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『椿姫』指揮 フランチェスコ・ランツィロッタ インタビュー

フランチェスコ・ランツィロッタ

パリ社交界の華ヴィオレッタの愛と哀しみの運命を描くヴェルディの傑作『椿姫』。

5月の公演で指揮するのは、イタリア各地の名門歌劇場で大活躍中のフランチェスコ・ランツィロッタ。

作曲家兼指揮者として鋭い視点で作品に挑むマエストロに、

自身のこれまでの活動について、そして『椿姫』についてうかがった。

クラブ・ジ・アトレ誌3月号より

インタビュアー◎ 井内美香(音楽ライター)



『椿姫』は甘美なオペラではなくとても強烈な作品です



―音楽との出会いについて教えてください。プロの音楽家になったきっかけは何だったのでしょう。



ランツィロッタ 私は6歳の時にチェロを習い始めました。父親がローマのRAI交響楽団のチェロ奏者だったので、父の真似をしたかったのです。13歳になった時、チェロからピアノに変わりました。将来作曲家になりたいという夢ができて、それならピアノを勉強しようということになったのです。17歳から音楽院の作曲科で学び始め、21歳頃からは指揮の勉強も加わりました。指揮を始めた理由は、自分の書いた曲を演奏するためです(笑)。



―確かに作品を誰よりもよく知っているでしょうから、それは賢い選択ですね!



ランツィロッタ 演奏される機会も増えるかもしれませんし(笑)。作曲は今でも私の大きな情熱です。これまでに作曲した作品はクラシック音楽にとどまらず、ポップス、映画のサウンド・トラック、そしてバレエ音楽も書いています。あらゆる音楽ジャンルに興味があるのです。



―学生時代にはピアノ・バーで演奏したりロック・バンドを組んだりされていたとか?



ランツィロッタ クラシックの勉強のかたわら、ロック、ポップス、ジャズなどの音楽を演奏していました。夜はホテルのピアノ・バーでピアノを弾き、それだけでなくリズム&ブルースのグループやビッグ・バンドなどでも活動していて、ローマ以外の都市で演奏することもありました。あの頃、クラシック以外のジャンルを経験したことは今の活動にも役立っています。クラシックの世界は、プロになる前に長年のアカデミックな勉強が必要なこともあって、どうしても完璧主義になってしまいがちです。一方、軽音楽のジャンルでは音楽との関係にそれほどのストレスがなく、お客さんの前で演奏する時には、完璧であることを求めて苦しむより、音楽を共にする喜びの方が勝るのです。これはクラシック音楽を演奏する時にも大事なことだと思います。



―以前、マエストロが指揮をしたベッリーニのオペラ『ノルマ』を聴いて、場面によって様々に変化する音色に驚きました。オペラを指揮する時の表現で特に気をつけていることはありますか?



ランツィロッタ オペラの作曲には、想像するよりも複雑な制作の過程があります。ロッシーニ、ベッリーニ、ドニゼッティ、そしてヴェルディも中期までは影響を受けている、いわゆるベルカント時代のオペラにおいて、オーケストラはともすると単なる伴奏をしているだけと思われがちです。ところが実際には、当時の慣習として、フレーズの抑揚の付け方が楽譜に書かれていないだけなのです。どう演奏するかを知るためには、和声の移り変わりや、テキストがフレーズにどう関わっているかを理解する必要があります。それが分かれば演奏は様々な音色で表現される、魂を持ったものになります。楽譜に書いてなくとも、言葉と音楽の関係を突き詰めれば間違えようがありません。ただ、実際の演奏の時には、私一人の考えではなく、歌手やオーケストラのメンバーたちがその時に感じたものを表現することが大切だと思います。東京フィルハーモニー交響楽団のメンバーは音楽家として優れているので、今回も共演が楽しみです。



―『椿姫』はなぜこのように世界中で愛され、上演され続けているのだと思いますか?



ランツィロッタ これまで『椿姫』は何度も指揮をしてきました。歌手の皆さんと共有しようと努力していることは、台本作家とヴェルディが何を意図してこのオペラを作ったかを一緒に考えることです。登場人物についてよく知り、全体の構成や歌とオーケストラのバランスを知れば、演奏のアプローチも見えてきます。私は、『椿姫』は感傷的に演奏する必要はないと思っています。その反対に、この物語はヴィオレッタの残酷な死へまっすぐ進む道のように感じるのです。『椿姫』は甘美なオペラではなく、とても強烈な作品です。どう解釈するかの鍵は、第2幕前半のヴィオレッタとジェルモンの二重唱にあります。約20分にも及ぶ2人のやり取りは、演劇的に大変優れており、彼女に死をもたらす残酷さの正体を描いてい る名場面だと思います。



『椿姫』を指揮するたびに新しい発見があります



―演奏する時に気をつけていることはありますか?



ランツィロッタ あまりにも人気がある作品なので、慣例的な演奏で本当のメッセージがゆがめられる場合があると思います。例えば第2幕のフローラの夜会の場面でアルフレードがドゥフォール男爵とカードで勝負している時に、ヴィオレッタが「なぜ来てしまったのかしら、軽率だったわ。神よどうかご慈悲を」と歌いますが、ここでソプラノの歌を強調するためにテンポが急に遅くなることが多いのです。緊迫した雰囲気を壊さないためにも注意が必要です。



―第2幕は幕終わりのコンチェルタートも重要ですね?



ランツィロッタ 音楽的にはヴェルディが書いた中で最も美しいコンチェルタートのひとつだと思います。ドラマとしてもここは、ヴィオレッタに何が起こったのかを全員が理解する重要な場面です。単なるカップルの別れ話ではなく、アルフレードの侮辱がヴィオレッタに決定的なトラウマを与えてしまったことを皆が目の当たりにします。そしてそこで起こったことがこのオペラの結末を導くのです。



2022年公演より

―『椿姫』を指揮することは、ランツィロッタさんにとって大きな挑戦なのでしょうか?



ランツィロッタ 挑戦というよりは、毎回、何か新しい発見があるオペラと感じています。共演者によっても変わってきますし。今回のキャストは全員初めての方ばかりですから、楽しみにしています。



―ところでご自分をどのような性格だと思いますか?



ランツィロッタ それは難しい質問です(笑)。まず、外から見ると穏やかな性格に見えるのではと思うのですが、内面はかなりややこしい部分を抱えています。年齢と共に穏やかさに到達しつつはありますが。常に刺激を必要としていて、子どもの時から好奇心の塊でした。音楽に関してもクラシック音楽だけでなく、あらゆるジャンルの音楽を知りたいのです。指揮も古典的なレパートリーだけでなく、現代音楽、現代オペラも好んで指揮をします。



―音楽以外の時間には何をしていることが多いですか?



ランツィロッタ 家族と過ごすことが一番の優先順位です。とてもイタリア的かもしれません。まだ幼い娘が2人いるので、何よりも父親としての役割を優先させていますし、それが大きな喜びでもあります。娘たちが学校に行っている時間は、庭にある大きな畑の手入れをします。それから犬たちの世話、そしてできるだけ長く妻との時間を過ごすことです。仕事柄旅が多いので、それ以外の時は家族が最も大切ですね。



―お話ありがとうございました。最後にお客様へメッセージをお願いします。



ランツィロッタ 『椿姫』を初めて観る方はもちろん、もうすでにご存じの方も初めてこのオペラと出会うかのように、ヴェルディが皆さんのために書いた音楽の中にあるたくさんの素晴らしさを発見してほしいです。私はそのために自分のベストを尽くします。



2024年5月 新国立劇場稽古場にて

フランチェスコ・ランツィロッタ Francesco LANZILLOTTA

ローマ出身。近年、イタリアの著名劇場に定期的に客演。2010~14年ヴァルナ歌劇場首席指揮者、14~17年トスカニーニ・フィル音楽監督、17~21年マチェラータ音楽祭音楽監督を務める。トリノ王立歌劇場、フェニーチェ歌劇場、サン・カルロ歌劇場、パレルモ・マッシモ劇場、ローマ歌劇場、フィレンツェ歌劇場、ボローニャ歌劇場、ロッシーニ・オペラフェスティバルなどイタリアの歌劇場をはじめ、ベルリン・ドイツ・オペラ、バイエルン州立歌劇場、ザクセン州立歌劇場、チューリヒ歌劇場、モネ劇場、リヨン歌劇場など国際的に活躍。22年には『清教徒』でウィーン国立歌劇場にデビュー。近年はフランクフルト歌劇場『椿姫』『ウリッセ』、ボリショイ劇場『フィガロの結婚』、トリノ王立歌劇場『ノルマ』などを指揮。20世紀音楽や現代音楽、現代オペラにも注力する。スイス・イタリアーナ管弦楽団、ボルツァーノ・ハイドン管弦楽団、RAI交響楽団、パルマ・トスカニーニ交響楽団、トスカーナ管弦楽団、ミラノ・ヴェルディ管弦楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、モンペリエ歌劇場管弦楽団などオーケストラへの客演も多い。作曲家としても数々の賞を受賞し、バレエや映画、演劇のための音楽を作曲している。23年にはモネ劇場『Bastarda』の編曲・指揮を手掛け成功を収めた。新国立劇場初登場。



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