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【インタビュー】『夢遊病の女』アミーナ役 クラウディア・ムスキオ

クラウディア・ムスキオ

2024/2025シーズンの開幕を飾る10月オペラ『夢遊病の女』でアミーナ役に抜擢されたのはシュトゥットガルト歌劇場専属歌手で、日本初登場となるクラウディア・ムスキオ。大躍進中のスターの原石に話を伺った。若くして活躍の場を広げる彼女の生い立ち、その先に見つめるオペラの未来とは。

インタビュアー◎ 井内美香(音楽ライター)





―この度はベッリーニ『夢遊病の女』にご出演いただきとても嬉しいです。今回、新国立劇場でベッリーニ作品を上演するのは初めてとなります。



ムスキオ そうなんですね!新国立劇場における初めてのベッリーニ・オペラという貴重な機会に出演できるのはとても名誉なことです。私は今回が初来日となりますので、日本を知ることもとても楽しみです。



―あなたの音楽との出会いはどのようなものでしたか?



ムスキオ 私と音楽の出会いは12歳まで習っていたクラシック・バレエを通してでした。ですからまずチャイコフスキーのバレエ音楽が大好きだったのです。そして中学生の頃に入った学校の合唱団の先生が「あなたは歌の才能があるみたい。歌を本格的に勉強してみたら?」と言ってくれて。偶然家のすぐ近くに住んでいたソプラノ歌手の方に歌のレッスンを受けに通い始めました。そこでは呼吸や、歌の基礎的なことを勉強しました。この先生が私に、絶対に音楽院の試験を受けてもっと本格的に声楽を勉強した方がいい、とおっしゃるのです。そこで15歳の時に故郷ブレーシャの音楽院の試験を受け、そこからオペラと音楽の勉強を続けて今に至る、ということになります。



―近所にソプラノ歌手が住んでいたというのはラッキーでしたね。



ムスキオ そうですね。また、私の家族は音楽家一家ではありませんが、父方の叔父にピアニストが一人いるんです。親族の集まりの時など私の家でよくピアノを弾いてくれました。クラシック音楽の一般的な知識を得ることができたのは、叔父のおかげです。オペラ・アリアを勉強し始めた頃、ピアノで伴奏しながら譜読みを手伝い、音楽院の入学試験を一緒に準備してくれたのも叔父でした。この二人が私の最初の数年の勉強を支えてくれたのです。



―いつから自分の将来はオペラ歌手だと決めていたのでしょう?



ムスキオ 音楽院で勉強し始めた頃にはもうオペラが大好きになっていましたが、それを職業にするかどうか決心していたわけではありません。でも、歌を勉強し始めた頃から、他の職業に就く自分を想像できなかったんです。何らかの形で音楽に関わっていきたいとはずっと思っていました。高校を卒業し、音楽だけを学び始めた頃にはかなり気持ちは決まっていました。舞台にデビューしたのが早かったことも関係しています。ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)のアルベルト・ゼッダ・アカデミーに合格し、22歳でROF《ランスへの旅》のフォルヴィル伯爵夫人でオペラ・デビューを飾りました。音楽院でディプロマを取得したばかりの時でした。



―あなたの《ランスへの旅》はYouTubeで拝見しましたが、音楽大学を卒業したばかりの初舞台とは思えない素晴らしい歌でした。



ムスキオ どうもありがとうございます。ロッシーニは最初から私のお気に入りの作曲家でした。今では『夢遊病の女』などを歌うようになり、ロッシーニだけでなく、ベッリーニ、ドニゼッティなどのベルカントの作曲家たちが私の心を占めています。



―ではコロラトゥーラやアジリタなどの装飾歌唱の技術は若い頃から身につけていたのですか?



ムスキオ そうですね、コロラトゥーラはとても若い頃から私の得意分野でした。もちろん声は何年もの勉強によって成長しますが、でもごく若い頃には、ロッシーニのコロラトゥーラは特に私の得意とするところで、とくにデビューの頃はそれが目立っていたということです。



新たな道を求めてドイツへ



―イタリアでソリストとして活動を始めて、いくつかのオペラに出演されていましたが、それからドイツに拠点を移しましたね?



ムスキオ イタリアでは2年ほどフリーランスの歌手として歌っていました。ロッシーニ・オペラ・フェスティバルには3年間連続で出演し『結婚手形』や『ひどい誤解』などを歌っています。そして2020年には再び『ランスへの旅』も。カリアリ歌劇場ではドニゼッティのオペラに出演しています。そういうわけでイタリアでも出演の機会はあったのですが、新しい経験を積みたくて、そして外国での可能性を試してみたくてドイツの歌劇場でいくつかオーディションを受けることにしたのです。シュトゥットガルト歌劇場の研修所に合格した時にはまだ24歳でした。そして一年もしないうちに、同歌劇場が契約ソリストにならないかと声をかけてくれました。その後、シュトゥットガルト歌劇場では、いくつものオペラを初役で歌ってきました。それは今も継続しており、私はこの劇場にとても感謝していますし、今では自分のホームと言える劇場になっています。



―ではすぐにプロとして仕事をしていたわけですね?



ムスキオ そうです。マスタークラスは欠かせませんが、それよりも大事なのは舞台での経験を積むことだと私は思っています。練習で歌うのと、2000人の観客を前にして歌うのは全然違うことですし、若い歌手がその機会を得ることはなかなか難しいので、このような優れた運営の歌劇場で働けたのはラッキーでした。



―年間に出演する数も相当多いということでしょうか?



ムスキオ そうです。常に歌う演目があるということ、歌わない時期があってもそれが短いということは、身体を訓練した状態に保てるということです。常にリハーサルがあり、定期的に観客の前で歌うということは、一緒に演じている同僚たち、オーケストラ、指揮者などの前で最良の状態を保つ必要があるということで、経験を積みながら自分自身を成長させていく上でとても役立っています。



"『夢遊病の女』で自分の新たな側面に気が付かされました"



―そのシュトゥットガルト歌劇場で、去る7月に『夢遊病の女』でとても重要なデビューを飾られました。いくつか評論を拝見しましたが、あなたのことをとても褒めているものばかりでした。



ムスキオ ありがとうございます。実際、とても大きな成功を収めた公演となりましたし、個人的にも大きな満足を得ることができました。タイトルロールを歌うということは大きな責任ですから。でも私はこの種の音楽、このレパートリーを愛しているんです。自分の魂の中に、血の中にこの音楽を感じるのです。それ故この役にデビューする時を長い間待っていましたし、聴衆が高く評価してくれたことが本当に嬉しかったです。

2024年7月シュトゥットガルト歌劇場『夢遊病の女』より Photo:Martin Sigmund


―『夢遊病の女』はプリマドンナ・オペラ、そしてベルカントの時代に書かれた作品です。当時の様式と歌唱技術で書かれていると思うのですが、あなたはそれをどうやって学ばれましたか?この作品の魅力がどこにあるかも教えてください。



ムスキオ ベルカントの様式はイタリアで勉強していた時代に学びました。私たちはこのジャンルの音楽を聴きながら育ちますし、ベルカントは私たちの文化の一部です。音楽、特にその中でもイタリア・オペラに関しては、やはり育った環境で吸収したものは多いです。それから声楽の勉強をしている時に私が師事していた先生は、ベルカントのレパートリーにとても詳しい方でした。『夢遊病』のようなプリマドンナ・オペラでとても特徴的だと思うのは、声の曲芸ともいえるような超絶技巧が、ドラマの進行や、主人公の感情を表現しているということです。一つ一つのフレーズや言葉がその場面を、感情を表現するように作られているのです。ベルカントがとても感動的だと思うのは、魂に共鳴するからで、バロック・オペラにおける装飾歌唱が、歌手の技巧を見せるために使われる傾向にあることと比べて、ベルカント歌手の力量は、演劇的な効果を高めることにあると思います。



―動画などで拝見していると、あなたはドラマティックな表現にとても優れているように思います。



ムスキオ 最近、自分の中のドラマティックな面を発見してとても嬉しく思っているところです。初期の頃は、オペラ・ブッファの役を数多く歌っていて、そちらも大好きなのですが、特にこの『夢遊病の女』を歌ったことによって、より悲劇的な役柄、より深い感情表現に向いた面を自分でも発見しました。まだ少し先になると思いますが、その意味ではドニゼッティ『ルチア』などもぜひ歌いたい役柄です。



―ベッリーニの他のオペラに関してはいかがですか?



ムスキオ ベッリーニのオペラは傑作ばかりですよね。『ノルマ』は心から愛しています。私はマリア・カラスとフランコ・コレッリの録音を聴きながら大きくなったので。『清教徒』も大好きで、エルヴィーラ役は今後、機会があればぜひ歌いたい役です。 彼は最初にオペラをレパートリーという考え方で捉えた人のようで、自分のオペラが上演されてその後消えてしまうのではなく、何度も上演されるようにということを考えました。それまでの作曲家は2、3週間でオペラを書いて、翌月にはまた新作を書く、というやり方をしていました。ところがベッリーニは『ノルマ』は成功したし、また別の劇場で上演したい、という考えだったのです。彼が早逝したのは本当に残念なことで、彼が残した作品からは、もしもっと長生きしていたら他にもいくつもの傑作を書いたに違いない、ということが分かります。



―『夢遊病の女』であなたが音楽的に好きなのはどの部分ですか?



ムスキオ 最後のアリア・フィナーレはやはりこのオペラの中で最高に素晴らしい部分だと思います。特にアリア・フィナーレのレチタティーヴォの部分ですね。エルヴィーノとの二つ目の二重唱「僕は嫉妬しているんだ Son geloso」も大好きですし、第一幕フィナーレのカンタービレもとても好きです。このオペラは全てが好きですが、特に第2幕冒頭のエルヴィーノのアリアにあるホルンのソロも何と形容したらいいのか、美しすぎて聴くたびに感動してしまいます。歌わないで舞台の上にいる時には、同僚たちの歌やオーケストラのソロ・パートなどに聴き惚れています。全ての音が私の心に刻まれているように感じるんです。歌うのも好きですが、ベッリーニの音楽を聴くのも大好きなのです。



過去の偉大な歌手たちへのリスペクト



―先ほど、マリア・カラスの名前をおっしゃっていましたが、他にあなたが特に愛する過去のオペラ歌手はいますか?



ムスキオ そうですね、私より少し上の世代の歌手もよく聴くようにしていますが、私は20世紀の名歌手たちが大好きなんです。マリア・カラスはもちろんですが、ミレッラ・フレーニ、レナータ・スコット、その前の世代では20世紀初頭に活躍したルイーザ・テトラッツィーニ。男性ではベニャミノ・ジーリ、アウレリアーノ・ペルティレ、戦前の大歌手たちも好きで、エンリコ・カルーゾーは大好きです。歴史的録音を聴いて、彼らがどのようにオペラを歌っていたかを知り、歌唱のスタイルを知るのはとても興味深いです。例えばカルーゾーが『ルチア』を歌うとても珍しい動画などが残っていて見ることができますが、当時から現代までまだ100年位しか経っていないのに、オペラという舞台芸術の変化は信じられないくらい大きいのです。



―今、皆さんが演じているのは当時とは大きく違うものですね。



ムスキオ 本当に違いますね。当時のオペラ歌手が今の舞台を見て、どう思うか聞いてみたいです(笑)。舞台、そして劇場はやはり時代の鏡なのだと思うのです。当然、今日私たちが生きる社会はSNS、インターネットなどが存在していて、20世紀初頭にそうであったように、登場人物がほぼ静止しているような舞台は今ではあり得ません。社会が今と比べてとてもゆっくりしていたと思うのです。何時間も劇場でオペラを聴くことが一般的でした。今では30秒の動画をTikTokで見るのに私たちは慣れてしまっています。現代のオペラ演出がダイナミックなのも、私たちがどんどん新しい刺激を必要としているからでしょう。それはまさに今日の私たちのメンタリティの鏡で、昔と違うことは確かです。私たちは時代と共に歩んでいるので。



オペラは決して死なない



―音楽以外に時間がある時には何をしますか?



ムスキオ 私は自然の中を歩くのがとても好きで、何キロも歩きます。音楽鑑賞も趣味の一つですが、これはオペラに関わらず、色々なジャンルを聴きます。例えば南米の音楽も好きですし、子供の時の夢はバレリーナだったのでダンスもとても好きなんです。それから料理も好きです。日本の伝統的な料理を食べるのが楽しみで待ちきれません。もちろんヨーロッパで日本料理を食べたことはありますが、日本で食べた方が美味しいに違いないですから。



―初めての劇場で歌う時、あなたの聴衆との関係はどのようなものですか?



ムスキオ 私は公演の最中でも、常に聴衆とのコンタクトを保つように心がけています。お客さんにとって舞台が、スクリーンを見ているようなものではなく、アーティストが生み出すライブであることが大切だと思っているので。観客と私がお互いエネルギーを発し、お互いそれを受け止めるということをしたいのです。だから公演の最中に客席を良く見て、彼らの反応を確かめるのが好きなのです。私にとってはある種のバロメーターになっているのですね。 映画や舞台の録音・録画などと比べた時に、生の公演の素敵なところは毎回必ず違うものになる、というところだと思います。作品自体が100年前、200年前、時には300年前のものであっても、オペラは決して死なない、それは上演のたびに必ず違うものになるからです。観客の趣味も変化するし、解釈も変わる。それが素晴らしいところです。



―そう思います。考えてみるとすごい事ですよね。私たちは日本で、100年も200年も前のイタリア語で歌われるオペラを楽しんでいるわけですから。



ムスキオ そう、それが本当に素晴らしい点だと思うのです。そういう意味でも今回、来日することができて本当に幸せです。日本の観客の皆さんが情熱的で素晴らしいということは、いつも皆から聞いて知っています。ついにその日本で舞台に立つことになってとても幸せに感じています。そしてアントニーノ・シラグーザさんや日本人キャストの皆さんとの共演も楽しみです。皆さん、待っていてくださいね!



クラウディア・ムスキオ Claudia MUSCHIO

イタリア・ブレーシャ出身。フェッラーラ・フレスコバルディ音楽院修了。2017年ナポリ・サンカルロ歌劇場『魔笛』パミーナでデビューし、続く18年にはモデナ・パヴァロッティ劇場『セビリアの理髪師』ロジーナに出演、またペーザロ・ロッシーニ・オペラフェスティバル、カリアリ歌劇場などに出演を重ねる。20/21シーズンからはシュトゥットガルト州立歌劇場専属歌手となり、『ドン・ジョヴァンニ』ツェルリーナでデビュー、『子どもと魔法』火/お姫様などにも出演。21年ジェノヴァ・カルロ・フェリーチェ歌劇場『愛の妙薬』アディーナに出演。最近ではシュトゥットガルト州立歌劇場で『フィガロの結婚』スザンナ、『アルチーナ』モルガナ、『ヘンゼルとグレーテル』(新制作)眠りの精/露の精、『ファルスタッフ』ナンネッタ、『LA FEST』(新制作)などに出演、『愛の妙薬』アディーナで23年のOpernwelt誌年鑑のベストシンガー、ベスト・ヤングシンガー賞にノミネートされる。今年7月にシュトゥットガルト州立歌劇場で『夢遊病の女』アミーナにロールデビューし大成功を収めたばかり。コンサートへの出演も多い。新国立劇場初登場。



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