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オペラ『ペレアスとメリザンド』大野和士オペラ芸術監督 インタビュー
2021/2022シーズンのオペラを締めくくる作品は『ペレアスとメリザンド』。
森の泉で出会った不思議な女性メリザンド、彼女を娶ったゴロー、ゴローの弟ペレアスを巡る、美しくも哀しい恋の物語。
印象主義の作曲家ドビュッシーが手がけた唯一のオペラであり、オペラ史に燦然と輝く傑作を、オペラパレスでついに初上演する。
指揮をする大野和士オペラ芸術監督に、作品の魅力についてうかがった。
インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)
ジ・アトレ 2022年4月号より
観念ではなく感性で表現 象徴派の影響を受けたドビュッシーとメーテルリンクとの出会い
―今年7月にはいよいよ、ドビュッシー『ペレアスとメリザンド』を指揮されます。このオペラをどのように捉えていらっしゃいますか?
大野 若い頃のドビュッシーは熱狂的なワーグナー愛好者でした。彼が一番好きだった作品は『トリスタンとイゾルデ』です。その後、バイロイト音楽祭に行ったことにより、かえって彼のワーグナー熱は冷めてしまいました。ただ『トリスタンとイゾルデ』の原体験があったからこそ、内容はかなり違いますが、同じように人間の相克、三角関係を描いた『ペレアスとメリザンド』が生まれたと言っていいと思います。『ペレアスとメリザンド』の中にも、ライトモティーフ的なものは使われています。登場人物ごとのモティーフ、それからさまざまな状況に合わせて出てくる〈水のモティーフ〉。ゴローが嫉妬する時のモティーフ。しかしそれらは、ワーグナーの使い方とは違い、オペラの中で様々に形を変えていきます。
―『ペレアスとメリザンド』はメーテルリンクの戯曲を台本として使っています。この後に初演されるR.シュトラウスの『サロメ』などと同じく〈文学オペラ〉という側面がありますね。
大野 メーテルリンクとドビュッシーが出会ったのは詩人のマラルメがパリで主催していた『火曜会』でした。この集まりにはヴェルレーヌ、ドガ、ルドンなど当時の名だたる芸術家が招かれていましたが、若きドビュッシーもその輪の中にいたのです。象徴派の芸術家達が集まる『火曜会』は、ドビュッシーがフランス的なものに回帰していく過程に大きな影響を与えました。それは音楽の制作において、観念ではなく感性で表現することへの変化でもありました。詩と文学は全て音楽からきており、音楽はなんら具体性を示さなくても音楽の役割を果たすことができる。これが究極の芸術であるということが象徴派の詩人たちの中で言われており、その影響を受けたドビュッシーのオペラの概念も変化していきます。具体的な背景を持った物語ではなく、世界のどこかの国の、いつとは知れぬ時に、そこはかとない登場人物たちがいて、何も起こらなくてもかまわない。ドビュッシーがそのようなオペラを書こうと考え出した時に、現れたのがメーテルリンクだったのです。『ペレアスとメリザンド』の冒頭部分、ゴローが森の中の泉のほとりで最初にメリザンドを見つけるところで、彼が「あなたはどこから来たのです?」と尋ねても、メリザンドは「わたしに触れないで、わたしに触れないで」と繰り返すだけです。ゴローは妻を亡くした後で、この不思議な女性が現れ、あまりにもきれいな人だったので彼女に恋をしてしまい連れて帰りますが、彼女がいつどこで生まれた誰なのかは分からないままです。何となく、そこに浮遊しているメリザンドがいて、彼女に恋をするのだけれど、ゴローの問いかけは拒否されてしまう。
―メリザンドはゴローの妻になりますが、その後でペレアスが登場します。
大野 最初のうちはメリザンドとゴローに諍いはないのですが、第二幕の始まりで、庭園の泉の場面があり、ペレアスとメリザンドの初めての二重唱になります。そこでは十六分音符の動きが特徴的な音楽が演奏されるのですが、これは水の音楽、水の精の音楽なのですね。水の音楽とメリザンドにはとても類似性があります。水は形がなく流動的で、永遠に姿を変えていく性質がありますよね。水のモティーフはメリザンドそのもので、だからこの場面が水辺なのは意味があるんです。若いペレアスとメリザンドが、まるで子どものような遊びをしていた時、メリザンドはゴローにもらった結婚指輪をその泉に落としてしまいます。その時にゴローの、ほのかな嫉妬を表す音楽がそこに絡んできます。実はその瞬間にゴローは別の場所で落馬の事故にあうのですが、3オクターブ下降するハープの音がそれを表現します。
―音楽的なモティーフがドラマに連動しているのですね。
大野 第三幕の最初にはメリザンドが塔から「私の長い髪の毛が落ちていきます」と歌う有名な場面があるのですが、この歌にはフリギア旋法の音階が幾重にも重ねられて、不思議な浮遊感を醸し出しています。世紀末の絵画において女性の髪が唐草模様のように描かれた、それがここでは音楽化されています。旋法がオペラの中で多く使われることによって、メリザンドの無垢さ、儚さが逆にこの作品の悲劇の象徴として静かに示されていきます。第四幕でペレアスとメリザンドが最後に会う場面にも泉はあります。この作品はそういったものの象徴に支えられている。この最後の二重唱では、気持ちと共に音楽が盛り上がり最高潮に達した時に、ペレアスが「君を愛している」、メリザンドが「私もあなたを愛している」というたった二言だけの弱音のやりとりになります。ドビュッシーはこの後に書いた交響詩『海』でも同じ手法を使いました。最も大事なところに静寂を使う。そのスタイルを彼はこのオペラで獲得しているんです。
呼応し合う音楽・文学・演劇・絵画『ペレアスとメリザンド』の源にはこの思想がある
―『ペレアスとメリザンド』は1984年から作曲され、1902年にパリで初演されています。20世紀のオペラに多大な影響を与えた作品ですね。
大野 ドビュッシーは歴史を変えた人です。そこに至るには、マラルメの影響もあり、マラルメの前にはボードレールがいます。ボードレールの詩『コレスポンダンス』、これは日本語では『交感』もしくは『万物照応』などと難しく訳されていますけれど、音楽と文学、文学と演劇、あるいは絵画が、お互い呼応し合うべきだということです。この思想が『ペレアスとメリザンド』に至る流れの源にあります。
―今回のプロダクションに出演する歌手はフランス・オペラを得意にされている方が多いようです。
大野 そうですね。ペレアス役のベルナール・リヒターは私がリヨン歌劇場でこのオペラを指揮した時にも一緒にやりました。若々しくて男前のいい歌手です。ゴロー役のロラン・ナウリは、現代最高のゴロー歌いのひとりで、彼を招聘することができてとても喜んでいます。メリザンドのカレン・ヴルシュはこの役をパリでも歌っています。彼女の声はメゾソプラノ的で、浮遊した、つかみどころのない運命を背負ったメリザンド役を歌うのには高いソプラノよりも適した声なのです。それから今回の注目は、ジュヌヴィエーヴ役に浜田理恵さんが出演してくれること。彼女は新国立劇場のコンサート形式舞台でメリザンドを歌ったこともあり、今回ぜひこの役をと提案したところ、快諾してくださいました。
―ケイティ・ミッチェルの演出についてはいかがでしょう。
大野 エクサンプロヴァンスで行われたこの舞台の初演を観ました。観客の反応がとても良かったです。複数の部屋が移動することによって場面を作っていくセットで、歌手とは別にメリザンド役の俳優が舞台にいて、心理的な葛藤などを表現します。ペレアスとメリザンドの最後の二重唱の場面については、メーテルリンクの原作の中には二人が抱き合っていた、という描写があるのですが、ドビュッシーはそれをカットしています。実際にここがどう演出されるのかも注目すべき点だと思います。
―『ペレアスとメリザンド』の真髄を知ることができる公演になりそうです。お話をありがとうございました。
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オペラ『ペレアスとメリザンド』大野和士オペラ芸術監督 インタビュー