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オペラ『ペレアスとメリザンド』ロラン・ナウリ インタビュー
多彩な役で世界中の著名歌劇場を飛び回るフランス屈指のバリトン、ロラン・ナウリが、"フランスの素晴らしさが凝縮された作品"と特別な思いを持つのが『ペレアスとメリザンド』。2016年エクサンプロヴァンス音楽祭でもこのプロダクションに出演したナウリにとって、ケイティ・ミッチェルのリハーサルは最も興味深い時間だったという。東京での得意役ゴロー出演を前に、その胸中を語った。
インタビュアー◎井内美香
-ナウリさんはお若い頃のオッフェンバック『天国と地獄』、ラモー『プラテー』に始まり、最近の上演も含めて映像作品がたくさんあるので日本でも有名でいらっしゃいますが、来日は久しぶりです。今回は新国立劇場に初登場ということで日本のオペラ・ファンも大きな期待を寄せています。
ナウリ 私も日本に戻れることをとても楽しみにしています。今回は11年ぶりの来日になります。
-近年ますます国際的な活躍をされているようで、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)には定期的に出演されていますし、ヨーロッパでの予定も多いようですね。
ナウリ 幸いこれから3年半くらい先までスケジュールはびっしり入っています。ただ、ご存知の通りここ2年ほどはコロナ禍がありましたし、また世界情勢が不安定だったりして、予定されている公演が実現するとは限りませんので不安はありますが。
-コロナの最中には長い期間、仕事がストップしていたと思いますが、どう過ごされていましたか?
ナウリ 多くのアーティストにとって新型コロナの流行は大変な出来事でしたが、特に若い人たちにとって大きな打撃でした。我々のように長いキャリアがある者には、2020年春に活動が突然止まってしまったのは、これまでを振り返って自分の立ち位置を見直したり、技術的なことを再検討したり、読書をしたり、家族と過ごす時間を持てたという面もありました。自分にとっては2020年よりも2021年の方が先がわからない不安がありました。やっと歌劇場が再開して、さあリハーサルをとなっても、マスクをつけたままだと相手の声も聴きにくいですし、深く呼吸をすると繊維が喉に入ってしまったり。フラストレーションが大きかったです。METでマスネ『サンドリヨン』に出演しましたが、検査で陽性者が出たら上演がストップしてしまうので、一公演終わったら次ができるのかどうか分からない。その状態で待つというのは不安でした。幸い、2021年の秋から活動は普通に戻ってきています。
-ナウリさんは『ペレアスとメリザンド』を指揮する大野和士芸術監督と、リヨンで2015年のベルリオーズ『ファウストの劫罰』、2016年のプロコフィエフ『炎の天使』で共演されています。大野監督との再会に期待することはありますか?
ナウリ 大野さんとの再会はとても楽しみです。過去の共演は両方とも素晴らしかったのですが、特に『炎の天使』での、作品にエネルギーを集約していくマエストロの手腕は見事なものでした。『ペレアスとメリザンド』は、とても豊かな内容を持つ複雑なところがあるオペラで、幅広い解釈が可能です。彼がどのように指揮するのか注目しています。この作品はこれまで何度も歌ってきましたが、シーンの繋ぎ方やテンポの設定など、指揮によってまるで違う印象を与えるところが楽しみなのです。
-『ペレアスとメリザンド』はフランス・オペラの歴史の中でもユニークで、しかもとても重要な作品だと思いますが、もう一つのフランス・オペラの代表作であるビゼーの『カルメン』などと比べると、とっつきにくい面もあると思います。ナウリさんはこの作品をどう捉えていらっしゃいますか?
ナウリ 私は、『ペレアスとメリザンド』はまるでUFOのような不思議な作品だと思っています。色々な事柄が具体的に描かれておらず、登場人物の悩みがどこから来るのかについても、ワグナー的なライトモチーフというか、音楽の断片によって何かを感じさせるだけで、すべてが流動的で捉えどころがない雰囲気を持っています。オペラ史の中でも『ペレアスとメリザンド』は、どの作品を母体にして生まれたのか、そしてどの作品に受け継がれていったのかが分かりにくい。影響力はとても大きいのですが、流れの中で孤立しているのです。特殊な作品なので、オペラ好きな方からも「アリアはないの?」「歌が記憶に残らない」などと言われることがありますが、『ペレアスとメリザンド』は全てが音楽によって成り立っている会話なのです。ハーモニーの使い方はとても豊かで、詩的で、シンプルだけれど神秘的です。類まれな作品であると感じています。
-このオペラに出演なさる時には何か特別な思いがあるのでしょうか?
ナウリ 私は『ペレアスとメリザンド』にのぞむときに、"儀式"に参加するような感覚を持っています。所作も緻密で、それを演出家と一つ一つ確認し、音楽のパートも同様に指揮者と作り上げていく。その作業に内面の解放があります。思い出すのは日本の映画《日々是好日》(樹木希林、黒木華主演)です。茶道の先生のところに二人の女性が通う話ですが、茶道には細かい決まりがあり、その厳格なルールが自分を縛るようでいて実は内面的には解放されていく。私は『ペレアスとメリザンド』に、まさにこの映画に描かれているような世界を感じています。
-ナウリさんが演ずるゴローはどのような人物だと思いますか?台本にはおっしゃる通り象徴的な描写がありますが、登場人物の中でゴローの心理は理解しやすいし、同情も感じてしまいます。
ナウリ 私が考えるゴローは、勇敢な人間であり、全てがうまくいくようにベストを尽くす人間です。危険に直面していたメリザンドを助けようと城に連れて帰りますが、彼女の問題が分からずに苦悩するわけです。彼は現実の制約の中で生きている人間です。一方、メリザンドにとっては現実がすごく怖い。ペレアスも問題を抱えていて現実から逃げたい。その二人が一緒になることがゴローを嫉妬に狂わせ、彼は犯罪まで犯してしまう。彼は現実を恐れる二人が理解できないのです。
-ナウリさんは、今回上演されるケイティ・ミッチェル演出のエクサンプロヴァンス音楽祭における初演に参加されています。この演出の特徴はどこにありますか?
ナウリ ミッチェル演出は、このオペラをメリザンドの視点から描いています。すべては〈メリザンドの夢〉だったという設定なのです。メリザンドの視点からするとゴローは彼女に危害を与える人。彼女を脅かす攻撃的な存在であり、彼女を現実に引き戻そうとする。ですから決して良い役には描かれていないのですが、私はこれはすごく面白い演出だと感じています。夢がそうであるように、現実的な部分と不思議な世界が交錯します。彼女が演出するリハーサルは私のキャリアの中でも、もっとも興味深い時間の一つでした。
-公演が楽しみになる興味深いお話をありがとうございます。ところでナウリさんは食を愛する方だとのことですが、来日中は美味しいものをたくさん召し上がっていただけるよう願っています。
ナウリ 日本で食べる日本食は外国で食べるのとは全く違います。懐石料理や寿司など...。そういうものを11年ぶりに味わえればと楽しみにしています!
-最後に日本の聴衆にメッセージをお願いいたします。
ナウリ 日本はオペラ界にとって特別な国であり、私もオペラ歌手として日本に行くことができるのに誇りを感じています。観客の皆さんの舞台への熱心さを目の当たりにすると、自分の仕事の重要性を実感できるのです。このような国は世界でも稀です。『ペレアスとメリザンド』はフランス・オペラの中でも秘宝のような特別な存在であり、フランスの素晴らしさが凝縮された作品です。私はすでに20年来この作品に関わってきましたが、その情熱を皆さんにお伝えしたいと思っています。
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