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『エウゲニ・オネーギン』オネーギン役ユーリ・ユルチュク インタビュー
チャイコフスキーの傑作オペラ『エウゲニ・オネーギン』のタイトルロールを演じるのは、ユーリ・ユルチュク。
キーウ出身、アメリカでの会社勤務を経て歌手になったというユニークな経歴を持つバリトン歌手だ。
現在はロンドンを拠点に、欧米の歌劇場で活躍中。今回が初来日となる。
これまでの歩みについて、そして『エウゲニ・オネーギン』の魅力について、大いに語る。
クラブ・ジ・アトレ誌10月号より
チャイコフスキーの音楽は雄弁 まるで目の前の本人と対話するよう
―新国立劇場には2021年4月『イオランタ』にご出演いただく予定でしたが、コロナ禍で来日が叶わず、今回ついに初登場となります。これまで日本で歌ったことはありますか?
ユルチュク いいえ、日本へ行くのは初めてです! 2021年の公演はとても楽しみにしていただけに残念でした。年明けの日本行きは何が何でも実現したいです!
―ユルチュクさんは経済学や統計学の学位をお持ちで、8年間会社勤めもされていたとか。プロの歌手になろうと思われたきっかけは? 子どものころから夢をお持ちだったのですか?
ユルチュク 裕福でなかった家庭で育った私には、芸術を本格的に学ぶ経済的余裕はありませんでしたが、音楽、特に歌は幼い頃から好きでした。祖父が歌好きで、家族が集まると民謡をよく歌ってくれて。その影響でしょうか、音楽を学んでみたいという気持ちは小さい頃からありました。それで大学卒業後に就職して働きながら、夜間の音楽学校へ通いました。でもその時の厳しい年配の女性の先生には「あなたの声は歌には向かない」と言われたんですよ(笑)。
本格的に歌を始めたのはアメリカに渡ってからです。シカゴのデポール大学音楽学校で、声楽をマーク・エンブリー先生に学びました。最初はなかなか思うようにいかず......初めて取り組んだ大きな曲がラフマニノフのオペラ『アレコ』のアリアだったのですが、上手に歌えなくて。でも2年ほど過ぎたころ、何となく、できるかもしれない、と思えるようになりました。
最初のオペラ出演は大学在学中、学生の演出による『ラ・ボエーム』でした。その後さまざまな演目を経験していく中で、歌こそが自分の生きていく道だと確信しました。
音楽は、数学に通じるところがあります。セオリーがあり、形式があり、数えることも必要。リズムだって数字ですよね。アメリカでは、昼間はファイナンシャル会社で働きながら(忙しいときは1日15時間以上働きました!)声楽を学び続けましたが、身につけた経済や統計の学問、それを生かした仕事の経験などは、すべて音楽の勉強に役立ったと思っています。
―そして現在はロンドンを拠点に活動なさっているのですね。ロンドンへ移ったのはいつ頃ですか?
ユルチュク 2014、5年頃です。ロイヤルオペラの若者のためのプログラムに入り、2年間活動したのですが、その間の生活でロンドンの町がとても好きになりました。友人もたくさんできました。ロンドンを拠点にすると、ヨーロッパの各地やアメリカにも行きやすいですし。ロンドンは、私にとって大事なホームタウンとなりました。
― これまでに出演した作品で思い出深いものは何でしょう?
ユルチュク うーん、難しい質問です。すべての作品に思い入れがあります。でも私にとって最初の出演作となった『ラ・ボエーム』には大切な思い出がありますね。プッチーニは私が最も好きな作曲家のひとりで、彼のオペラにいつも大きな喜びを感じます。もちろん、チャイコフスキーも好きです! チャイコフスキーの音楽に触れ、考え抜かれたメロディやオーケストレーションを感じるとき、やはり特別な作曲家だと実感します。最近はヴェルディの作品にかかわることも増えました。例えば『仮面舞踏会』ですが、美しい音楽、そしてチャイコフスキー同様"バリトンのために作られた音楽"はとてもやりがいのある作品です。
―チャイコフスキーについておうかがいします。彼のオペラの素晴らしさとは?
ユルチュク どの作品をとっても、チャイコフスキーの才能がぎっしり詰まっています。美しいメロディはもちろん、彼の音楽は、私たちの魂にとても近い。チャイコフスキーはもうずっと前に亡くなっているのに、彼の音楽は現代人の我々に多くのことを語りかけ、それがまっすぐ心に伝わってきます。まるで目の前にいるチャイコフスキーと対話をしているかのように。
―オペラ『エウゲニ・オネーギン』はどうでしょう?
ユルチュク 大好きな作品です! 主役にバリトンを"抜擢"してくれていますから! 我々バリトン歌手にとって宝物のような作品です。チャイコフスキーならではの美しいハーモニーがあちこちに散りばめられていて、それにストーリーが面白い。主人公を演じるときに大切なのは"アーチのかけ方"です。つまり、最初と最後の主人公の変化の結び方、"括り方"です。オネーギンのタチヤーナへの思いの変化もこの作品の軸ですが、私はさらに、彼のレンスキーへの思いもとても大事だと思うのです。結局彼は親友の命を奪うことになってしまうわけですが、どうしてこうなってしまったのか、どんな思いがそこにあったのか、その心の機微も表現したいと思います。
オネーギンはネガティブな主人公 でも愛さずにはいられない
―オネーギンを最初に演じたのはいつでしたか?
ユルチュク ロイヤルオペラで、確か2016年だったと思います。先ほど話した若者のためのプログラムの一環で舞台に立ちました。
―オネーギンという人物は、ユルチュクさんにとってどのような存在ですか?
ユルチュク オネーギンは、ネガティブな主人公です。彼は決闘で友の命を奪い、友人もいない、けんか腰だし、仲直りの仕方も知らない、タチヤーナへのつれない態度......でもそれを彼は正しいと思っている。望ましくない数々の行いを、若さのせいか、感情の赴くままに行動してしまいます。それを舞台上では「自分は正しい」という思いで演じなければなりません。
18歳のオネーギンには、まだまだ見聞すべきことが多い。世界は広いですから。なのに狭い世間に結局こだわり、いろいろな人を傷つけてしまう。でも、私たちはオネーギンを愛さずにはいられません。そこがプーシキンの、そしてチャイコフスキーの見事なところです。そんなネガティブな人物を堂々たる主役に据えるのですから。
オネーギンは最後に、グレーミンの妻となった裕福なタチヤーナに再会します。そこで彼は、やがて自分の感情に流され、「君は僕のものだ」と最後に訴えます。
このシーンには2通りの解釈があります。ひとつは、オネーギンがタチヤーナに恋焦がれるわけではなく、裕福になったタチヤーナを手に入れたくなった。つまり嫉妬ですね。人生の目的も見つけられない、ふさぎの虫にとりつかれ孤独に支配されている彼の目の前に、かつて拒んだ女性が女王のように変貌して現れた。何が何でも彼女を手に入れたくなるエゴイズムです。
そしてもうひとつの見方が、彼女への思慕に気づき、それを何とか伝えようとする純粋な必死さです。タチヤーナこそ、自分の喜びとなる唯一の、そして最後のチャンスだと理解し、その思いのたけをぶつけるのです。
オネーギンは、私にとって「学習できる役柄」です。正しくない行いを正しく演じることで、学べることが多い。ほかの役作りにもとても生かせる、そんな演目です。
―最後に、日本の聴衆にメッセージをお願いします。
ユルチュク 日本の皆様にお目にかかれることは、私にとって大きな喜びです。オネーギンの世界を、色彩豊かに、心をこめて物語りたいと思います。皆様に会えることを楽しみにしています!
ユーリ・ユルチュク Yuriy YURCHUK
キーウ出身。シカゴのデポール大学音楽学校で声楽を学ぶ。2013年『ラ・ボエーム』 マルチェッロでデビュー。2014年から16年まで英国ロイヤルオペラのジェット・パー カー・プログラムに在籍し『トスカ』アンジェロッティ、『椿姫』ドゥフォール男爵、『ラ・ボエーム』マルチェッロなどに出演。北アイルランドオペラ、チューリヒ歌劇場、オペラ・ノース『ラ・ボエーム』マルチェッロ、チェルシー・オペラ『アンドレア・シェニエ』ジェラール、ウクライナ国立歌劇場『エウゲニ・オネーギン』タイトルロール、チューリヒ歌劇場『マノン・レスコー』レスコー、シカゴ・リリック・オペラ『ファルスタッフ』フォード、ウェックスフォード・オペラ・フェスティバル『マルゲリータ』ロドルフォ伯爵などにも出演。2022/2023シーズンは北アイルランドオペラ『椿姫』ジェルモン、モネ劇場『エウゲニ・オネーギン』タイトルロールに出演。経済学、会計学の学位も持つ。新国立劇場初登場。
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