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『ラ・ボエーム』ミミ役 アレッサンドラ・マリアネッリ インタビュー

アレッサンドラ・マリアネッリ


パリのカルチェ・ラタンでクリスマス・イヴに出会った若き詩人ロドルフォとお針子のミミの美しくはかない恋物語『ラ・ボエーム』。

2022/2023シーズンの最後を飾る開場25周年記念公演の舞台でミミを歌うのは、アレッサンドラ・マリアネッリ。

2001年に15歳で鮮烈にデビューし、以来、名指揮者・名歌手たちと共演を重ね、現在イタリアの名門歌劇場をはじめヨーロッパ各地で大活躍中のソプラノだ。

『ラ・ボエーム』は、まずムゼッタを歌ったのち、ミミをレパートリーにしたという。

二つの役を熟知する彼女から見える『ラ・ボエーム』の魅力について、語ってもらった。

インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)





音楽で表現される<言葉> それがオペラ

-マリアネッリさんは15歳というとても若い時にオペラ歌手としてデビューされています。どのようにして音楽に興味を持ち、オペラ歌手になったのですか?



マリアネッリ

 私はトスカーナ州の出身ですが、母方の叔父がアマチュアながら音楽の才能のある人でした。私は、叔父がピアノを弾きながらオペラを歌うのを聴いて育ったのです。祖父もまた大の音楽好きで、たくさんのオペラを空で覚えていました。私自身も幼い頃から歌が大好きで、いつも歌ったり踊ったりしていたのです。そして自分から頼んで、7歳からピアノ、12歳から声楽のレッスンを受け始めました。やがて、オペラ歌手としてイタリアで一流の舞台に立っていたマリア・ビッレーリ先生に師事することになりました。彼女は今でも私のヴォーカル・コーチです。そして、医師だった父が仕事関係の雑誌でたまたま見つけた声楽コンクールに応募したところ高い評価をいただき、15歳からプロの舞台で歌うようになったのです。



-その頃の印象的な公演はありますか?



マリアネッリ

 18歳の時にフィレンツェ歌劇場のヴェルディ『ドン・カルロ』で"天よりの声"を歌ったことは忘れられません。指揮はズービン・メータ。バルバラ・フリットリ、ルネ・パーぺなど、素晴らしいキャストが出演していました。普通は舞台袖から歌う"天よりの声"ですが、メータはオーケストラ・ピットの中で歌わせたのです。マエストロのすぐそばで歌った感激はよく覚えています。



-マリアネッリさんの舞台を拝見して思うのは、言葉を紡いでいく歌唱が素晴らしいですね。オペラの詩句が美しく響き、歌は軽やかで流麗です。これはどのようなテクニックなのでしょうか?



マリアネッリ

 そう言っていただけるのは嬉しいです。私は往年の名歌手たちのような、全ての言葉に意味を持たせる歌い方を信じています。オペラは音楽で表現される〈言葉〉だと思うのです。私が思うに、最も大切なのは発音です。実際は歌っているのに、まるで話しているかのように聴こえるために力を尽くさねばなりません。言葉の明瞭さと音の美しさは両立するはずです。歌の軽やかさと言っていただいたのは、プッチーニを歌うときもベルカントの技法を用いていることが役に立っているのかもしれません。



-演技に関してはどのようなことを心がけていますか?



マリアネッリ

 舞台上では自分自身であることを忘れてしまうくらい人物になりきって演じていますが、それによって台詞に合った様々な音色を生み出すことが可能になると思っています。歌っているとき、私は幸せなのです。私自身が楽譜の中に見つけた感情を、私の歌を聴いている方にもそのまま届けることが理想です。



『ラ・ボエーム』は感情のオペラ だからみんなに愛されるのです



-『ラ・ボエーム』は、まずムゼッタを歌ってから、ミミを歌われるようになったそうですね?



マリアネッリ

 そうなんです。ミミにデビューしたのは2015年、バーリのペトルッツェッリ劇場でした。2018年にはボローニャでも歌っています。ミケーレ・マリオッティ指揮、グラハム・ヴィック演出の、現代に時代を移したプロダクションで素晴らしい公演でした。



-ムゼッタとミミの性格を比べてどう思われますか? 女らしさの違う面を二人が表現しているという見方もあるのではないでしょうか。



マリアネッリ

 ムゼッタとミミの違いは、運命だけだと私は思っています。二人とも人生を愛し、恋に落ち、感情豊かで、意志が強く、何かを掴み取ろうとしている女性です。気の毒なミミは若くして死ぬ運命にあり、ムゼッタにはまだこれから先の人生があります。それ以外は二人にさほど違いはないと思うのです。ミミは恥ずかしがり屋で、ムゼッタは図々しくて華やかという印象があるかもしれません。でも二人とも情熱的に、自分に 正直に生きています。第一幕のロドルフォとの出会いの場面でミミは消極的、とは決して言えないと思います。ムゼッタは贅沢を好んだかもしれませんが、彼女は善良な娘で、それはミミが亡くなる場面で見せる心遣いと寛容さにも表れています。ミミには死の予感があり、だからこそ精一杯愛に生きようとした。『ラ・ボエーム』はまさに感情のオペラで、だからこそみんなに愛されるのです。



-音楽的にミミの聴かせどころはどこでしょう? また、全幕を歌う上で苦労することはありますか?



マリアネッリ

 このオペラは本当に良くできています。第一幕では主人公の男女が出会い、愛の二重唱で幕が終わります。第二幕は舞台美術と大勢の動きが素晴らしいです。この幕はムゼッタが活躍するのでミミは声を休めることができます。最も大変なのは第三幕です。歌う時間が長いので、持久力が必要になります。内容も一番ドラマチックで、私が一番好きな幕でもあります。でも気持ちが入りすぎると危険なのでそこは注意が必要です。第四幕は前半で男性四人のシーンがあるので、また少し休むことができます。そして後半のミミの登場から彼女の死までは、音楽的には短いですが密度がとても濃いです。ミミが亡くなる前に自分の愛の深さを語る場面ですから、ここでは言葉の内容が極めて重要です。



-そしてプッチーニのオーケストラは雄弁ですね。



マリアネッリ

 オーケストラはもう一人の登場人物と言っていいくらい重要です。歌の伴奏であり、それと同時に主役でもあるのです。私はプッチーニを熱愛しています。私は彼と同じトスカーナ出身なので、その分、思い入れも強いのだと思います。



-今回が初来日ですか?



マリアネッリ

 そうなんです。以前、ボローニャ歌劇場日本公演に同行する予定がありましたが、家庭の事情で不可能になってしまいました。今回訪日が決まったら、友人たちや歌手仲間からものすごく羨ましがられて。「一緒に連れていって!」と懇願されるのです(笑)。日本行きを心から楽しみにしています。



-音楽以外になさっている趣味はありますか?



マリアネッリ

 私は好奇心旺盛なので、料理、写真、ダンスなど趣味がたくさんあります。中でも最も情熱を傾けているのは乗馬です。自分の馬を一頭所有しており、馬術競技も始めたので、家にいる時には週四日くらいは馬と過ごしています。スペイン、アンダルシア産の白馬で気が荒いんです。「オルゴーリオ(誇り高き)」という名前の牡馬なんですが、ちょっと私と性格が似ているかもしれません(笑)。乗馬は呼吸の循環や筋肉の使い方が声楽と同じなので、歌のトレーニングにもなっています。



-マリアネッリさんが舞台でしなやかな理由が分かった気がします。最後に、日本の観客へメッセージをお願いします。



マリアネッリ

 ついに東京を、自分の目で見ることができるのがとても嬉しいです。『ラ・ボエーム』のミミを新国立劇場で歌えることに感謝しています。私が歌いながらいつも感じている感動をお伝えできるようベストを尽くします。皆さんにお会いできるのが待ちきれません。


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