オペラ公演関連ニュース
『トスカ』指揮 マウリツィオ・ベニーニインタビュー
2023/2024シーズンのラストを飾るプッチーニ『トスカ』。
指揮するのはイタリアの名匠マウリツィオ・ベニーニ。
新国立劇場には1998年『セビリアの理髪師』で初登場。それから25年ぶりの昨シーズン、『リゴレット』でオペラパレスに再登場し、見事なタクトで名演に導いた。
7月の『トスカ』のあと、2024/2025シーズン開幕の『夢遊病の女』も指揮する予定で、3シーズンにわたってオペラパレスに登場するベニーニ。『トスカ』の音楽について大いに語ってもらった。
クラブ・ジ・アトレ誌5月号より
インタビュアー◎ 井内美香(音楽ライター)
独特な心理劇 感情を揺さぶる瞬間の連続
―昨年5月の『リゴレット』は素晴らしい公演で、特にマエストロに対する拍手と歓声は非常に熱を帯びたものでした。
ベニーニ ひとつ先に申し上げたいのは、私は日本を心から愛しているということです。日本の人々の意識の高さは素晴らしく、来日するたびに、これは奇跡だ!と叫びそうになります。『リゴレット』での聴衆からの拍手は、単なる拍手以上の感情表現があったように思いました。そのことが大きな贈り物に感じられたのです。『トスカ』でまた呼んでいただくのは嬉しい限りですし、その後には次シーズン開幕のベッリーニ『夢遊病の女』も控えています。
―『リゴレット』での音楽的な手応えはいかがでしたか?
ベニーニ 1998年に新国立劇場で『セビリアの理髪師』を指揮した時もオーケストラと合唱団は素晴らしかったのですが、今回の『リゴレット』ではそのレベルの高さに驚きを隠せませんでした。私たちイタリア人指揮者は、イタリア・オペラの演奏をよく知るオーケストラに慣れていますので、その点を少し心配していたのですが、杞憂でした。東京フィルハーモニー交響楽団は歌手の伴奏をすることに巧みで、細部に注意深く、柔軟性に富んでいます。合唱団も合唱指揮の方がとても優秀で、私とのリハーサルが始まる前に彼らはすでにイタリアの音色を獲得していました。
―7月に指揮していただくのが『トスカ』です。マエストロにとって『トスカ』の音楽的な魅力はどこにありますか?
ベニーニ 『トスカ』は私が深く愛するオペラです。なぜなら『トスカ』はヨーロッパ音楽の新しい概念に向けて開かれた音楽だからです。美しいメロディの宝庫ですし、名アリアもありますからオペラ・ファンの人気も高い。でもそれに加えて、物語の緊張が持続し、そこにアリアが挿入されても弛緩しないところが素晴らしいのです。オペラ全体が感情を揺さぶる瞬間の連続です。それまでに書かれたオペラと比べても独特な心理劇です。脇役の描き分けも素晴らしく、例えば堂守の人間としての小ささ、怖がりで媚びへつらうようなところを見事に描写しています。スポレッタもそうです。彼にラテン語のセリフを言わせるのは偽の信心を表現しており、天才的だと思います。そしてトスカ、カヴァラドッシ、スカルピアという3人の主人公の官能性。スカルピアの中では、その官能性は病的な強迫観念にもなります。一方、トスカに関しては、第2幕の最後が圧巻です。彼女がスカルピアを殺してしまった後、音楽が長く続くなか沈黙したまま冷静に行動する様は、まるで自分の行為に満足を覚えているかのようで、普通にトスカという人物像を考えるときには思いつかないような冷徹な一面を表している気がして興味深いです。
―演劇的な意味でトスカ役の見せ場でもありますね。『トスカ』の中で一番好きな場面はどこですか?
ベニーニ 私が特に愛している場面は、第1幕のフィナーレです。プッチーニが作り出したコントラストはまさに天才的です。スカルピアはモノローグで、独りよがりな色欲により、狙った女性をサディスティックな悪の手口で征服しようとする意志を歌います。その後ろでは、合唱が神を讃える「テ・デウム」を歌っています。俗と聖の対比、悪と善の対比、無信心と宗教心の対比です。非常に距離のある2つの心情であり、それを表現する鐘の音、オルガン、合唱など様々な音色に感情をひどく揺さぶられます。その瞬間は素晴らしいの一言です。
―プッチーニは『トスカ』で彼の新境地を開いたのでしょうか?
ベニーニ そうですね。『トスカ』によってプッチーニは20世紀の扉を開きました。『ラ・ボエーム』はまだ、過去との結びつきが強い作品だと思います。『トスカ』の革新的な部分は、オーケストラの書き方にも表れています。1900年の『トスカ』初演はまさに20世紀の始まりを告げるものでした。プッチーニは音楽の構成、ハーモニーの使い方、オーケストラ書法などで、イタリアよりもヨーロッパに目を向けていました。オペラ全体に不協和音が使われており、その良い例は冒頭部分です。"音楽に潜む悪魔"と呼ばれる一オクターブのちょうど半分の音程にあたる〈増四度〉の和音が鳴らされるのですが、この不協和音はオペラ全体で再現されます。彼のハーモニーや音色の響きについての探究はまさにヨーロッパの新しい音楽言語である表現主義のそれでした。
演奏するたびに大きな感動を覚える『トスカ』
―今シーズンの『トスカ』のあと、10月には2024/2025シーズンの開幕公演として、ベルカント・オペラの傑作のひとつであるベッリーニ『夢遊病の女』を指揮されます。マエストロはベルカント・オペラのエキスパートという印象がありますが、あなたのような世界的な指揮者でベルカントのレパートリーを指揮し続けている方は少ないように思います。ベルカントの魅力と難しさはどこにありますか?
ベニーニ ベルカント・オペラを進んで演奏する指揮者は少ないのですよ。なぜならこのジャンルは "美しい(ベル)歌(カント)"という名前で、"ベル・オーケストラ"ではないことからも分かるように、歌が圧倒的な主役なのです。ですからベルカント・オペラの上演が素晴らしい結果になればそれは歌手の功績であり、あまり良くない演奏だった時は指揮者が罪を被ることになります(笑)。ベルカント・オペラの上演には偉大なる歌手たちが必要であり、オーケストラは、純粋でデリケートで、透明感のある旋律線を正しく伴奏せねばなりません。しかも単なる伴奏ではなく、曲全体のアーチをしっかりと表現し、歌を導いていく必要があります。とても難しい仕事です。そしてベルカント・オペラを演奏するためには、声を愛さなければなりません。この歌唱芸術を理解し、声を熟知することが大事なのです。
―その技術や知識はどうやって身につけるものでしょうか?
ベニーニ 私は作曲と指揮を学びましたが、それに加えてピアノとヴァイオリンも勉強しました。21歳の時に歌劇場のオーディションに受かり、劇場付きのピアニストになったのです。そして当時の偉大な歌手たちをコンサートで伴奏をすることを通して、歌と声を理解し、愛することを学んだのです。ルッジェーロ・ライモンディ、ミレッラ・フレーニとは共演が多かったですし、ルチアーノ・パヴァロッティにもいくつものオペラをコーチしてきました。これがベルカントを指揮することに繋がりました。
―今回の『夢遊病の女』、そして『トスカ』のキャストに関してはいかがですか?
ベニーニ 『夢遊病の女』に出演するシラグーザは何度も共演しています。ローザ・フェオラはもうすぐリエージュでベッリーニの『カプレーティ家とモンテッキ家』で初めて共演します。でも彼女の歌はもちろん聴いており、大変優れた歌い手です。『トスカ』も若い歌手たちが中心で、彼らとはまだ共演したことはありません。新しいアーティストと共演するのは大歓迎です。彼らと一緒に音楽をすることによって、私も若さを保つことができますから。
―まずは『トスカ』が楽しみです。最後にメッセージをお願いします。
ベニーニ 私の愛する日本の聴衆の皆様に『トスカ』を観ていただけたら嬉しいです。私はこのオペラからいつも新しいことを学んでおり、演奏するたびに大きな感動を覚えます。皆様とこの経験を分かち合えることを願っています。
マウリツィオ・ベニーニ Maurizio BENINI
メトロポリタン歌劇場、パリ・オペラ座、ウィーン国立歌劇場、英国ロイヤルオペラなど世界の主要歌劇場、音楽祭で活躍する指揮者。ミラノ・スカラ座に『湖上の美人』でデビューし、同劇場『ドン・カルロ』『道化師』『ドン・パスクワーレ』『リゴレット』『夢遊病の女』を指揮。ボローニャ歌劇場管弦楽団、サンチャゴ・ムニシパル劇場首席指揮者、サン・カルロ歌劇場首席客演指揮者などを歴任。最近ではメトロポリタン歌劇場『ドン・パスクワーレ』『ロベルト・デヴェリュー』『セビリアの理髪師』『清教徒』『ノルマ』、オランダ国立オペラ『ナブッコ』『椿姫』、チューリヒ歌劇場『カプレーティ家とモンテッキ家』『夢遊病の女』、モンテカルロ歌劇場『アドリアーナ・ルクヴルール』『ルイザ・ミラー』『ファルスタッフ』、パリ・オペラ座『アンナ・ボレーナ』、ブエノスアイレス・コロン歌劇場『リゴレット』、テアトロ・レアル『イル・トロヴァトーレ』『夢遊病の女』『清教徒』、ワロン歌劇場『オテロ』(ロッシーニ)などを指揮。新国立劇場へは1998年『セビリアの理髪師』でデビュー、2023年『リゴレット』で絶賛を博した。
2023年5月『リゴレット』無料配信予定!
2024年6月28日(金)12:00~2024年8月22日(木)12:00
オペラ ヴェルディ『リゴレット』
<2023年5月21日上演> イタリア語上演/日本語及び英語字幕付
指揮:マウリツィオ・ベニーニ 演出:エミリオ・サージ
出演:ロベルト・フロンターリ、ハスミック・トロシャン、イヴァン・アヨン・リヴァス、妻屋秀和、清水華澄、須藤慎吾、森山京子、友清 崇、升島唯博、吉川健一、佐藤路子、前川依子、高橋正尚
合唱:新国立劇場合唱団 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:マウリツィオ・ベニーニ 演出:エミリオ・サージ
出演:ロベルト・フロンターリ、ハスミック・トロシャン、イヴァン・アヨン・リヴァス、妻屋秀和、清水華澄、須藤慎吾、森山京子、友清 崇、升島唯博、吉川健一、佐藤路子、前川依子、高橋正尚
合唱:新国立劇場合唱団 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
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