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オペラ『修道女アンジェリカ/子どもと魔法』コンセプト説明(修道女アンジェリカ)レポート

2023/2024シーズン開幕公演『修道女アンジェリカ/子どもと魔法』に向け、『子どもと魔法』に続き『修道女アンジェリカ』のリハーサルも始まりました。リハーサル冒頭の粟國淳さんによる演出コンセプト説明の様子をレポートします。

演出:粟國 淳によるコンセプト説明風景

"とても密度の濃い作業になります"(指揮:沼尻竜典)

リハーサル室では、集まったソリスト、女声合唱の顔合わせに続き、指揮の沼尻竜典さんが「"一晩で二度おいしい"ダブルビルですけれど、『修道女アンジェリカ』と『子どもと魔法』はそれぞれがものすごく濃い特徴を持っています。それぞれが箱庭、あるいは鉄道模型のジオラマのように完成された、そんな世界をふたつ作るということになるので、とても密度の濃い作業になります」とあいさつ。

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コンセプト説明を聞く出演者たち

続いて粟國淳さんから演出コンセプトの説明がありました。

修道院の世界は、一見すると皆同じような服を着ていて、それぞれの人格は分からない、どんな歴史を持っているのか分からない。それでもやはり"個"が必要だと考えています。実際衣裳を着ると見分けもつかなくなってしまうのですが、その中で自分を表現することになります。

演出:粟國 淳

修道女はキリストと結婚していて、一日十何時間もお祈りをしている。お祈り以外の時間は日常的な仕事をする。刺繡をしたり、印刷が一般的になる前の時代ならば聖書を全部手書きで書いたりして、すべてを神様への祈り、マリア様へ捧げる日々を過ごしていた。プッチーニは見事に、初めの「ティーントーン」の鐘の音から、すぐに修道院の日常のイメージが沸く曲を書いた。けれど面白いのは、幕が開くともう誰か遅刻して来る。「そんな人がいるんだ」ということをぽんと入れるという、これがやはりプッチーニのうまさだなと思います。主役のアンジェリカもちょっと遅れて来る。ちょっとした謝罪のし方によっても、アンジェリカはやはりルールを守る人だということが分かります。

横田あつみによる『修道女アンジェリカ』美術プラン

平和な空間だと思ったら、罰のシーンから始まる。3ページ、4ページくらいからはもう「お祈りしなさい!」なんて叱られます。ただ漠然とした修道女の話じゃない、人間らしい性格があるということが観客に伝わります。入ったばかりの修道女には、「こうしなさい」「こういうルールです」という話がある。修道女の間でも、宗教で真っ白な世界なのだけれどルールがある。そして、作品がだんだん開いていくと、どこか人間はルールに閉じ込められているのだなということが分かる。人間は何なのかちょっと考えさせるテーマに入っていきますよね。「自分が何か求めたいという夢をもつのは、そんなにいけないことなんですか」「そうね、私達は一切願いを持ってはいけないのよね、それは許されないのよね」と。

そこをジェノヴィエッファが一気に変えてくれる。「羊がかわいかったな」と。みんなそれぞれ家族があって、仕事もあって、時代が時代だから本当に神に仕えたくて来たのか、アンジェリカのように事情があって来たのかもしれないという、それぞれの背景もあることが分かる。人間らしさ、弱さも見せて来る。観客は段階を追って見ている。「そうだよね、それくらいの欲もあるよね、見てみたいよね」と思い始めたところで、公爵夫人が登場する訳です。

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『修道女アンジェリカ』立稽古風景

僕の知っていたある修道女は葉巻を吸っていました。友達のローマのアパートメントに修道女たちが住んでいたのですが、ある修道女が、遊びに来るとコーヒーを飲んで、ちょっとグラッパでも入れようと言うと「いいわね」なんて言って入れるし、葉巻を吸ったりもする。驚きましたが、修道女になる前はトラックの運転手をやっていたんだそうです。80年代のことだから、70年代のイタリアで、女性でトラックを運転してたんですよね。当時のイタリアで相当珍しかっただろうなと思う。小学校や中学校のシスターは怖くて、すぐに「静かにしなさい!Silenzio, bambini!」なんて怒られたので、そのイメージと随分違いました。修道女もひとりひとり名前も歴史もあって、性格がある訳です。
アンジェリカの描き方もすごいですね。一番ルールを守っている修道女だと思ったら、実は彼女が一番大きな秘密を抱えていた。でも、彼女がしたことって犯罪ですか?人を好きになって、けれど彼女のその社会では許された結婚ではなかった。貴族だからだめだったのか、例えば(『愛の妙薬』の)ネモリーノのようなあり得ない相手と結婚をしようとしたのかは分かりません。ましてや子供ができちゃった。そして子どもも死んでしまったことから、最終的に、子どものところに行ってしまう。

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『修道女アンジェリカ』立稽古風景

公爵夫人も同じです。厳しく見えているけれど本当にそうなのか。彼女にそこまでさせるものは何なのか。ここで出てくるのは公爵夫人ではなくて公爵でもいいはずですが、公爵はいない。公爵夫人の話を聞くと、必死に家を守ってきたというのがよく分かります。1600年代当時の女性がひとりで家を守るのは大変なことです。アンジェリカと妹アンナヴィオラの親まで死んでしまっていますから、公爵夫人は男性のいない家で、自分の選んだ男性とアンジェリカが結婚して家を継いでくれるだろうと思って、愛情をもって育てた。それなのに、彼らが正義と感じている価値観をアンジェリカに裏切られたことは、非常にショックだったのです。それでも、公爵夫人はようやく救いの子が生まれたと思って、大事に育てた。その子が死んでしまったというのは大変な悲劇ですよね。そして、やっとアンナヴィオラが結婚相手を決めてくれた。これで家を守ってくれるという人を見つけた。それはもう、アンジェリカの過去は消さなければいけない。だからすべて放棄しなさいと言う。

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『修道女アンジェリカ』立稽古風景

アンジェリカの方はこの7年間、子どもが育っていることを心の支えに祈りを捧げてきた。永遠に会えないかもしれないけれど、生きていると思うだけで繋がっていると思っていた。アンジェリカは公爵夫人を憎んでいるのかと言うと、そんなことはない。やっぱり会ったら挨拶したいと思った。けれど公爵夫人は一線を越えてしまってはだめで、心を許せば必死で守っている全てが壊れてしまう。それで冷たく手だけ出して、フォーマルに挨拶しなさいと言う。アンジェリカが事実を知って泣き崩れた時も、やっぱり一瞬、公爵夫人も嘆きたい気持ちはあって、本当は抱きしめたかっただろう。けれどそれをやってしまうとまっすぐ立っていられなくなってしまうんですよね。公爵夫人も辛い立場なのです。
こういうところもプッチーニはとてもうまいのですが、こんな場面の後で修道女たちが何も知らずに、「どうでした?」「願いをかなえてくれました?」なんて聞いてきます。残酷なシーンです。

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『修道女アンジェリカ』立ち稽古風景

最終的に、『修道女アンジェリカ』ではいつもこれがテーマになるんですけれど、ここで描かれる"奇蹟"って何だろう。奇蹟は起きたんだろうか。聖母マリアが来てアンジェリカは子どもと出会えたと書いてある。ローマ歌劇場で『修道女アンジェリカ』の再演をするときに、プッチーニが舞台監督に「いつもの通りエキストラにマリア様の格好をさせて頭に電飾付けて、煙でも出して子供が出て来るっていうのをやるんだろ」と不貞腐れた口調で言ったと書いてある葉書のようなものがあるそうです。これは引っかかりますよね。ト書きにこう書いてあるのに、そうじゃないことを考えていたのか。何か違う表現ができないのか、何か可能性を拡げたいと考えたのかもしれない。

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演出:粟國 淳

僕も、アンジェリカはここまでの運命を背負わなければならないのかなと疑問なのです。マリア様はもう少し早く出て来てはだめなのか。泣いているときに「大丈夫よ、そのうちあの世で会うから、ずっとあなたを見守っているわ」なんて言ってくれないのか。 合唱が始まると、初めて男性の声が聞こえる。ということは、聞こえるはずのない声が聞こえるのだから、ここでもう奇蹟が始まっていると思う。まだその時彼女は奇蹟と思っていない。彼女には聞こえていない。すべてが終わった時、一番音楽が小さくなった時に気付く。ということは、プッチーニもそこまでは、奇蹟を見せたくないのではないかと。 アンジェリカは薬草を使うことができます。ということは、薬で幻覚を見るということもあり得る。となると、奇蹟が起きた、起きなかった、どちらにしても、アンジェリカにしか見えないものだったと思う。本人が見てそれを奇蹟と言うなら、それが奇蹟。彼女がやっぱりそれで子どもと出会えたと言って、幸せに、笑顔で亡くなるのだったら、それが奇蹟。彼女だけが何かを見たら奇蹟かなと考えています。

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演出:粟國 淳

『子どもと魔法』とは別々に考えて作っていますが、実はひとつ、"自由"というテーマは共通しています。最初に子どもが「自由でいたい」という。魔法が起きることで色々な体験をしていくけれど、自由が行き過ぎると自分の行動が何かを生む。人を傷つけることもある。子どもだからそれを知らない。子どもは間違いながら成長していく。ラヴェルは第一次大戦のドイツとの闘いの中で、40歳でトラックを運転する任務に就いた。弾薬を運ぶから、爆撃も経験し、色々な物を見た。『子どもと魔法』は、ファンタジーの世界ですねと言い切れない部分があります。悪い子と言われていた子が、リスを助けることで、「この子は優しい子なんだ」「だったらお母さんのところに戻してやろうよ」と言われる。やはり子どもというものに対して、周囲も最終的には希望を感じるのです。さあどうやってママの元に戻れるのかな、アモーレというテーマに戻るかな。
二つの作品は完全にリンクしている訳ではないのですが、観ているお客様にも最後にはそのリンクを感じてもらえるかなと思っています。


2023/2024シーズン開幕公演『修道女アンジェリカ/子どもと魔法』は、10月1日(日)に開幕します。ダブルビルならではのコントラスト、洒脱で豊かな時間をどうぞご堪能ください。