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オペラ『修道女アンジェリカ/子どもと魔法』リハーサル開始・演出コンセプト説明(子どもと魔法)レポート
2023/2024シーズン開幕公演『修道女アンジェリカ/子どもと魔法』リハーサルが始まりました。稽古初日の演出コンセプト説明の様子の一部をレポートします。
2023/2024シーズンは、大野和士芸術監督の柱のひとつ、ダブルビル(2本立て)シリーズの第3弾『修道女アンジェリカ/子どもと魔法』で開幕します。
リハーサル初日は『子どもと魔法』出演者とスタッフが集まり、演出の粟國淳さんの演出コンセプト説明を受け、立稽古を開始しました。
冒頭に指揮の沼尻竜典さんから挨拶がありました。
とにかくこのラヴェルの音楽がカラフルで素晴らしい。管弦楽曲のあそこと一緒だ、なんていう所がいくつも出てきて、そのたびにファンは萌えますよね。それに猫の歌など魅力的な歌と合体して、さらに魅力が倍増します。
この『子どもと魔法』と『修道女アンジェリカ』とは組み合わせの意外性があるなと思いましたけれども、私も楽しみにしています。
粟國淳さんからのコンセプト説明も、一同うんうん、と笑いが続出する和やかな空気でした。
先ほどマエストロとも話していたんですけれども『子どもと魔法』は"オペラ"とは言いにくいですよね。『アンジェリカ』のような考え方で作ろうとすると辻褄があわなくなってしまう。ラヴェルもオペラと呼ばず"ファンタジー・リリック"と呼んだのですから、新しいものにチャレンジするつもりでやりたいと思います。
この作品を考えると、やはり"時代"というものがあるかなと思います。『子どもと魔法』は1925年に初演されている訳ですが、ヨーロッパでは、1914年~18年の第一次世界大戦はかなり辛い経験だったのです。初めての近代の戦争で、戦車はある、飛行機はある、それまでの戦い方と違う。ラヴェルもお母さんを亡くして、戦争を経験して、40歳くらいで軍隊に入る。やはりそこまで、フランスを守らなければと思ったんでしょうね。彼の地位だったらもっと楽な仕事があったでしょうに、運転手として弾薬を運ぶ任務に就いた。悲惨なものを見る壮絶な経験をしたのです。そう考えると、このファンタジーは最後には救われる話で、「おとぎ話ですよ」といえばそうなのですが、一人一人のキャラクターを考えると少しグロテスクなところもある。
"時代"かなというのは、『ピノキオ』の話にも似ていると思うんです。ピノキオも周りからこうしちゃいけない、こうしなさいと言われて、自分で失敗を経験して怖い目にもあって、最終的にやっと人間になれる。悲しい体験をしたりして人間ができていく、ちょっとこれに似ているかなと思います。
全部そういうテーマを入れ込んでいる訳ではないのですが、この名前もない"子ども"、そしてラヴェルのいう「腰から下しか見えない」巨大な"お母さん"、このお母さんも、抽象的なシンボルです。子どもは最初、「宿題したくない、散歩行きたい、あれもしたい、これもしたい」、つまり「とにかく自由でいたい」「なんで自由に生きたらだめなの」という気持ちでいる。自由でいられるってどういうことなのか。問題になるのは、境界線はどこまでなのかということ。どこまで自分の自由なのか。線を越えたら相手の自由を奪うことになりますよね。同じ空間の中でお互い生きていかないといけないのです。大人にならないと気づかないこともあって、時を重ねていくと、すべての行動が誰かに影響していく、何かに影響していくということが分かる。それがちょっとしたことならいいかもしれないけれど、大きなことに繋がることもある。
彼はただ、やんちゃをやって実は寝てしまって夢を見ただけかもしれないし、本当にそういうものを体験したのかもしれない。ここではメタファーとして、彼がその後成長し、18歳か20歳で家を出て、色々経験をして、痛い目にもあったり、初恋の人を泣かせたりすることもあるかもしれない、そして最終的にお母さんのところに戻って来る、ということにしたいと考えました。
舞台はラヴェルの"オペラではない"世界観を基本にします。踊りも、モンテカルロでの世界初演ではバランシンが振付をやっている訳だし、やっぱり必要かなと。オペラの旋律は普通、言葉にどういう音符をつけるのか、言葉が生きるようにということを考えるだろうけれど、この作品は全然違いますよね。メロディに焦点があたっている気がする。ロジックを超えたところもある。その不思議な世界観を出したい。踊りならできてしまうこともある。
ト書きに書いてあることを世界初演ではどうやったのだろうと思うほど難しいのですが、今回は映像を使えるので、映像で発展させていく部分があります。映像はちょっと昔のストップモーションアニメのような、東ヨーロッパのアニメにあるような感じで、ラヴェルの少し後のような雰囲気で描ければと思って作っています。
結構難しいところが沢山あるので、マエストロや振付の伊藤範子さんと何が可能か探しながらやっていきます。例えば時計やトンボは出て来ますが、猫は――この曲はロッシーニの真似かなとも思うんですけど――ニャーオニャーオとやりながら音楽の完成度も要求するのは大変だと思うので、ダンサーに身体表現として猫のシンボルをやってもらおうという風に考えています。
安楽椅子と肘掛け椅子はそのまま出てきます。子どもは親や親戚、社会みんなに守られている。それがいらなくなるということは解放されるということですよね。彼は昼寝をしたい時にはソファで寝てた。いつも守られていた。それも昔のルイ15世調の安楽椅子と書いてある。ここは音楽も昔のスタイルになっていて、音楽で遊んでいるんだなと分かります。ラヴェルの好きな世界ですね。ここはドラマツルギー的には、子どもの時にはなんだかんだ言ってみんなに守られているよね、ということを示していると思います。そこに時計、ディンディンと刻む物が出て来る。時を刻まなくなることで、ひっちゃかめっちゃかになる。そこに、時間に間に合わない、時間までにやらなければならない、という表現を重ねていきます。自由と言いながらもそういう物に縛られるしかない社会です。
時計の後は中国茶碗とティーポット、これは分かりやすいですよね。茶碗は中国で、ポットはブラック(ウェッジウッドノワール)と書いてある。色々な文化、価値観が違う相手に出会うことを示します。そしてそれを受け入れなければならない。日本でもヨーロッパでも、実際にこういう問題は起きていて、まだ解決している訳ではない。ラヴェルが書いたのは実は中国語でもないし、リアルではない。ヨーロッパからアジアを見たらこんな妙な感じですが、こちらから見ると「それ中国だから、日本じゃないから」なんて思っちゃう。ウェッジウッドのブラックからそういうテーマが見えてきました。ティーポット達の部分は、色々な文化があって、一緒に世の中で生活しているんだというシーンにしました。
火は「いい子は暖めるけど、悪い子は燃やす」、つまり殺すこともできると言う。炎の怒りのすごいエネルギーが、灰と一緒に踊りだすという発想も面白い。そして楽しくバランスを見つけて収まっていく。殺そうとか燃やそうとか言っているうちに壁が見えて来るんですけれど、壁紙ではなくて絵を破いたことで、居場所を失ってしまうということを描きたい。これにはもちろん戦争のことも関係しています。地震や津波も、アメリカやカナダで起きている山火事も、自然災害ではあるけれど、地球温暖化は人間が起こしているのかもしれない。どこかで人間がアクションを起こした結果、壁紙破いちゃった、そして居場所を失った人がいる。自分の行動が何かに繋がることがあるだろうということを描きます。
絵本のお姫様は、彼(子ども)は本当はこのお姫様のことが好きだったんだと言います。なのに、彼は一生懸命「騎士は?王子は?」なんて言い訳してから「僕が剣を持って助ける」なんて言うけど、もう遅い。もしかすると彼は後で(『椿姫』の)アルフレードのような経験をするのかなと。自分が憧れているお姫様には騎士がいて、トリスタンがいることも分かっていて、だったら自分は...、なんて言っていることで初恋の人を傷つけてしまったのかなと。
もちろんその後の宿題というのは時間と同じで、これから数字に追われていくことを暗示します。これから彼は、数字、数字、数字数字に縛られていく。
そういう所からやっと第2部、自然に入った時、彼は成長したのかなと思います。家の中で守られている訳ではない。自然は美しいといえば美しいし、夜の森は怖い。どう行動するかによって危険にもなる。"自由"のテーマが入っていると思います。ここから、1人では生きていけない、地球上の存在ということを体で感じ始めます。
「お母さん」と言った瞬間に生き物みんなのわーっという攻撃が始まる。ここはピンクフロイドのミュージックビデオのイメージがあるんですけれど、リアルとシンボリズム、野生のバトルを表現したい。彼にとっては社会に大きく攻撃されるということです。社会の中で生きていくというのは大変な訳です。動物たちも正しい側のはずなのに、興奮しすぎて仲間の小さなリスが怪我をしていることも気づかない。これはつまり、戦争と同じですよね。正しい正しいで始まると、下で犠牲になっている人は見えなくなる。もう何のために戦っているのか分からない。逆に周りから「悪魔みたいな子だ」と言われていた子ども、彼だけがそこに飛び込む。一番弱くて力も知識もないはずの子どもが、勇気をもって飛び込む。
彼は、時間に追われるとか、文化が違う人と共にいなければならないというようなことを体験して、成長していく。そういう考えで作っているけれども、例えば羊飼いのシーンを見て、今のあれだなと思うかもしれないし、10年前の何かを思い起こすかもしれない。もっとグローバルなテーマを感じてくれたら、もっとうれしいです。
『修道女アンジェリカ』について少しだけ話すと、最後のテーマが大事だと思っています。あの奇蹟は起きたのか。奇蹟って何か。結局その人が何を感じるかによって奇蹟になる。彼女にしか見えない奇蹟ということにしないと、本当には救われないんじゃないかと考えています。
2つの作品は接点がありつつ、全然違う世界ですけれども、うまく違う世界を描けたらいいなと思っています。
2023/2024シーズン開幕公演『子どもと魔法』は、10月1日(日)に開幕します。舞台の楽しさがあふれる、創意に満ちたオペラをどうぞお楽しみに!
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