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【インタビュー】『フィレンツェの悲劇』シモーネ役 トーマス・ヨハネス・マイヤー

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トーマス・ヨハネス・マイヤー

"フィレンツェ・ダブルビル〞の前半は、オスカー・ワイルドの戯曲を原作に、世紀転換期のウィーンで活躍した作曲家ツェムリンスキーが作曲した『フィレンツェの悲劇』。
織物商人シモーネを演じるのは、世界的なバリトン、トーマス・ヨハネス・マイヤー。新国立劇場には2009年『ヴォツェック』で初登場し、最近では2021年『ニュルンベルクのマイスタージンガー』ハンス・ザックスを演じた彼が、4年ぶりに帰ってくる。
シモーネ役を演じるのは今回が初めてというマイヤーに、『フィレンツェの悲劇』について話をうかがった。




クラブ・ジ・アトレ誌12月号より

非凡で圧巻の音楽 そしてシモーネはとても魅力的な役


―2009年『ヴォツェック』のタイトルロールで初出演以来、新国立劇場にたびたび出演されて、毎回素晴らしい歌唱と演技で私たちを魅了してくださるマイヤーさん。来年2月には、ツェムリンスキーの『フィレンツェの悲劇』のシモーネ役でご出演されます。これまでこの役を演じたことはありますか。


マイヤー
 いえ。とても素晴らしい役で、勉強していましたが、舞台で歌うのは今回が初めてです。



―シモーネ役に対してどのような印象をもっていますか。

マイヤー
 音楽がまず極めて非凡です。『フィレンツェの悲劇』は上演されることが稀な作品ですが、その音楽は、リヒャルト・シュトラウスの『サロメ』などと同じレベルの圧巻の内容なのです。しかも『サロメ』と音楽的にまさに関連しているところもあり、私のようなドラマチックなヘルデンバリトンにとってシモーネは非常に魅力的な役です。



―『フィレンツェの悲劇』は、今おっしゃったシュトラウスの『サロメ』と同じオスカー・ワイルドが原作で、ワイルドの倒錯した愛の物語、あるいは権力や暴力、殺人といった倫理よりも美が上位に立つという耽美主義的な世界ですが、このストーリーは、ツェムリンスキー自身の身に起こったこととの関連が指摘されます。すなわち、ツェムリンスキーの弟子で最愛の女性であったアルマ・シントラーを、敬愛するマーラーに奪われたという事実は『フィレンツェの悲劇』の物語の構図と似ています。マイヤーさんはどのようにお考えでしょうか。

マイヤー
 おっしゃるとおり、ツェムリンスキー自身のドラマチックな体験も関係していると思います。しかしアルマは、シモーネの妻とは違い、マーラーと結婚してしまいました。ツェムリンスキーはシェーンベルクと知り合い、彼の妹はシェーンベルクと結婚するのですが、二人はマーラーがアルマと結婚した後も、マーラー邸を訪れて交友関係を続けています。1906年のシュトラウスの『サロメ』オーストリア初演をツェムリンスキーはシェーンベルクと一緒に体験しています。『サロメ』は当時の世紀末芸術の退廃的なオペラで、原作者オスカー・ワイルドの思考は当時の社会では不道徳的とされ、また彼の気質は難しく、理解されていなかったようです。しかし『サロメ』の音楽は、後期ロマン派の究極かつ過激ともいえる"音楽言語"を持ち、二人はその影響を受けています。ツェムリンスキーの『フィレンツェの悲劇』では、特にシモーネの音楽は、ワイルドの原作の持つ華やかでありながら棘のあるテキストの表現力とそのニュアンスが、まさに同次元の"音楽言語"で表現されていると思います。残念ながらオスカー・ワイルドの『フィレンツェの悲劇』の台本は断片的にしか残っておらず、それをツェムリンスキーはかなり自由に翻案して台本を作りました。断片的原作から一幕オペラに仕立て上げ、フィレンツェの貴族と商人シモーネの関係、そして彼の妻ビアンカの関係と、とても緊張感のある良い作品になっていると思います。



―ツェムリンスキーは才能豊かな作曲家ですが、音楽史においてはマーラーとシェーンベルクをつなぐ作曲家としばしば位置づけられます。マイヤーさんは、ベルクの『ヴォツェック』や、同じ時代のリヒャルト・シュトラウスのオペラなど数多く歌われていますが、そのなかでツェムリンスキーという作曲家をどのように捉えていますか。

マイヤー
 ツェムリンスキーは時代に翻弄された作曲家です。ユダヤ人ゆえにナチから退廃芸術と烙印を押され、1930年代には作品を演奏されることが全くなくなってしまいました。そしてオーストリアからアメリカに亡命したわけですが、第二次世界大戦後もしばらくはドイツやオーストリアで彼の作品は演奏されませんでした。ようやく取り上げられるようになったのは、1980年代後半、たぶん1989年頃から。ですので今も注目度はまだまだだと思います。



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アレクサンダー・ツェムリンスキー(1871~1942)

二作には共通しているところがある


―今回の『フィレンツェの悲劇』は、同じフィレンツェを舞台とするプッチーニの『ジャンニ・スキッキ』とのダブルビルになります。

マイヤー
 『フィレンツェの悲劇』は、ツェムリンスキーのもうひとつのオペラとダブルビルで上演されることが多いと思いますが、『ジャンニ・スキッキ』との組み合わせは観客にとってより楽しめるでしょう。この二つのオペラは、だいたい時代的にも同じ頃の作品ですね。ただ『フィレンツェの悲劇』は、イタリア・オペラとはまた違う耽美的スタイルですが。


 プッチーニもワーグナーの影響を受けていて、『ジャンニ・スキッキ』にもそれが聞こえます、ツェムリンスキーもしかり、ワーグナーの影響がみられますから、そんな点で二作は共通しているところがあるので、同時に上演するのは興味深いと思います。



―演出の粟國淳さんは、フィレンツェを「人間の輝かしい部分とダークな部分が同居している街」と語っています。マイヤーさんご自身にとってフィレンツェという街は?

マイヤー
 フィレンツェは歴史的にメディチ家に支配された街で、その時代は貴族の力が強く、一般市民の生活は大変だったかと。当時の建物は今見ても素晴らしいですが、『フィレンツェの悲劇』のシモーネの生活も、たぶんそれほど良いものではなかったと想像されます。ダークな面としては、メディチ家によってスキャンダラスな不正が行われ、とてもマフィア的な構造の街であったことでしょう。



―新国立劇場へは定期的にご出演されていますが、劇場の印象はいかがでしょうか。

マイヤー
 最初に2009年『ヴォツェック』に出演してから、『アラベッラ』『さまよえるオランダ人』、そして大野マエストロの指揮で2021年に『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を歌いました。日本の観客はオペラに造詣が深く、世界に類を見ない素晴らしい観客です。新国立劇場は音響的にもとても良く、歌いやすいですから、2月にまた舞台に立てることを今から楽しみにしています。



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2021年『ニュルンベルクのマイスタージンガー』より ハンス・ザックス©堀田力丸

―日本滞在中に楽しみにされていることなどありますか。

マイヤー
 日本に行くのはいつも楽しみで、以前は時間があるときに京都に2週間行ったこともあり、大阪も行きました。今回はあまり時間がないので旅行はできないと思いますが、またの機会に旅してみたいです。日本食も大好きですから、今回はそれを特に楽しみにしています。そしてなにより、日本のオペラ・ファンの皆様との再会を楽しみにしています。



トーマス・ヨハネス・マイヤー Thomas Johannes MAYER

ドイツのバリトン。ケルン音楽大学でクルト・モルに学ぶ。リヒャルト・シュトラウスとワーグナーを中心に、オランダ国立オペラ、モネ劇場、英国ロイヤルオペラ、ベルリン・ドイツ・オペラ、ベルリン州立歌劇場、ミラノ・スカラ座、バイエルン州立歌劇場、パリ・オペラ座、ウィーン国立歌劇場、バイロイト音楽祭、ザルツブルク音楽祭などの主要劇場に出演を重ねる。最近の出演に、新国立劇場『ニュルンベルクのマイスタージンガー』ハンス・ザックス(ロールデビュー)、オランダ国立オペラ『マハゴニー市の興亡』モーゼス、『ローエングリン』テルラムント、テアトロ・レアル『トリスタンとイゾルデ』クルヴェナール、ベルリン・ドイツ・オペラ『宝を探す人』廷吏、ライプツィヒ歌劇場『ワルキューレ』ヴォータン、シュトゥットガルト州立劇場『ワルキューレ』『ジークフリート』ヴォータン/さすらい人、バイロイト音楽祭、ハンブルク州立歌劇場『さまよえるオランダ人』タイトルロールなどがある。新国立劇場では『ヴォツェック』タイトルロール、『アラベッラ』マンドリカ、『さまよえるオランダ人』タイトルロール、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』ハンス・ザックスに出演している。

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