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『リゴレット』リゴレット役 ロベルト・フロンターリ インタビュー

ロベルト・フロンターリ

毒舌を吐く宮廷道化師であり、家では娘を溺愛する父親であるリゴレット。

彼にかけられた〝呪い〞は、彼の最愛の娘ジルダの悲劇を引き起こす──

愛、呪い、復讐の物語、ヴェルディの傑作『リゴレット』を新制作!

注目のタイトルロールは、世界的なバリトン、ロベルト・フロンターリ。

各地の名門歌劇場で歌っているリゴレット役を、8年ぶりの登場となるオペラパレスでどのように演じてくれるだろうか。

新制作『リゴレット』に臨む思いについてうかがった。



インタビュアー◎ 井内美香(音楽ライター)

ジ・アトレ誌4月号より



リゴレットの苦悩は人間の苦悩



―新制作『リゴレット』のタイトルロールは、フロンターリさんが歌ってくださると先日発表されました。大変嬉しいです。



フロンターリ 私もまた日本で歌うことができて嬉しいです。東京でのオペラ出演は2015年の新国立劇場『トスカ』以来となります。

新国立劇場『トスカ』(2015年)より



 ―近年リゴレット役をローマ歌劇場やメトロポリタン歌劇場などで歌っていらっしゃいますね。『リゴレット』はいつの時代も人気の演目ですが、それはなぜでしょうか?



フロンターリ  

このオペラの内容がとても現代的だからだと思います。リゴレットの苦悩は人間の苦悩なのです。人間とは弱いものですから、弱さゆえにリゴレットは観客に愛されるのです。オペラの登場人物は歴史上の人々であって、自分からは遠い話だと思う人がいるかもしれませんが、彼らの感情は今日に生きている私たちと同じなのです。そして、それは傑作においては特にそうです。現代社会の諸問題、例えば、女性が男性に権利を奪われて孤立した状態におかれている国がありますが、リゴレットの娘ジルダもそうです。家に閉じ込められて外出もままならない。なぜなら父親がそれを望まないから。女性に対する社会の強制のひとつの形です。それは今日でも起こりうる問題なのです。



 ―『リゴレット』には、時代を現代にした演出が多い理由もそこにあるかもしれないですね。そういうプロダクションで演じるのはお好きですか?



フロンターリ

 台本に対するリスペクトがあって、音楽に反することをしていなければ良いと思います。作品によっては難しい場合もありますが。『リゴレット』のような作品は、登場人物の心理に焦点をあてているため、どのような時代にも移すことができると思うのです。そこに描かれているのは感情ですから。



 ―今回のプロダクションはエミリオ・サージ演出で、伝統的な舞台といえるようです。そういう場合、現代に通用する感情表現を心がけていらっしゃいますか?



フロンターリ

 もちろんそうです。衣裳や演出が舞台に立つ者に影響を与えることはありますが、登場人物の本質は同じですから。サージとはこれまで何度も仕事をしており、彼のことはよく知っています。素晴らしい公演になると思います。もうひとつ嬉しいのはマエストロ・ベニーニとの再会です。私が2002年にジェノヴァでリゴレット役にデビューした時の指揮者がベニーニでした。それから長い間、彼とは共演の機会がありませんでしたが、今回ご一緒できるので楽しみです。



 ―リゴレットを演じる場合、俳優としての演技面と歌の技術面、どちらがより難しいでしょうか?



フロンターリ

 両方とも難しいですね。オペラの伝統的なレパートリーの中でも、リゴレットは最も複雑な役柄のひとつです。舞台の上にいる時間がとても長く、役者としての優れた能力、役への共感、そして歌唱技術が必要となります。特徴的なのはストーリーの進行と共に現れる彼の変化です。リゴレットは第一幕ではまず宮廷の道化師として登場します。陽気に振る舞い宮廷で人々を笑わせるリゴレットは、その後で自分が嘲笑され、やがて彼自身が娘の死の原因となるのです。そこに描かれている人間としての苦悩は大きい。観客は少しずつ彼の魂を理解し、最後には彼の悲劇を目の当たりにするのです。



 ―歌唱の難しさはどのようなところにありますか? 第1幕にある有名なモノローグからジルダとの二重唱、第2幕の宮廷におけるドラマチックな場面、そして第3幕にはこのオペラの代名詞のような四重唱から最後までと、リゴレット役は聴かせどころばかりです。



フロンターリ

 やはりエネルギーの配分を知ることでしょうか。それから、歌を聴かせる場面なのか、歌で芝居をする場面なのかという判断。ジルダとの二重唱は全てベルカントのメッザ・ヴォーチェ(音量を抑えた柔らかい声)で歌うことが必要ですし、技術的に熟達している必要があります。ヴェルディはバリトンに、パッサージョと呼ばれる声の転換の音域で歌わせることが多く、声の運びには常に注意を払うことが必要なのです。



 ―その一方で、ヴェルディはバリトンに重要な役をたくさん書いた作曲家でもありますね?



フロンターリ

 ヴェルディはバリトンの声に大きな価値を与えました。彼がバリトンを使うのはロマン主義的な役柄です。まさに人間の魂を際立たせるために。なぜならバリトンの声は、男性の最も自然な声なのです。主に描かれるのは主人公の敵役、もしくは友、そして特に父親という人物像です。ヴェルディのオペラに欠かせないのが父親という存在でした。『リゴレット』『椿姫』『ルイザ・ミラー』など、いずれも矛盾に満ちている、だからこそ人間味のある役柄です。



出演者と観客、双方にとって満足の舞台となるように



 ―フロンターリさんは長いキャリアの間、世界の重要な歌劇場で歌い続けてきました。なぜそれに成功したのでしょう?



フロンターリ

 その理由の一端は、私が昔ながらのやり方でキャリアの方針を決めてきたことにあると思います。デビューした頃、私はロッシーニ、ベッリーニ、ドニゼッティなどのベルカント・オペラをたくさん歌いました。そして肉体と歌唱技術の成熟に合わせて、より重い役を歌うように移行したのです。ヴェルディの世界に入り、最後にはヴェリズモ、という道ですね。こうして自分の声とキャリアを築きました。今日では残念ながらこのような方針を取る歌手は少なくなっています。オペラ界に歌手をゆっくり育てるという気風がなくなり、若いうちにできるだけ利用しようとする傾向がありますから。昔と比べて歌手のギャラは安くなり、生活費は高くなりました。若いアーティストにとっては難しい時代です。



 ―そういえばフロンターリさんはローマのサピエンツァ大学という一般大学を卒業されているそうですね。



フロンターリ

 はい、経済・商学部を卒業しました。大学の合唱団でポリフォニー音楽を歌っていた時に、指揮の先生が「君、その声なら音楽院で勉強した方がいいよ」と言ってくれたのです。そこで大学と並行してローマのサンタ・チェチーリア音楽院に通うようになりました。大学を卒業後、銀行に就職しようかと面接を受けにいったりもしていたのですが、やがてローマ歌劇場合唱団で一年間歌い、そこで見出されてソリストとしてのオファーを受けて以来、オペラ歌手の道に進んで今日に至っています。



 ―大学に入る前から歌はお好きだったのですか?



フロンターリ

歌うことは子どもの頃から好きでした。夏休みによく、母が中心になって他の母親たちと子ども向けの手作りの歌芝居を演じてくれたのが、今思えば最初のきっかけだったかもしれません。それに青春時代もオペラ好きの友人たちに恵まれて、重唱を楽しんだりレコードを買い集めたりしていたものです。最初に買ったうちの一枚はミルンズ、パヴァロッティ、サザーランドの『リゴレット』だったのですよ。



 ―その頃から『リゴレット』とは、運命の糸でつながっていたのかもしれないですね。5月の『リゴレット』、楽しみにしております。



フロンターリ

 これまで日本で歌う機会も多く、日本の聴衆にはいつも魅了されてきました。『リゴレット』のプロダクションが我々出演者にとっても、観客の皆様にとっても満足のいくものになるよう願っております。




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