オペラ公演関連ニュース
大野和士オペラ芸術監督が語る2023/2024シーズン
開場25周年を経て新国立劇場の新たな時代が始まる2023/2024シーズン。
オペラは、新制作2演目――『修道女アンジェリカ/子どもと魔法』、『シモン・ボッカネグラ』――とレパートリー7演目を上演する。
オペラの醍醐味を堪能する9演目――新シーズンについて大野和士オペラ芸術監督が語る。
インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)
シーズン開幕はダブルビル。テーマは"母と子の愛"
――2023/2024シーズンの演目についてうかがいます。全体についてはいかがでしょう?
大野 英国のオペラ雑誌「Opera Now」やドイツの「Opernwelt」誌で大きな特集が組まれるなど、新国立劇場の存在は近年とみに注目を浴びています。日本人作曲家委嘱シリーズ第一弾の西村朗作曲『紫苑物語』は、インターナショナル・オペラ・アワードにノミネートされました。同時に、レパートリー作品にできるだけ多くの方に来ていただけることも大切ですから、そのバランスをうまくとっていきたいと思っています。
――1作目は新制作で、プッチーニ『修道女アンジェリカ』とラヴェル『子どもと魔法』の2本立て(ダブルビル) です。
大野 ダブルビルのシリーズは毎度テーマを持って作品を選んでいます。今回は"母と子の愛"です。『修道女アンジェリカ』の主人公は未婚の母で、赤子と引き離されて修道院に入りますが、7年後に息子がもう亡くなっていることを知らされて、今度は自分自身が天に召されていきます。その場面でプッチーニは、彼の中でも最も心に沁みる音楽を書いています。一方、ラヴェルの『子どもと魔法』は、子どもがあれも嫌、これも嫌と八つ当たりばかりしていると、自分が乱暴をした物や自然に仕返しをされるのですが、最後に一言「ママン!」と言ったら、それらが消えてしまうんです。ラヴェルらしいウィットに富んだ曲です。
アンジェリカにはプッチーニ歌いとして知られるイゾットン、彼女を苛む公爵夫人役は先ごろ『ファルスタッフ』でクイックリー夫人を歌ったピッツォラートが出演します。『子どもと魔法』の子どもは、この役で世界を席巻しているクロエ・ブリオ。その他の役には日本の実力派歌手たちが出演します。
――指揮は沼尻竜典さん、演出は粟國淳さん。オペラの経験が豊富なお二人への期待は?
大野 期待というより確信ですね。びわ湖ホールの芸術監督を16年間務めてこられた沼尻さんと、私が信頼する演出家の粟國さんは、いつものようにカラフルで、立体的な上演をしてくださると信じています。
ヴェルディ円熟の傑作『シモン・ボッカネグラ』。オペラパレス初上演!
――新シーズンで大きな注目を集めそうなのが、やはり新制作で11月に上演されるヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』 です。新国立劇場がこのオペラを上演するのは初めとのこと。どのような魅力がある作品でしょうか?
大野 『シモン・ボッカネグラ』は、『椿姫』の4年後に初演された作品ですが、後にヴェルディ自身が書き直しをおこない、初演から20年以上経って改訂版が発表されました(今回の上演もこの版による)。それが『オテロ』初演の6年前のことです。ヴェルディの最後の傑作 『オテロ』 と 『ファルスタッフ』の台本を手がけたボーイトが『シモン・ボッカネグラ』台本の改作を担当したのですが、彼のおかげで、ヴェルディが『オテロ』で到達した世界を予感させるドラマチックな内容に仕上がりました。そこに描かれているのは個人の間の愛情の問題だけではなく、彼らが属している貴族社会と平民社会のぶつかり合いです。
音楽的には、第1幕においてアメーリアが実はシモンの娘マリアだと分かる場面の重唱などは、ヴェルディの中でも深い、謎を含んだ構成になっています。登場人物の描き方が紋切り型ではなくそれぞれに重要な役割が与えられていますし、社会的なテーマと人間的なテーマが同時進行していくというダイナミズムがあります。このオペラではオーケストラの書法が発展していて、合唱の規模も大きいので聴き応えがあると思います。
――演出は世界的に知られているピエール・オーディ。フィンランド国立歌劇場やマドリードのテアトロ・レアルとの共同制作ですが、日本で最初に上演されることになります。演出プランはどのようなものでしょうか?
大野 オーディさんからは装置のデザインが送られてきています。現代彫刻家アニッシュ・カプーアが美術を手がけており、火山が下を向いて吊られている意匠の、大がかりなセットになる予定です。
――象徴的な舞台といえそうですね。出演者は?
大野 題名役は今期『リゴレット』に主演しているフロンターリ。加えてルング、ザネッラート、ガンチ、アルベルギーニという一流の方々が揃いました。東京に独り占めしてしまっていいのか!というくらいの、素晴らしいキャストです。
『トリスタンとイゾルデ』、13年ぶり上演!
――新シーズンはこの2作品が新制作となり、残りの7演目は再演です。その中では大野監督がタクトを執る来年3月のワーグナー『トリスタンとイゾルデ』が、新国立劇場での2度目の上演、しかも13年ぶりということで話題です。
大野 世界を取り巻く情勢の影響があり、新制作は2作品となってしまいましたが、『トリスタンとイゾルデ』があることによって新制作3演目に値するくらいの内容になったと思っています。13年ぶりであることに加え、マクヴィカー演出が、光と闇によって愛の喜びと苦悩を表現し尽くした名舞台ですから。
――当時、演出もマエストロの指揮も大評判となり、チケットの入手が困難だったと聞いております。今回の歌手陣は?
大野 バイロイトで歌っているケールのトリスタンと、大スター歌手のヴェストブルックによるイゾルデは白眉でしょう。ヴォータン歌いとして知られるエギルス・シリンスがクルヴェナール役で出演してくれるのも嬉しいです。
――マルケ王のシュヴィングハマー、ブランゲーネの藤村実穂子も加わり、ワーグナー上演としては望みうる最高の布陣と言えそうですね。13年ぶりに新国立劇場で『トリスタンとイゾルデ』を指揮をするにあたって、ご自分の中で変化は感じますか?
大野 新国立劇場よりも前にモネ劇場で『トリスタンとイゾルデ』を指揮していますが、やはり若い頃ですから体力中心で振っていたところはありました。前回の新国立劇場はそれに比べれば落ち着いたという感じでしたが、やはり前半の高揚感を大いに感じて指揮をしていた記憶があります。その時から13年、私も相応に歳を重ね、イゾルデの最後の場面「愛の死」の、音楽の究極の美しさにたどり着くことへのアプローチが、おそらく変化しているのではと思います。
世界が絶賛する歌手・指揮者で堪能するレパートリー演目
――その他のレパートリー演目でも魅力的な指揮者、キャストが揃っていますね。
大野 はい。年末の『こうもり』を指揮するハーンは新進気鋭の指揮者として頭角を現しています。的を射た音楽でワクワクさせてくれる才能の持ち主です。『エウゲニ・オネーギン』を指揮するウリューピンは変わった経歴で、クラリネット奏者から指揮の世界に転身したのです。ソプラノのシウリーナはタチヤーナを歌わせたら世界トップの一人と言われていますし、オネーギンのユルチュクは最近モネ劇場で同役を歌って絶賛されています。
『ドン・パスクワーレ』では、ミケーレ・ペルトゥージが同役で新国立劇場に初登場します。ペルトゥージのドン・パスクワーレ役というのはずっと前から考えていたことです。仕掛け人のマラテスタに上江隼人、エルネストに人気のガテル、女主人公のノリーナにはビーニを配しました。4人のベルカント歌手による素晴らしい公演になると思います。
――『椿姫』はなんといっても、中村恵理さんのヴィオレッタでしょうか?
大野 そうですね。前回に続き中村さんが登場します。ヴィオレッタ、あるいは『蝶々夫人』でも彼女は素晴らしい成功を収めましたので、中村恵理ここにあり、というのを今後とも新国立劇場で披露していただければと思っています。そしてアルフレードがシュッカ、指揮がランツィロッタという強力な布陣です。
――『コジ・ファン・トゥッテ』の指揮は、2020年のブリテン『夏の夜の夢』を指揮した飯森範親さんです。
大野 飯森さんも経験豊富なマエストロです。キャストはガンベローニ、ピーニ、プリエト、オリヴィエーリ、モラーチェと名歌手ばかり。それに加えデスピーナに九嶋香奈枝。九嶋さんは最近、声がとても充実してきていますし、このメンバーの中に入っても引けを取らない、ピ リッと味のある存在になるのでは、と思っています。
――シーズンの最後はプッチーニ『トスカ』です。マダウ=ディアツ演出の豪華なプロダクションですね。
大野 『トスカ』は名匠ベニーニの指揮です。彼は5月の『リゴレット』が新国立劇場への25年ぶりの再登場だったのですが、次がこの『トスカ』になります。トスカ役のエル=コーリーは、レバノン出身でカナダ育ち、オタワ大学で音楽学士号を取得したというユニークな経歴 の持ち主です。美しいトスカを演じてくれると思います。カヴァラドッシには2019年『トゥーランドット』新国立劇場デビューしたイリンカイが出演します。
――どのような時代でも芸術の灯を絶やさない、という気概を感じるラインアップです。
大野 新制作2演目、レパートリー公演が7演目になりましたが、エネルギーとしてそれ以上のものを皆さんに感じていただけることを願って、演目やキャストの構築に取り組んできました。生きるという人間の行為には、生物的に生きるだけでなく、心が生きることが重要で す。人間の感受性には限度がありません。それは磨けば磨くほど豊かになり、空間を満たすのです。感受性は、人間の本性の最も美しい部分のひとつです。私たちも、皆さんの心をより豊かにする、刺激することが芸術の務めだと肝に銘じ、常に心がけたいと思っています。
新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ6月号より抜粋
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