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『修道女アンジェリカ』アンジェリカ役 キアーラ・イゾットンインタビュー

キアーラ・イゾットンChiara Isotton
キアーラ・イゾットン




2023/2024シーズンのオペラのオープニングを飾るのは、 「母と子の愛」がテーマのダブルビル『修道女アンジェリカ/子どもと魔法』。 プッチーニ『修道女アンジェリカ』で、主人公アンジェリカを演じるのは、キアーラ・イゾットン。 2021年1月、『トスカ』のタイトルロールで新国立劇場に初登場した歌姫が、2年半ぶりにオペラパレスに帰ってくる。 ミラノ・スカラ座、メトロポリタン歌劇場など名門歌劇場で大活躍中の彼女が、『修道女アンジェリカ』の魅力について語る。





インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)

(ジ・アトレ誌2023年9月号より)



『修道女アンジェリカ』の音楽は信じられないほど美しい


-2021年1月に『トスカ』の題名役で素晴らしい歌唱を聴かせてくださいました。コロナ禍で渡航が困難な中、年末に来日して隔離期間を経た後でのご出演は、さぞ大変だったと思いますが......。



新国立劇場『トスカ』(2021年1月)より



イゾットン いいえ、まったく問題ありませんでした。音楽をすることの喜びが、すべての困難を忘れさせてくれましたから。あの時はお客様の熱意をひしひしと感じて、自分は本当に幸せな人間だと思いました。皆さんから受け取った感動は忘れられません。



-そう言っていただいて安堵しました。ただでさえオペラ歌手はご苦労が多い仕事のように思えるものですから。



イゾットン 確かにオペラ歌手の生活は大変なことも多いです。でも私が思うに、それは物事の見方によるのではないかと。様々な土地を旅して、新しい人と出会うのは糧になる経験ですし、オペラは仕事だけでなく、私が情熱を傾ける対象でもあります。もちろん旅行は疲れることも多いですし、家から遠く離れた暮らしも大変です。でも舞台に立つ喜び、新しい国や人を知る喜びはそれ以上に大きいのです。



-10月には新国立劇場のシーズン開幕公演で、ダブルビルのひとつであるプッチーニ『修道女アンジェリカ』に主演されます。この演目への想いを教えてください。



イゾットン 『修道女アンジェリカ』は大好きな作品のひとつです。このオペラは「母性」という、女性ならばいつかは考える題材を扱っています。音楽にはプッチーニの天才ぶりが遺憾なく発揮されており、ヒロインの心の内面を感動的に描いています。よく考えてみると、アンジェリカの生きた人生は本当に残酷なものでした。でも、人間の最も深い思いに声を与えることができるのは幸せなことです。このオペラの音楽は信じられないほど美しいのですから。主人公アンジェリカは修道女であり、カトリック信仰という枠組みの中で信心についての問いかけがありますが、私がこのオペラに衝撃を受けるのは、アンジェリカと聖母マリアが、二人の母親として描かれているように思えることです。アンジェリカはカトリックの信仰を持っていますが、オペラの最後のあの瞬間は、一人の女性がもう一人の女性に訴えかけているのではないかと思うのです。この作品を日本で歌えることが嬉しいですし、どのような演出なのかも早く知りたいです。



-粟國淳さんはとても細やかな感性を持っている演出家です。きっと素晴らしい舞台になるのではと思います。



イゾットン それは良かったです。粟國さんや日本の歌手の皆さんにお会いして、一緒に舞台に取り組むのが待ちきれないです!



-『修道女アンジェリカ』のクライマックスは最後だと思いますが、その前にあるアンジェリカと彼女の叔母にあたる公爵夫人との二重唱も迫力があり、聴きごたえたっぷりです。公爵夫人役のマリアンナ・ピッツォラートさん(※)と共演したことはありますか



イゾットン いえ、まだ一緒に歌ったことはないです。素晴らしいアーティストだと存じ上げていますし、共演できるのが楽しみです。



お客様の前で演じるとき 一番大切なのは、誠実さ


-経歴を拝見すると、プロとしてのデビューが『トスカ』のトスカ役です。日本でもこれまでに『トスカ』や『ラ・ボエーム』を歌っていらっしゃいます。まだ若いのにプッチーニを得意とされているイゾットンさんにお聞きしますが、プッチーニを歌うために必要な要素は何だと思いますか?



イゾットン それは難しい質問ですね。まず、この種のレパートリーに合った声を持っていることは重要です。適した音色と声の厚みがあるかどうか。そしてそれ以上に大切なのが、声を前に飛ばすテクニックです。それは矢を射るような感じとでもいいましょうか、音を正しく送り出す技術なのです。これはプッチーニに限ったことではありませんが、編成の大きいオーケストラを超えて声を客席へ届かせるには正しい発声が必要です。そのためには、正しく発音し、テキストをしっかり話すことが重要です。なぜならプッチーニのような一流の作曲家の場合、楽譜の指示を忠実に再現すれば、それが声を前に飛ばすことにつながり、それだけで、もう仕事を半分くらい成し遂げたことになるからです。しっかりアクセントをつけて音を前に放ち、正しいイントネーションで発音すれば声は正しく届きます。そうすれば、観客がイタリア語を分からなくても、様々なニュアンスを感じ取ることができるのです。



-オーケストラに負けない声量も必要ではないですか?



イゾットン 負けないというよりも、声をオーケストラに運ばせる技術ですね。オーケストラを越えようと必死になるとかえって失敗してしまいます。反対にオーケストラに声を支えて持ち上げてもらえば、それが素晴らしい結果につながります。これがイタリアのベルカントという歌唱技術です。ドニゼッティやベッリーニのオペラを歌うのに必要なテクニックで、それより後の時代のプッチーニの歌唱スタイルはまた違うのですが、息を使って声を前に飛ばすという基本は同じです。プッチーニは魔術師のように巧みな作曲家ですから、声に危険な書き方は絶対しません。楽器の使い方もよく考えられていて、ドラマチックな場面では金管楽器や木管楽器が使われてオーケストラの音に厚みがありますが、そのような部分では声も高い音域で書かれています。高音はよく響いて声が通りやすいですから。一方、デリケートな表現が必要な場面では弦楽器が中心となって、絨毯のように声を支えてくれるのです。



-プッチーニのオペラでは感情表現も重要だと思います。その点はいかがでしょう?



イゾットン 確かにプッチーニには、とても強い感情表現があります。私が思うに、演者にとって難しいのはまず、頭を冷静な状態に保つこと。音楽的に集中する必要があるからです。でも同時に、感情的になることを自分自身に許し、その感情を観客に伝えていかねばなりません。私はまず、音楽面を徹底的に勉強して、歌を身体にしっかりと習得させます。本番では何も考えなくても自動的に歌えてしまうレベルに持っていくようにしています。舞台で人物を演じている時に、「ああ、ここで高音を出さなくては」「ここは息継ぎが難しい」などと考えなくてすむようにするためです。そうして感情面では主人公になりきるのです。その時には、私自身の個性もそこに織り込むようにしています。お客様を前にして演じる時に一番大切なのは、誠実さ。私自身がそのような状況に置かれたら?ということを考えて、役柄を生きるのです。



-最近は、ミラノ・スカラ座やニューヨークのメトロポリタン歌劇場など、世界の歌劇場で次々と主役を歌われています。劇場は、国によってそれぞれ違う個性を持っているものですか?



イゾットン 世界中のどこに行っても、劇場に集う人たちが音楽を愛しているのは同じです。もちろん国や都市の個性が、劇場にも観客にも反映している部分はあると思いますが。その意味では、日本の観客の素晴らしさは世界に類が無いですね。私たちアーティストに対する大きなリスペクト、そして愛情を感じます。訪日を重ねる度に、私の中には新しいエネルギーが充電され、自分が成長するように思うのです。『修道女アンジェリカ』で、皆様に再会できるのはもうすぐです。音楽を通じて感動を分かち合えることを願っています。





※本公演で公爵夫人役への出演を予定していたマリアンナ・ピッツォラートは本人の都合により降板することとなりました。代わりまして齊藤純子が出演いたします。詳細はこちら

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