルクで指揮するようになりましたが、いつもユーゲント管弦楽団のもとへ帰っていました。私はマエストロを心から尊敬していましたし、当時のオーケストラのメンバーもマエストロ・アバドのスピリットを皆共通して持っていました。先日ローマ歌劇場で当時メンバーだったチェリストと再会しましたが、30年以上経ってもマエストロの思い出が生き生きとよみがえりました。
『オランダ人』は私の原点 東京で指揮することが楽しみ
―ワーグナーの音楽に出会ったのはいつ頃でしたか?
アルブレヒト 11歳だったと思います。指揮者のホルスト・シュタインが私の父と知り合いだったのですが、たしか1975年、シュタインがバイロイト音楽祭で「ニーベルングの指環」を指揮するとき、父と私は『神々の黄昏』を観ようとバイロイトに行ったもののチケットが入手できませんでした。そうしたらシュタインが「いいアイデアがある」といって、私をバイロイトのオーケストラピットに連れていってくれたのです。大きな手のマエストロに手を引かれて楽団員の座席の間を通り、コンサートマスターとマエストロの間に私は座ることを許されたのです。バイロイトのオーケストラピットから舞台は見えませんが、指揮者の場所からはよく見え、それはそれは衝撃的な体験でした。それが初めてのワーグナーの音楽との出会いでした。
ワーグナーは私の出発点です。父はワーグナーをよく振っていましたから、子どもの頃から大好きな作曲家でした。私はトロンボーンを12歳から始め、8年間くらい演奏していたのですが、トロンボーンを選んだ理由は、ワーグナーの作品中のトロンボーンのサウンドが大好きだったからです。
―『さまよえるオランダ人』はワーグナー楽劇の原点といわれますが、ワーグナーは長年にわたって『オランダ人』に改訂を加えました。とりわけ大きな改訂といえば、1860年に「序曲」をハープによる「救済の動機」で終結させ、併せて終幕の最後にもハープによる「救済の動機」を書き加えたことだと思います。この改訂がされたのは、1842年の作品完成から約20年後、『トリスタンとイゾルデ』を完成させた翌年のことでした。ワーグナーがこの改訂を行った意図をどう考えますか?
アルブレヒト 終幕の最後が、音楽的にあまりにも時間がなかったからです。ゼンタの自己犠牲のあとすぐにオランダ人が沈んで二人は救済されたのに、その後の音楽的時間が短すぎたからです。『トリスタンとイゾルデ』を書き上げたあとに、ワーグナーは「救済の動機」を入れることで解決できることを発見したので、終幕の最後、そして序曲の最後にも付け加えたのだと思います。
―1月の公演に出演する歌手のうち、オランダ人役のエフゲニー・ニキティンとはオランダ国立オペラでの『さまよえるオランダ人』でも共演されていますね。他の歌手との共演は?
アルブレヒト ニキティンは信頼している歌手で、人間的にも素晴らしい人です。ゼンタ役のストリッドは、つい数週間前にチューリヒの『トリスタンとイゾルデ』で共演しました。素晴らしいイゾルデでしたから、ゼンタもきっと素晴らしいと思います。ダーラント役の松位浩は、ダルムシュタット時代に一緒だった歌手です。久しぶりに仕事ができるので嬉しいです! 素晴らしいキャストで私の原点ともいえる『オランダ人』を指揮できることは、とても嬉しいです。
―最後に日本のオペラ・ファンにメッセージを。
アルブレヒト 東京で『さまよえるオランダ人』を指揮することを、今から本当に楽しみにしています。ワーグナー・ファン、オペラ・ファンの皆様、劇場でお会いしましょう!
マルク・アルブレヒト Marc ALBRECHT
ウィーンで学び、ウィーンとハンブルクでコレペテイティトゥールを務めた後、マーラー・ユーゲント管弦楽団でアバドのアシスタントを務める。ザクセン州立歌劇場カペルマイスターを経て、1995年ダルムシュタット歌劇場音楽総監督に就任。2006~11年ストラスブール・フィル芸術監督兼首席指揮者、11~20年オランダ国立オペラ及びネーデルラント・フィル首席指揮者。ベルリン・フィル、コンセルトヘボウ管、ミュンヘン・フィル、サンタ・チェチーリア管、フランス国立管、クリーヴランド管、またベルリン・ドイツ・オペラ、英国ロイヤルオペラ、モネ劇場、パリ・オペラ座、バイロイト音楽祭などへ客演。オランダ国立オペラ在任中には、『魔笛』『フィデリオ』『マクベス』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』などのほか、トロヤーン『オレスト』世界初演を指揮。オーディ演出『グレの歌』の初舞台上演、オーディ演出『ワルキューレ』も国際的な評価を獲得、16年インターナショナル・オペラ・アワード最優秀オペラハウス賞、19年には同賞最優秀指揮者賞、21年OPUS KLASSIK年間指揮者賞を受賞。20年オランダ獅子勲章受章。24/25シーズンはベルリン・ドイツ・オペラ、ケルン歌劇場、オランダ国立オペラ、ジュネーヴ大劇場に登場。新国立劇場初登場。