オペラ公演関連ニュース
オペラ『ペレアスとメリザンド』浜田理恵 インタビュー
2021/2022シーズンのオペラのラストを飾るのは、ドビュッシーのオペラ『ペレアスとメリザンド』。
フランス・オペラの傑作をオペラパレスでいよいよ初上演する、待望の新制作だ。
新国立劇場では2008年、中劇場でコンサート・オペラとして『ペレアスとメリザンド』を演奏しており、そのときにメリザンドを歌った浜田理恵が、今回はゴローとペレアスの母ジュヌヴィエーヴとして登場。フランスで長年活躍し、フランス・オペラの数々の舞台に立つ彼女に、『ペレアスとメリザンド』の魅力、そして今回の公演への思いをうかがった。
インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)
ジ・アトレ 2022年5月号より
歌に隠された意味 それを深掘りするミッチェル演出
―浜田さんは、2008年に新国立劇場(中劇場)で、当時の芸術監督である若杉弘氏の指揮でコンサート・オペラとして『ペレアスとメリザンド』のメリザンド役を歌われています。
浜田 私は大学時代からフランス歌曲、特にドビュッシーに興味があり、フランスに留学しました。ドビュッシーの歌曲を勉強すると、その最終地点にあるのが『ペレアスとメリザンド』です。日本で上演される機会は少ない演目ですが、若杉先生が芸術監督時代にお声をかけてくださり、まず大阪で、そして新国立劇場で出演しました。若杉先生はずっと『ペレアスとメリザンド』の上演を望んでいらしたのですが、もう体調がかなりお悪く、これが指揮をされた最後のオペラ公演になりました。先生の命をかけた公演でメリザンドを歌わせていただいたのは私にとって重要な出来事でした。
―大野和士オペラ芸術監督が、ジ・アトレ4月号のインタビューで「今回の注目は、ジュヌヴィエーヴ役に浜田理恵さんが出演してくれること」と、とても嬉しそうにおっしゃっていました。
浜田 大野監督から「お久しぶり!」みたいな感じでいきなりメールをいただきまして(笑)。というのは、大野さんが新国立劇場の芸術監督に就任されたときに、たくさんの歌手の声を聴かれたんです。できる限り多くの方に歌ってもらったそうで、それは本当に素晴らしいことだと思います。その時に私はフランスの自宅にいたので東京は無理でしたが、バルセロナでもやると聞いて、それなら電車に乗って行きますと。私は大野さんとはこれまで機会がなく、フランスでは一度もご一緒したことがなかったのです。バルセロナではたくさんお話をして楽しかったですし、特にヨーロッパの視点で声をよく見極めていらっしゃる方だなと感じました。いただいたメールでは、少し申し訳なさそうに「メリザンドではないのですけれども」と。ところが私は今年の3月まで東京藝大で声楽を常勤で教えていたこともあり、演奏活動を長いあいだ控えていましたし、メリザンド役ではリハーサル時間がとれない上に体力的にも大変です。でもジュヌヴィエーヴならいけるかもしれないと思い、少し歌ってみたら大丈夫そうだと感じました。私はフランスに留学する前はメゾソプラノだったので、もともと性格にもメゾソプラノ的なところがあるのです。
―今回の演出ではジュヌヴィエーヴが重要な役を占めるとうかがっています。浜田さんはフランス・オペラの経験も豊富でいらっしゃいますが、『ペレアスとメリザンド』はどのようなオペラだとお考えですか?
浜田 『ペレアスとメリザンド』というと、最初の森の泉の場面からして、水があって美しくて、というように、神秘的な感じが強調されやすいと思います。歌手の佇まいにしても、衣裳や舞台もそういう風に作られることが多いのですが、歌詞を見てみると、ただ美しいだけではない不思議な要素が多いオペラです。象徴派の作品であり、ダブルミーニングというか、言葉の中に隠された意味があります。今回のプロダクションの映像を見て思ったのは、ケイティ・ミッチェルの演出はそれをとてもうまく表現しているということです。特にジュヌヴィエーヴの存在は大きいです。彼女の歌う部分は決して多くはない上に、内容にも謎が多いのですが、この演出ではその後ろに隠されているものが示唆されています。例えばフランス語の「海mer」と「母mère」はつづりは違ってもまったく同じ発音です。ペレアスが「荒れた海mauvaise mer」と歌う時に、それは同じ音で「悪い母親」という意味にもなるのです。意味を隠してあるから象徴派なわけですが、ミステリアスな雰囲気の演出では見逃しがちな部分でもあります。今回の演出はそれを深堀りしてあるのです。しかも謎解きを言い切らないでニュアンスで伝えてくれます。
『ペレアスとメリザンド』は不思議なオペラ その謎解きに参加してください
―『ペレアスとメリザンド』は言葉が重要なオペラだと感じますが、浜田さんが大学時代にドビュッシーを歌いたいと思われた理由はどこにあったのですか?
浜田 大学でフランス音楽の先生に師事していたというのも大きな理由ですが、私は自分の声や、自分が言っている言葉に何を込めていくか、ということに昔から興味がありました。日本では歌を〈情緒〉で歌うことが多いように思いますが、フランスでは歌を〈言葉〉で歌うところがあり、それはクールだけれど、より強いメッセージがある。ドビュッシーなどの象徴派の頃の音楽は特にそうだと思います。
―フランスに移住してからの浜田さんはピエール・ブーレーズと共演されたり、近・現代の音楽を積極的に歌ってこられました。ドビュッシーは20世紀以降のクラシック音楽の潮流を作った重要な作曲家でもありますね。
浜田 近・現代の音楽は好きでよく歌います。フランスでは現代音楽が盛んですが、日本ではまだその機会が少なく、もっと現代ものを歌えると嬉しいですね。近・現代の音楽を歌う時には即興性が重要で、これはオペラにも共通することです。今、生まれた言葉のようにしゃべらなければならない。いつも新鮮にという態度は、近・現代の音楽を演奏していると身につきますし、それが楽しいのです。またこのレパートリーは、お客さんが参加してくださることが大切です。音楽を受け身で聴くのではなく、理解しようと好奇心を持っていただくとより面白くなると思います。
―アクティブに、自分のイマジネーションで聴くということでしょうか。
浜田 そうですね。そういう意味でもミッチェルの演出は面白いです。セットがかなり動くので大道具さんは大変だな、と思うのですが。必要があってやっていることばかりで、たくさんのことが起こりますが、どれも無駄がありません。そして、歌手に役者としての技量を問うところがすごくあります。今回出演予定のゴロー役のロラン・ナウリとメリザンド役のカレン・ヴルシュは、それぞれ共演したことがありますが、二人ともまさにそういうアーティストですね。彼らとは久しぶりに会うので楽しみです。特にゴローは本当に大変な役なのですがナウリは理想的で、私もきっと共演しながら聴き惚れてしまうと思います(笑)。
―最後に観客へのメッセージをお願いします。
浜田 フランス・オペラといえば『ペレアスとメリザンド』だと思いますが、謎が一番多いのもまたこの作品だと思います。皆さんに、その謎解きにぜひ参加していただきたいです。本当に不思議なオペラで、正解はないかもしれないし、その世界観がいつまでも広がり続けるというか......。フランスの象徴派の素晴らしい芸術がこの作品に凝縮されていると思います。それを歌える歌手たちが揃って、大野芸術監督の理想的な指揮のもとで上演できるのは、私にとっては、こんなに幸せなことが天から降ってくるなんて、という感じです。新国立劇場の舞台でこのオペラを歌えることを私自身も楽しみにしていますし、本番までにもっと理解を深めていきたいと思っています。
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