オペラ公演関連ニュース
【インタビュー】『ウィリアム・テル』演出 ヤニス・コッコス
クラブ・ジ・アトレ誌8月号より
『ウィリアム・テル』は未来のオペラへ扉を開く作品
―コッコスさんが新国立劇場のオペラパレスで最初に演出されたのは2021年4月の『夜鳴きうぐいす/イオランタ』でした。コロナ禍のためパリからリモートで演出していただきました。
コッコス 本当に特別な経験でした。東京に行けず残念でしたが、当時フランスでは何度めかのロックダウン中で、結果、1ヶ月以上の間とても集中して活動することになりました。この非常に困難な挑戦に応じることができたのは、ひとえに新国立劇場の皆さんの熱意があってこそでした。私は、事前に全編の演出絵コンテを描き出し、皆さんと文字情報の交換や打ち合わせを重ね、稽古の準備をしました。そして、皆さんが詳細に段取りをして行った稽古の様子を画面で確認して、スタッフと打ち合わせたり、出演者へのダメ出しを演出補の三浦安浩さんに伝えてもらったり、時には歌手の皆さんとも画面越しに直接話したりして、私たちはまるで新国立劇場にいるかのようでした。
とにかく特別ずくめで、特に照明、振付はリモートでは大変でしたが、意図した通りの舞台が実現できました。初日のカーテンコールでは、舞台上のモニターからお客様にご挨拶をさせていただけて、私たち皆、大変心を動かされました。この作品に尽力してくださった皆様への思いと共に、本当に大切な思い出です。
―今秋は、実際に日本にいらして『ウィリアム・テル』を演出していただきます。この公演は、原語舞台上演の日本初演となります。
コッコス 日本の皆様に『ウィリアム・テル』をご理解いただき、作品を好きになっていただけるよう、日本初演という大切な機会にいかに取り組むべきか......そう考えると大きな責任を感じます。
『ウィリアム・テル』はロッシーニの最後のオペラで、着想や作曲の上で彼の大きな変化が反映されている、とても独特な作品です。ロッシーニは時代の空気に非常に敏感でしたので、喜劇オペラなどに対する観客の好みの変化を感じ取っていました。それは主に、ロマン主義が芸術の各分野に入り込み始めているのが理由でした。そして、ロッシーニは自分が音楽的にもっと先へ進まねばならないと決意し、時代の精神といえるロマン主義を取り入れる必要性を感じたのです。そこで作曲したのが『ウィリアム・テル』です。ロマン主義、革命にインスピレーションを得た作品で、以前のロッシーニにはなかったことです。原作にシラーを選択したことも、ロッシーニが新たな世界へ足を踏み入れた証しです。
『ウィリアム・テル』は音楽面でも大変重要な作品で、ヴェルディなどその後のオペラへつなぐ、まさに未来のオペラへ扉を開く作品となっています。なかでも興味深いのが、ロッシーニがよりモダンな音楽を試み、自身を超越する表現をしようとしていることです。同時に、当時の時代精神も取り入れており、実にロッシーニらしいと思います。
―『ウィリアム・テル』の舞台はスイスで、オーストリアによる支配への抵抗を描く物語ですね?
コッコス 物語の舞台は中世のスイスですが、これは"想像上のスイス"といいますか、約束ごと的なものです。自然が作品の中で重要な位置を占めますが、今回は抽象的な場所でよいと考え、幻想をまじえた屋外空間にします。題材は、抑圧、そして抑圧に対する抵抗。暴力的な占領者と、自由を求める民衆との対立が描かれます。ロッシーニは政治にあまり関心のない人間でしたが、抵抗勢力が抑圧者を倒すという物語に、フランス革命を念頭においただろうことは読み取れます。
興味深いのは、作品冒頭からいきなり革命が登場するのではなく、登場人物たちが少しずつ革命を具体化していくという物語展開です。シラーの原作ではそうではなく、民衆全員がこの抵抗運動に参加しています。このようにオペラの物語にはロッシーニの精神が反映されているのです。
過去と現代をつなぐ 橋となるような演出に
―『ウィリアム・テル』は演出家にとってどのような作品でしょうか?
コッコス とても演出しづらい作品です。私が取り組んだオペラの中で最も難しい作品ともいえます。
作品を眺めますと、力のあるストーリーで、キャラクターもとても強力です。信条において純粋なウィリアム・テル、絶対的な抑圧者を体現しているジェスレルがいて、彼らを取り巻く人物たちは大変よく考えられて描かれています。例えばマティルドは、裏切りか忠誠か、愛国心か、それに反する愛か、など複雑な状況に置かれています。
このような物語に加わるのがバレエで、このバレエの位置づけが、悩みの種でした。ロッシーニが観客の求めに応じて組み込んだバレエですが、私は、当時の決まりごとだという図式で収めたくはありません。今回も『夜鳴きうぐいす/イオランタ』と同じチームで取り組むので振付はナタリー・ヴァン・パリスですが、彼女と考えているのは、バレエが幕間劇のように登場するのではなく、物語の延長線上にあるようにしたいということです。作品の良さを削ぐ"約束ごと"をなくしたい。なので、バレエの場面を作品全体に統合させます。踊りは、必ず根拠があって登場します。
―コッコスさんが演出なさるときに大切にしている視点はありますか?
コッコス どのような作品も、必ず現代のものと見做すようにしています。だからといって、表面的に現代の装いを施してはいけません。作品には、初演当時の哲学や社会構造に沿った考え方が含まれていますから、それを大事にしつつ、時代を横断して現代にもってこないといけない。目の前で展開する舞台がストーリーそのものであり、今日の私たちに当たり前に分かるものであるべきと思うのです。
『ウィリアム・テル』の題材である抑圧と抵抗は、残念ながらどの時代にも存在する問題です。しかし、私たちが今日経験している戦争や占領などに直結するような形にすべきとは思いません。時代を超えて繰り返す、抑圧者と抑圧される者の歴史として扱いたいと考えています。過去と現代をつなぐ橋となるような演出を目指したいです。
―『ウィリアム・テル』を指揮するのは大野和士オペラ芸術監督です。
コッコス 大野さんとご一緒するのは、私にとって本当に大切な機会です。これまでヨーロッパでご一緒していますが、中でも、ブリュッセルのモネ劇場での『トリスタンとイゾルデ』や、ヘンツェの『バッサリーズ(バッカスの巫女)』など、非常に学びの多い、素晴らしいコラボレーションでした。大野さんがラインアップに『ウィリアム・テル』を選んだことは、ある意味、勇気のある決断だと思います。比類ない美しい音楽でありながら、音楽史のまさにひとつの過渡期をお見せすることになるわけですから。
―『ウィリアム・テル』を楽しみにしている日本のお客様にメッセージをお願いします。
ヤニス・コッコス Yannis KOKKOS
アテネ生まれ。ストラスブールの演劇高等学院で舞台美術を学ぶ。舞台美術家としてコメディ・フランセーズ、アヴィニヨン演劇祭、ミラノ・ピッコロ座などでアントワーヌ・ヴィテーズ演出の多くの作品を手掛けた。主なオペラの美術に、パリ・オペラ座『マクベス』、ミラノ・スカラ座『ペレアスとメリザンド』、ウィーン国立歌劇場『魔笛』、ボローニャ歌劇場『ドン・カルロ』、ジュネーヴ大劇場『エレクトラ』などがある。87年から演出家としてボローニャ歌劇場、シャトレ座、オランジュ音楽祭、英国ロイヤルオペラ、パリ・オペラ座、ウィーン国立歌劇場、マリインスキー劇場などで『ボリス・ゴドゥノフ』『ファウストの劫罰』『ヴェニスに死す』『ジュリオ・チェーザレ』『カルメン』『ドン・ジョヴァンニ』『トリスタンとイゾルデ』『ペレアスとメリザンド』などを演出。スカラ座98/99シーズン開幕公演『神々の黄昏』、02/03シーズン開幕公演『オーリードのイフィジェニー』も手がける。最近ではギリシャ国立歌劇場『エレクトラ』、パルマ王立歌劇場(22年)、ボローニャ歌劇場(23年)『運命の力』、ミラノ・スカラ座『ルチア』(23年)を演出。批評家協会賞、二度のモリエール賞、プラハ・カドリエンナーレ金賞、フランス芸術文化勲章など受賞多数。98年、ウェルシュ・ナショナル・オペラ『皇帝ティートの慈悲』がオリヴィエ賞最優秀オペラ作品賞を、シャトレ座の『トロイ人』の演出で04年批評家賞を受賞。新国立劇場では19年オペラ研修所試演会『イオランタ』、21年『夜鳴きうぐいす/イオランタ』を演出した。
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