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『コジ・ファン・トゥッテ』フェルランド役 ホエル・プリエト インタビュー

ホエル・プリエト

彼女の愛が揺らぐわけがない―!

婚約相手を入れ替え、ひと芝居打って、女性の貞節を試す恋愛喜劇のオペラ『コジ・ファン・トゥッテ』。

ドラベッラの婚約者フェルランドを演じるのは、ホエル・プリエト。

2008年オペラリアコンクールに優勝し、以後、世界各地の歌劇場・音楽祭で大活躍中のテノールが、

日本で初めてオペラの舞台に立つ。

モーツァルト、ベルカントを主に歌いつつ、

レパートリーを多彩に広げているプリエトに、『コジ・ファン・トゥッテ』についてうかがった。

クラブ・ジ・アトレ誌4月号より



人間の感情の複雑さを表現し 愛の素晴らしさを歌い上げる作品



―プリエトさんはモーツァルト歌手として大変高い評価を得ていますが、モーツァルトのオペラの一番の魅力はどこにあると思いますか?



プリエト 音楽的には透明感とシンプルな旋律、そしてアンサンブルの妙です。特に無駄をそぎ落としたような旋律は美しいだけでなく、とてもクリアでシンプルです。ただし、歌う側からすると、小さな間違いに至るまで全てがつまびらかになってしまう怖さがあります。モーツァルトの音楽は、ポルタメントを付けたり自由にいじったりすることが許されないので、演奏する側はとても細い橋を渡っているような感覚を味わいます。このような技術的な難しさと共に、そこに描かれている人間の心理にはとても深いものがあり、技術と感情表現の両方がそろわなくてはなりません。そしてもうひとつ忘れてはいけないのはチームワーク。多くのアンサンブルがあり、そのアンサンブルの中にもそれぞれの登場人物の見せ場もあって、互いに支えあうことが求められます。そして支えあうためにも互いによく聴きあうことが重要となります。これこそがモーツァルトのオペラであり、難しいことはいっぱいあるけど、それでも歌いたくなる、素晴らしいオペラです。



―『コジ・ファン・トゥッテ』を初めて見る方々に作品の魅力を説明するとしたら、何と言いますか?



プリエト このオペラは一般的には『コジ・ファン・トゥッテ』と呼ばれ、これは「女は皆こういうもの」という意味です。でも私はサブ・タイトルの『La scuola degli amanti』の方が好きです。これは「恋人たちの学校」という意味で、このオペラの物語の深さを示しています。ここに出てくる恋人たちは成長期の若い男女であり、どちらも未熟です。友情や恋や愛を、さらには自分たち自身を模索しています。相手を思いやることもありますが、時には自分勝手にもなりますし、ロマンティックだったり、現実的だったりもします。ここに描かれている感情は時代を超えたもので、若い人に限ったものではありません。人間の感情の複雑さや人間社会に生きることの意味、モーツァルトはそれらを見事に音楽で表現し、さらには愛の素晴らしさを高らかに歌い上げています。女性を軽んじるどころか、むしろ女性に対する愛に満ちているようにも感じます。



―その中であなたはフェルランドを歌いますね。



プリエト このオペラでは、登場人物にはそれぞれ面白い性格付けがなされています。私の役であるフェルランドはロマンチストでナイーヴなところがあり、世間知らずなことから自分にもうひとつ自信がなく、どこか自分勝手なところもあります。おそらく過保護に育ったのでしょう。彼の恋人ドラベッラは純粋だけど情熱的で楽しいことが大好きです。それに対して姉のフィオルディリージは仕切り屋で賢く、とてもまじめです。グリエルモはとても仲の良い友であり、ノリで動いてしまう傾向があるタイプです。その一方で、デスピーナは働いていて様々なことを見聞きしており、年配のドン・アルフォンソはなかなかシニカルな人物です。皆さんの周りにも似たような人物を見出すことがきっとできると思いますよ(笑)。

 ただ一言加えるなら、フェルランドは本当にフィオルディリージに恋をしてしまった、と私は考えています。



舞台芸術は瞬間を分かち合う聴衆と共に創造するもの



―ザルツブルグ音楽祭のオッフェンバック『天国と地獄』で、あなたの歌はもちろんのこと、演技も素晴らしいものでした。



プリエト ありがとう! 演技は大好きですし、オペラは音楽と演劇による舞台芸術だと考えています。音楽はとても強力なツールであり、演技はそれを映し出す鏡のような存在です。それだからこそ、私はオペラ歌手であることを誇りに思っていますし、愛してやみません。

 もうひとつ忘れてはいけないのが言葉の存在です。オペラには台本があり、その言葉は聴衆に伝わらなくてはなりません。皆さんの心に届く言葉を発するには、演じる者がしっかりと役を掌握しなくてはならず、それぞれの人物になることで歌う声にも様々な色が加わります。その色彩には限りがありません。つまり音楽の音色が言葉を助け、言葉が音色を助けます。



―言葉といえば、プリエトさんのご両親は作家であり、姉妹は画家と写真家でいらっしゃいます。家族であなただけが音楽という紙に残らない、瞬間の美である芸術を選ばれたのですね。



プリエト 瞬間の美、いいですね。それこそが私が求めるもののひとつであり、まさにそこに生があります。私は毎日瞑想します。今この瞬間に存在すること、これはとても大切なことであり、音楽であれ、ダンスであれ、舞台芸術は瞬間、瞬間に生を得て存在します。その瞬間を分かち合うのが聴衆の皆さんです。つまり聴衆と共に創造する芸術なのです。絵画鑑賞は大好きですが、その制作は画家ひとりで行われ、それが完成後に長い年月ギャラリー等で人々に愛でられます。でもライブ・パフォーマンスは違います。時は決して同じに流れるのではなく、変化し続けます。その一瞬とつながりを保ちながら、私はどこにいるのか、私は何をしているのか、私はどこに向かっているのか、と問い続け、演じる登場人物になりきることこそがその醍醐味なのです。



―確か子どもの時には名門の児童合唱団で歌っていらっしゃいましたね。



プリエト 母曰く、私は言葉をしゃべるよりも前に歌っていたそうです。母は私に早くから音楽教育を受けさせてくれました。児童合唱団にも参加しましたが、子どもの頃は大変な恥ずかしがり屋で、歌うのが大好きなのに人前で一人で歌うのは容易なことではありませんでした。でもやはり声楽家になりたくて、素晴らしい先生のもとで勉強しながら18歳の頃にウェイターのアルバイトをして、人と接することができるようになり、恥ずかしさを克服できました。人生、何が幸いするかわかりませんね(笑)。



―今は世界を股にかけた活躍をなさっていますが、さまざまな土地を訪れる時に何か楽しみにしていることはありますか。



プリエト 私の趣味は散歩です。オペラでの日本滞在は、季節は春ですし、それなりの期間にもなりますので、いろいろな所を歩きたいと考えています。自宅では大型犬を飼っていて、いつもかなりハードな散歩をしています。日本に連れてくることはかないませんが、日本でも積極的に長い散歩をして、日本の自然を体感したいですね。時間が許せば日本の素晴らしい文化にも触れたいです。一緒に舞台に立つ仲間からも情報を得られたらうれしいです。



―そして『コジ・ファン・トゥッテ』で新国立劇場に初登場となりますね。



プリエト まず日本へお招きいただき、心から感謝しています。今回、初めて日本でオペラに出演するので、今から待ちきれない思いでいっぱいです。本当に楽しみです。新国立劇場も素晴らしい劇場だと聞いています。ベストを尽くしますので、私のフェルランドを皆様に聞いていただき、素晴らしい時間を聴衆の皆様と分かち合いたいと思っています。



ホエル・プリエト Joel PRIETO

スペイン出身、プエルトリコ育ち。若手世代で最も注目される刺激的なテノールのひとり。2008年オペラリアコンクールに満場一致で優勝し、国際舞台へ躍り出る。プエルトリコ大学及びプエルトリコ音楽院、マンハッタン音楽学校で学び、パリ・オペラ座研修所、ザルツブルク音楽祭ヤング・シンガーズ・プロジェクトに参加、ベルリン・ドイツ・オペラ専属歌手を経て、英国ロイヤルオペラ、テアトロ・レアル、リセウ大劇場、ベルリン州立歌劇場、ザクセン州立歌劇場、バイエルン州立歌劇場、ワシントン・ナショナル・オペラ、ヒューストン・グランド・オペラ、ロサンゼルス・オペラ、パリ・オペラ座、シャトレ座、トゥールーズ・キャピトル劇場、モンテカルロ歌劇場、モネ劇場、アン・デア・ウィーン劇場、ローマ歌劇場、サンタフェ・オペラ、グラインドボーン音楽祭、エディンバラ音楽祭、エクサン・プロヴァンス音楽祭など世界の著名歌劇場、音楽祭へ登場。モーツァルトやベルカントの主要な役柄でキャリアを拓き、リリック・テノールとして『ロメオとジュリエット』ロメオ、『ルチア』エドガルド、『愛の妙薬』ネモリーノ、『エウゲニ・オネーギン』レンスキー、『椿姫』アルフレード、『ファウスト』タイトルロール、『カルメン』ドン・ホセ、『ラ・ボエーム』ロドルフォなどに役を拡げている。新国立劇場初登場。



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