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大野和士オペラ芸術監督が語る2022/2023シーズン
大野和士オペラ芸術監督による5年目のシーズン、2022/2023シーズンのラインアップが3月に発表された。
新制作は3演目――2年前の無念の公演中止から甦る『ジュリオ・チェーザレ』、作品としても新国立劇場初上演となる『ボリス・ゴドゥノフ』、ヴェルディの名作『リゴレット』。
レパートリーからは、絢爛豪華な舞台が圧巻の新国立劇場が誇る名プロダクション『アイーダ』をはじめとする7演目に、名歌手たちが登場する。
新国立劇場開場25周年という節目のシーズンへの思いを、監督が大いに語る。
インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)
――2022/2023シーズンについてうかがいたく思います。このシーズンは新国立劇場の開場25周年という記念の年でもあります。どのようなシーズンになると期待できますか?
大野 ここ数年コロナの問題があったために、演目の延期、出演者のキャンセル、キャストの全面的な作り直しなどを繰り返してきました。これはある意味、経験値を上げるために役立った面もあります。2022/2023シーズンはもう、何があっても怖くないぞと思うのです。具体的にはバロックオペラ・シリーズの第1回目に予定されていたヘンデル『ジュリオ・チェーザレ』がついに上演されて開幕を飾ります。これはパリ・オペラ座で作られたロラン・ペリー演出の博物館の中でドラマが展開するという、古代の巨大な彫像や絵画などの博物館の収蔵品が次々に出てくる大変豪華で面白い舞台で、その中で権力の闘争と愛憎のストーリーが展開するというプロダクションです。本来でしたら、この華やかな『ジュリオ・チェーザレ』に続くバロックオペラ・シリーズの第2作目として、ちょうど今上演されているグルック『オルフェオとエウリディーチェ』という、登場人物が少なく、非常に集中したオペラを勅使川原三郎さん演出の透徹した舞台で観ていただく予定でしたが、順番が反対になってしまったものです。『ジュリオ・チェーザレ』は題名役のチェーザレに定評のあるメゾソプラノのマリアンネ・ベアーテ・キーランドさんを起用し、その他は二年前に予定されていたキャストがそのまま出演します。チェーザレ役はカウンターテナーが歌う場合もありますが、私としてはこの役はメゾソプラノの声で歌われることによって、カウンターテナーの藤木大地さんが歌うトロメーオ役との関係においても際立ってくるのではと思っています。指揮のリナルド・アレッサンドリーニは彼自身が作曲や編曲に長けていることもあり、作品の時代にかなった装飾が入った音や歌を聴くことができると思います。
――延期された演目といえば、他にもオッフェンバック『ホフマン物語』とR・シュトラウス『サロメ』があります。
大野 そうですね。『ホフマン物語』は、これも指揮者を含めてほとんど2年前のキャストが組めましたのでご期待ください。またここには、今年1、2月の『さまよえるオランダ人』で題名役を歌うはずだったエギルス・シリンスがリンドルフ、コッペリウス、ミラクル博士、ダッペルトゥットという各幕に登場する怪しい人物役で出演します。シリンスは『さまよえるオランダ人』では世界でも屈指の歌い手ですが、私はこれまで彼と『オランダ人』、『ワルキューレ』ヴォータン、『影のない女』バラクなどで共演しており、来日ができなくなった時に、では次のシーズンの『ホフマン物語』はいかがでしょう?と言ったところ「ぜひに」ということで決まりました。
『サロメ』もやはりオリジナルのキャストを保つことができました。指揮のトリンクスは今、ドイツでオペラの指揮者として名をあげている若手ですが、彼は私がカールスルーエのバーデン州立歌劇場音楽総監督だった時代に、劇場ピアニストとして採用した人材なんです。彼はカールスルーエ出身で、私が練習しているところにやってきて、「ここはこういう譜面になっているのに、大野さんはどうしてこうやるんだ?」と言ってきたのです(笑)。若い指揮者が練習を見にきて、一言二言話すと、その人がスコアの見方に自分なりの方法を持っているな、ということはすぐ分かるものです。じゃあ彼を取り込んでしまおうと、まず劇場ピアニストとして採用し、そのうちにカペルマイスターとして出世し、いまではミュンヘンのバイエルン州立歌劇場やパリ・オペラ座などでも指揮をしています。
――前シーズンまでに来日ができなくなってしまったアーティストが登場するケースは他にもありますね?
大野 12月に上演される『ドン・ジョヴァンニ』には、2年前に中止になってしまった『コジ・ファン・トゥッテ』で歌うはずだったアーティストが3人出演します。また『タンホイザー』は題名役をステファン・グールドが歌いますが、ブリテンの『夏の夜の夢』に出演する予定だったダニエル・オクリッチがヴォルフラム役で出演予定です。
――開場25周年記念公演は『ボリス・ゴドゥノフ』、『アイーダ』、『ラ・ボエーム』の3本で、このうち『ボリス・ゴドゥノフ』と『ラ・ボエーム』は大野監督が指揮されます。マエストロは以前、ブリュッセルのモネ劇場で『ボリス・ゴドゥノフ』を指揮されていますね。
大野 ボリスを歌ったのはホセ・ファン・ダムでした。素晴らしかったです。『ボリス・ゴドゥノフ』にはいくつかの版がありますが、今回は1869年初演版と1872年の改訂版を折衷して上演します。ボリスの戴冠から物語が始まり、偽ドミトリーが現れ自分が真の王位継承者だと主張してボリスを追い詰めるのですが、その偽ドミトリーがまずポーランドに逃げそこでマリーナと出会う場面はあまりに長くなるのでカットします。1872年版からは最後の民衆の大合唱を採用します。このオペラの見所は、ボリスが死に向かっていくありさまです。ボリスが暗殺した皇子の霊が現れ彼が「下がれ! 下がれ!」と叫んで怯える場面などが好例でしょう。ムソルグスキーの徹底的なリアリズムというか、恐ろしいほどの自然主義的な観察力がオーケストラにも見られ、ボリスの人格が崩壊していく様を表現するのが指揮をする上での難しさだと思います。
――『ラ・ボエーム』に関してはいかがですか?
大野 『ラ・ボエーム』は4人の芸術家の卵たちが中心となった愛の物語です。プッチーニという作曲家の特性もあり、現実を超えた理想郷のようなものを追い求めるところがあります。最初はより原作に近い形で書かれていた台本に、プッチーニが随分と注文をつけて直させたことはいろいろなところに書いてあります。そういう意味では、これ以上ないような純愛物語に作ったのはやはりプッチーニの類稀な才能だと思います。
――最後に新シーズンを楽しみにしている皆さんへのメッセージをお願いします。
大野 いろいろな状況下で、私たちはこれまで苦心惨憺しながら演目を作ってきました。その中でも上質のものを作り上げることを目指し実行してきたつもりです。聴衆の皆さんがその事情を汲んでくださったことに感謝しております。2022/2023シーズンは観応え、聴き応えのする素晴らしい内容になっていると思いますので、どうぞ楽しみにしてください。
新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ6月号掲載
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大野和士オペラ芸術監督が語る2022/2023シーズン