オペラ公演関連ニュース
【インタビュー】『ジャンニ・スキッキ』タイトルロール ピエトロ・スパニョーリ
インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)
クラブ・ジ・アトレ誌12月号より
プッチーニが偉大なのは一流の劇場人であること
―スパニョーリさんは2017年の『フィガロの結婚』アルマヴィーヴァ伯爵役で新国立劇場にデビューされています。それが初来日だったそうですね?
スパニョーリ そうです。そして今回の『ジャンニ・スキッキ』が二度目の日本になります。初訪日の時は、劇場で働く人々の仕事への情熱、そして観客の皆さんの歓迎に感動したものです。仕事の合間を縫って少しだけですが日本を見ることができたのも嬉しい思い出です。京都を訪れましたが、日本文化はヨーロッパとは大きく違うので全てが驚きでした!神社仏閣、自然、そして静寂。これらの場所で日本人は独りで静寂と平和に向き合うことができるのだと思いました。それから日本料理も。私は、イタリア料理に関しては伝統を好む典型的イタリア人ですが、旅先では好奇心を発揮して現地の料理を食べます。文化は、その国の食事からも理解できると思うからです。和食は何でも好きですし、私の体にも合うんです。
―スパニョーリさんといえば『フィガロの結婚』は映像でも有名ですが、それに加えて個人的には、2018年のペーザロ、ロッシーニ・オペラ・フェスティバルで歌われた『セビリアの理髪師』ドン・バルトロの鮮やかな歌唱も忘れ難いです。
スパニョーリ ロッシーニ・オペラ・フェスティバルには1989年以来何度も出演しています。ロッシーニは私にとって長い間、重要なレパートリーだったので、ペーザロに行くと実家に帰ったような気になります。ロッシーニは私の音楽的な形成にも大きな影響を与えました。ロッシーニを歌うことは、すべてのオペラを歌う基礎になりうるのです。例えば、私は今、日本で歌う『ジャンニ・スキッキ』を勉強しています。プッチーニはロッシーニとはまったく違うスタイルの作曲家ですが、楽譜に向かう姿勢、テキストや作曲家の書法を勉強するためのアプローチにロッシーニが役に立つのです。なぜなら、ロッシーニを歌うには音楽の韻律に非常に注意深く、忠実である必要があります。ベッリーニのベルカント歌唱には旋律の広がりがありますが、ロッシーニの音楽には(リズムの)縦割りの正確さが必要です。この縦割りの正確さは、実際に演奏する時には忘れる必要があるのですが、役を習得する段階で必要なものなのです。プッチーニが自身の音楽に求める自由な演奏をするためにも、やはり有用なのです。
―最近はベルギーのワロン歌劇場でヴェルディ『ファルスタッフ』題名役、続いてミラノ・スカラ座のプッチーニ『つばめ』ランバルドに出演されるなど、より大人で演技派の役柄を多く歌われているスパニョーリさんが思う『ジャンニ・スキッキ』の一番の魅力は何でしょう?
スパニョーリ 『ジャンニ・スキッキ』が驚異的なのは台本です。このオペラの原作はダンテの「神曲」地獄篇なのですが、その記述は極端に短いものです。ダンテはジャンニ・スキッキを、詐欺を働いた咎で地獄に落とされた男として描写しただけであり、実際は台本作家のジョヴァッキーノ・フォルツァーノがこの物語を作り上げました。フィガロのように知恵の働く男としてこの役を創造したのです。ジャンニは庶民の出ですがとても頭が良く、ずる賢く、遺産を狙って嘘泣きをしている親族たちをうまく騙します。ジャンニ・スキッキが新興の庶民であり、富と地位がある人しか勉強するということさえ不可能だった中世という時代に、ずる賢さで勝ったところがユニークなのです。
―プッチーニの音楽がまた、この物語を余すところなく描いています
スパニョーリ プッチーニのスタイルはこのオペラにもはっきり現れていると思います。彼は音楽用語ではライトモチーフと呼ばれる、様々な意味を持つ音楽モチーフを使っています。『ジャンニ・スキッキ』は登場人物が多く、彼らが一緒に歌うコンチェルタートと呼ばれる部分は、伝統的な作曲技法である対位法を巧みに使って作曲されています。そしてプッチーニが偉大なのは、作曲家として一流であること以上に、一流の劇場人であることです。プッチーニは劇中の時間の感覚に鋭敏でした。どのタイミングで何を言えば観客が泣くかを良く理解していたのです。このオペラは喜劇ですから、笑うタイミングということですが。日本のお客様も字幕があれば、この劇の素晴らしさを理解して笑ってくださると思います。
言葉にこそ歌が宿っている
―『ジャンニ・スキッキ』は日本でもとても人気のある作品です。演じる上で特に好きな場面はありますか?
スパニョーリ 劇の中でジャンニが他人を演じなければならない場面ですね。劇中劇というか、演技をする演技は楽しいです。
―スパニョーリさんは悪役の魅力も演じられる方ではないかと思います。ジャンニは確かに悪いことをしていますが、憎めないキャラクターではないでしょうか?
スパニョーリ 典型的な悪役はあまり演じたことがないんですよ。もしスカルピアを歌うようになれば真の悪役を演じたと言えるでしょうが。でも、一般的にネガティブに見える人物の新しい面を見つけて、それを表現することはあります。そういう時には演出家と話し合って演技の方向を決めるのです。ジャンニの唯一の言い訳は、騙した相手が悪人ばかりだったということではないでしょうか。でも、ダンテが地獄に落としているように、彼のやったことが犯罪であることは変わらないですが。魅力的なところがあるとすれば、先ほど言ったように、既得権を持っている人々を庶民が自分の知恵で騙すところです。ジャンニの性格を表現するためにどのフレーズを強調するべきか、どのようなニュアンスを付け加えたら面白いのかを 研究しています。
―それを舞台で表現するには、言葉と音楽の関係が重要になってきますね? 言葉と音楽はどちらがより重要だとお考えですか?
スパニョーリ それは両方ですね。私たちイタリア人が言葉を話す時、それはもう歌と同義なんです。歌と楽器の演奏、ピアノやヴァイオリンの演奏と違うところは、楽器の美しい音に加えて、歌は言葉を発することができるという点です。「お前が憎い」という言葉には意味があり、「君を愛している」という言葉にはその反対の意味がある。美しい音はそれだけで感動的ですが、歌はそれに加えて、言葉の意味が新たなる感動を付け加えるのです。
―スパニョーリさんのように歌の言葉を扱える人は、イタリア人のオペラ歌手でも少ないように思います。
スパニョーリ 多くのオペラ歌手は、言葉をはっきり歌うことで発声のポジションに問題が起こるのではないかと恐れているのです。私は言葉にこそ歌が宿っていると思っていて、つねに言葉の明瞭な発音を大事にしています。今までそれが発声に問題を引き起こしたことは一度もありません。オペラでは、登場人物の言葉を通してこそ人物を表現することができると思うのです。
―言葉を明瞭に歌うのは、より大変ではありませんか?
スパニョーリ 舞台で歌う時により大変だということはありません。ただし勉強の段階では確かにより多くの努力が必要です。言葉の扱いを学ぶ必要がありますし。私自身は長年それをやっているので、もう慣れてしまいましたが。
―最後に、ジャンニ・スキッキ役を日本で歌われるにあたっての抱負を教えてください。
スパニョーリ 皆さんに『ジャンニ・スキッキ』というイタリアの喜劇を披露いたします。今回は日本人キャストの皆さんとの共演も楽しみです。そして、公演後すぐにまた日本へうかがいたいので、ぜひ高評価をお願いいたします(笑)。公演でお会いしましょう!
ピエトロ・スパニョーリ Pietro SPAGNOLI
モーツァルト、ロッシーニなどの主要な役でウィーン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場、英国ロイヤルオペラなどの著名劇場で活躍するバリトン。主な出演に、メトロポリタン歌劇場『チェネレントラ』ドン・マニフィコ、『愛の妙薬』ドゥルカマーラ、バイエルン州立歌劇場『コジ・ファン・トゥッテ』ドン・アルフォンソ、ウィーン国立歌劇場『チェネレントラ』ドン・マニフィコ、『ドン・パスクワーレ』マラテスタ、モネ劇場『ドン・パスクワーレ』タイトルロールなど。ザクセン州立歌劇場『運命の力』フラ・メリトーネ、バーリ・ペトルッツェッリ劇場『蝶々夫人』シャープレス、ハンブルク州立歌劇場『ファルスタッフ』タイトルロールでも成功を収める。2022/23シーズンはスカラ座『秘密の結婚』、チューリヒ歌劇場『劇場の都合、不都合』、ウィーン国立歌劇場、ザクセン州立歌劇場『チェネレントラ』、ビルバオ・オペラ『コジ・ファン・トゥッテ』、ハンブルク州立歌劇場、テアトロ・レアル『イタリアのトルコ人』などに出演。さらにサンティアゴ市立劇場『ランスへの旅』、ワロン歌劇場『ファルスタッフ』、スカラ座『つばめ』に出演している。新国立劇場では17年『フィガロの結婚』アルマヴィーヴァ伯爵に出演した。