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『コジ・ファン・トゥッテ』グリエルモ役 大西宇宙 インタビュー

大西宇宙

愛は永遠。自分が不在でも、恋人の心は変わらないはず。

そう信じるフェルランドとグリエルモは、変装して恋人に迫るが......

モーツァルト×ダ・ポンテが描く恋の駆け引き、オペラ『コジ・ファン・トゥッテ』。

グリエルモを演じるのは、日米で活躍するバリトン、大西宇宙だ。

昨年から今年にかけて、兵庫県立芸術文化センター『ドン・ジョヴァンニ』タイトルロール、

全国共同制作オペラ『こうもり』ファルケ、Bunkamura35周年記念公演『魔笛』パパゲーノなど国内オペラの主要な役に立て続けに出演し、令和5年度芸術選奨文部科学大臣新人賞をはじめ、数々の賞を受賞。

大躍進中の大西に、グリエルモ役について、そしてこれまでの歩みについてうかがった。

クラブ・ジ・アトレ誌5月号より

インタビュアー◎柴辻純子(音楽評論家)



いかにノーブル かつエレガントに演じるか



―まずは、令和5年度(第74回)芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞おめでとうございます。さて、今回『コジ・ファン・トゥッテ』にグリエルモ役で出演されます。これまでグリエルモ役を演じたことがありますか。



大西 ありがとうございます。昨年は本当に充実した一年でした。『コジ・ファン・トゥッテ』は、私にとって思い入れのあるオペラで、グリエルモは初めて通しで勉強した役なんです。武蔵野音楽大学のオペラ・コースで第1幕から順番に2年かけて全幕を勉強し、最後の学内公演に大学院生や先生も加わるなか、グリエルモ役で出演しました。アメリカ留学時代にも、メトロポリタン歌劇場の研修所の公演にカヴァー歌手として参加し、アラン・ギルバートの指揮で、舞台で何度か歌わせてもらいました。『コジ』は一番付き合いの長いオペラで、私のオペラ歌手としての基礎を築いてくれた作品です。



―グリエルモとはどのような人物でしょうか。演じるとき、意識されていることはありますか。



大西 複雑なプロットの中にあって、グリエルモは最も傷ついた人物ではないかと思っています。男性陣のなかで最初は良かったのに、最終的にどん底に落とされ、フィナーレでちょっと爆発します。感情の起伏が激しいキャラクターですね。テノールのように直情型ではなく、バリトンらしく知性も少しあって(笑)、深いところでキャラクターが作れるので、演じ甲斐があります。

 そして、モーツァルトのオペラ全般に言えることですが、バリトンは怒っている役が多く、グリエルモもそうですが、いかにノーブルかつエレガントに演じるかだと思います。モーツァルトのオペラは、人間の感情がそのまま現れ、それが美しい音楽で覆われています。ベルカントのところはきちんと歌いつつ、表現は豊かに、そのバランスを崩さずに考えて いくということでしょうか。



―『コジ』は、アンサンブル・オペラと言われるほど重唱がたくさん出てきます。



大西 第1幕の序曲のあと、エキサイティングな男声三重唱が3つ続く開始に、つくづくモーツァルトは天才だなと思います。一番幸せなところからだんだん複雑になっていくというのは、このドラマを凝縮していて、それを最初に見せるのは面白いですね。第1幕の五重唱も楽しいですし、あとは第2幕のフィナーレ。婚礼の場面の「乾杯のカノン」は、フィオルディリージ、ドラベッラ、フェルランドの3人で、グリエルモは外れているんですよ。美しいメロディが続いていくカノンに、私も参加したかったなと(笑)。そうさせてくれないモーツァルトが、ちょっと憎たらしいです。



枠組みから少し出て考えることを楽しみに



―ところで、大西さんは、大学院修了後、アメリカのジュリアード音楽院に留学されました。ヨーロッパではなく、アメリカを選ばれた理由は?



大西 アメリカを選んだのは、イタリアもの、ドイツものと限定するのではなく、フランスやロシアのものもすべて深く学びたいと思ったからです。アメリカに行って一番驚いたのは演技指導の高度さでした。舞台の素晴らしさは、お金をかけているからではなく演技力が高いからなんです。ジュリアードには演劇科があり、そこの先生が声楽科にも指導に来ていました。そこでシェイクスピアの基本を学び、オペラの中でどのように実践化していくかを勉強しました。アメリカはスポーツや医学でもそうですが、分析や研究を徹底的に行います。発声法についても、これまで学んできたことを否定するのではなく、それを伸ばそうとしてくれました。目標を達成するために先生と一緒に考え、徹底的に勉強するという環境が良かったです。ただ、英語には苦労しました。シェイクスピア劇をやるときも、英語の歌を歌うときも最初は大変でした。日本の音大では英語の歌曲はほとんどやらないですし、実際に歌うとなると発音は複雑です。でもそこは、アメリカのポジティブさに助けられました。先生が「苦手を克服すると得意技になる」とよく言っていて、そのおかげで最初は苦手なことばかりでしたが、直感とか感覚ではなく、諦めずにトレーニングすることで克服できました。結果、英語のディクションのクラスで一番の成績を修めることができたんですよ。



―ジュリアード音楽院を修了されたあと、さらにシカゴ・リリック・オペラの研修所で研鑽を積まれました。



大西 ジュリアード音楽院は、メトロポリタン歌劇場の研修所と提携していて、レッスンのほか、研修所公演にジュリアード生として出演するなど舞台経験を積むことができます。シカゴ・リリック・オペラの研修所はそれ以上で、全米で最も舞台経験が積めることで知られています。1年目から舞台に立つ機会が多く、ゲネプロを見学に行くつもりが、舞台に立っていたということも!初舞台は、当時の芸術監督アンドルー・デイヴィスが指揮し、デイヴィッド・マクヴィカーが演出した『ヴォツェック』です。小さな役ですが最後に超高音を出さなければいけない役で急遽出演することになり、リハーサルなしで歌いました。こうした経験は度胸がつき、ペルーの作家の同名の小説をもとにしたジミー・ロペスの『Bel Canto』世界初演にも出演し、米紙「シカゴ・トリビューン」で褒めていただいたことは大きな自信となりました。『エウゲニ・オネーギン』に題名役の代役で出演したときは、最も難しい最後のオネーギンとタチヤーナの長大な二重唱がうまくいき、あのときの大喝采は忘れられません。このプロダクションは、メトロポリタン歌劇場から出て、シカゴに行って、松本に来ました。それが、2019年の日本でのオペラ・デビュー(セイジ・オザワ松本フェスティバル)につながりました。



―以来、国内外で活躍され、2025年は『セビリアの理髪師』のフィガロ役でミネソタ・オペラにデビューされ、ダラス・オペラでは『ラ・ボエーム』のマルチェッロを歌われます。今後はどのような役を歌っていきたいですか。



大西 『セビリア』もそうですが、ロッシーニ作品、特に若い溌剌としたバリトン役を今のうちに歌っておきたいです。あとは『ファルスタッフ』のフォード、『スペードの女王』のエレツキー、『タンホイザー』のヴォルフラム。その先は『イル・トロヴァトーレ』のルーナ伯爵や『ドン・カルロ』のロドリーゴなどが歌えたらと思います。



―大西さんにとって、新国立劇場とは?



大西 新国立劇場は、高校生のときに観た『鳴神/俊寛』が初めてのオペラ体験でした。それから折に触れてうかがっており、『運命の力』も印象に残っています。国際的なキャストと日本人が一緒に舞台を作っていく素晴らしい劇場です。出演者としては共演した方々と良い仲間になれることが嬉しく、新国立劇場デビューとなった2022年の『愛の妙薬』でご一緒した指揮者のガエタノ・デスピノーサさんとは、今でも交流が続いています。

2022年『愛の妙薬』より ベルコーレ


―最後に、『コジ』への意気込みをお願いします。



大西 ミキエレットさんの演出は舞台が現代なので、モーツァルトの時代とは異なった演技をしなければなりません。モーツァルトやダ・ポンテの意図を損なわず、枠組みから少し出て考えることを楽しみにしています。それから飯森範親さんの指揮で歌えることも。実は、日本で私を発掘してくれたのは飯森さんなんです。20代半ばの無名時代にとても褒めてくださり、東京交響楽団や山形交響楽団の「第九」のソリストに何回も呼んでいただきました。

 今回出演するにあたってスコアを新しく買い直しました。思い入れのある作品ですが、一から見直し、いまの自分の力量を示せるよう、歌い手として最大限の力でクリエイトしたいと思っています。



大西宇宙 ONISHI Takaoki

武蔵野音楽大学及び大学院、ジュリアード音楽院を卒業。シカゴ・リリック・オペラで研鑽を積み、世界初演オペラ『Bel Canto』でアメリカデビュー。同劇場メンバーとして50以上の公演に出演。2019年にセイジ・オザワ松本フェスティバルにて『エフゲニー・オネーギン』タイトルロールで日本でのオペラデビュー。以来、国内外で『フィデリオ』『カルメン』『リナルド』『道化師』『電話』『ローエングリン』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』『椿姫』『トゥーランドット』『仮面舞踏会』などに出演。最近では兵庫県立芸術文化センター 佐渡裕プロデュース・オペラ『ドン・ジョヴァンニ』タイトルロールが絶賛されたほか、全国共同制作オペラ『こうもり』ファルケ、バッハ・コレギウム・ジャパン『ジュリオ・チェーザレ』アキッラ、『魔笛』パパゲーノなどで高評を得る。CDは「詩人の恋」(ピアノ:小林道夫)をBRAVO RECORDSよりリリース。第30回五島記念文化賞オペラ新人賞、第30回日本製鉄音楽賞フレッシュアーティスト賞、第25回(2023年度)ホテルオークラ音楽賞、令和5年度(第74回)芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。新国立劇場へは2022年『愛の妙薬』ベルコーレでデビューした。



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