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『魔笛』タミーノ役 鈴木 准 インタビュー
ザラストロにさらわれた娘パミーナを救い出してほしい、と夜の女王に頼まれ、パパゲーノと共に神殿へ向かすタミーノ。そこで知る真実。試練を乗り越え、パミーナと出会えるか―
ウィリアム・ケントリッジ演出でお贈りするモーツァルトのオペラ『魔笛』。タミーノを演じるのは、鈴木准。
今シーズンも『ニュルンベルクのマイスタージンガー』『さまよえるオランダ人』とオペラパレスで大活躍する鈴木にとって、『魔笛』は毎年出演しているオペラであり、これからも歌い続けたい作品だという。そんなオペラ『魔笛』について、大いに語る。
インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)
ジ・アトレ誌3月号より
合唱、僧侶、武士、タミーノ さまざまな役を演じたことで見える景色
― 鈴木さんは新国立劇場で昨年11月に『ニュルンベルクのマイスタージンガー』アイスリンガー役、そして今年も『さまよえるオランダ人』舵手役とワーグナー作品に続けて出演されました。
鈴木 昨年は4月くらいまで、出演予定だった演奏会の中止や延期が相次ぎました。『ニュルンベルクのマイスタージンガー』も8月の東京文化会館での公演が直前に中止になってしまいましたので、11月の新国立劇場公演でこの大作の一員として舞台に立てたことはやはり感無量でした。8月のみ出演予定だったキャストで、本番で歌えなくなった方たちがいたのは本当に残念でしたが......。
― 『マイスタージンガー』を拝見しましたが、第1幕のマイスターたちの話し合いや、第3幕の歌合戦の場面では、それぞれの個性が示されていてとても魅力的でした。
鈴木 最低限の決まりや指示はもちろんあるのですが、演出補のハイコ・ヘンチェルさんが、演技ではない自然体のリアクションがほしいとおっしゃって、自分はこういう人間だという設定の中で自由にやれたのは面白かったです。マイスターたちの職業は、毛皮加工職人、ブリキ職人、金細工職人などがいて、僕はスパイスの商人。職人ではなく商人のマイスターなら、他の人との接し方も少し違うな、などと考えました。限られた場面の登場ですしアリアがある役でもなかったのですが、稽古と本番を通して役を深めていけたのではと思います。マイスターたちとのかけあいも楽しかったです。
鈴木 実は僕は、さかのぼりますと東京藝大に入った1年生の時から『魔笛』に出演しているんです。その時はピアノ伴奏の『魔笛』公演への合唱メンバーとしての参加でした。次の年には、小澤征爾さんのヘネシー・オペラ・シリーズにやっぱり合唱で参加して、これがオーケストラ伴奏の最初の『魔笛』になります。第2幕でパミーナ役のバーバラ・ボニーが舞台裏から「タミーノ、待って!」と歌うのを間近で聴き、その声の美しさに圧倒されたのを覚えています。それから日生劇場の『魔笛』公演で僧侶の役をいただいて初ソリスト、その後も武士の役などに出演し、2000年に初めてタミーノを歌いました。このように段階を踏みながら、今に至るまでほぼ毎年『魔笛』に出演し続けているんです。昨年は舞台はありませんでしたが、モーツァルト「レクイエム」のソリストとして出演した演奏会で、タミーノのアリアを歌わせていただきました。
2021年『ニュルンベルクのマイスタージンガー』より©堀田力丸
― そうすると、『魔笛』の全体像がよく頭に入っている感じですね。
鈴木 そうですね、初めからタミーノだけを歌っていたら見えなかった景色が、たぶんたくさんあるのではないかと思います。どのオペラでもそうですが、特にモーツァルトの作品は、物語の流れの中でそれぞれの登場人物がどんなことを考えて、どう変わっていくのかということがとても重要なので、自分の出ていないところで何が起きているのか、把握しておくに越したことはないと思うのです。
― 『魔笛』は、オペラの全レパートリーの中でも非常に重要な作品だと思うのですが、何度も歌うことによって、ご自分の中で進化してきたものはありますか?
鈴木 最初にオーケストラ演奏でタミーノを歌わせていただいたのが、佐渡裕さんが指揮された兵庫県立芸術文化センターでの『魔笛』でした。フランス人演出家のエマニュエル・バステさんの舞台がとても美しく、印象が強かったのです。第1幕冒頭は夜の女王の寝室という設定で、本物の水を使って舞台が水浸し。第2幕になるとザラストロの書斎という設定で、今度はザラザラの砂が敷きつめられた砂漠なのです。『魔笛』というと女性と男性の対立が物語の設定にありますが、この演出は、男女どちらかだけでは世界はバランスがとれないということを示すものでした。そして最後の幕でタミーノとパミーナが一緒に作り出す世界ということで、緑の楽園がふっと垣間見えて物語が終わるのです。それ以来、どんな演出でも、男性でも女性でも、タミーノのような生真面目な人間もパパゲーノのような自由な人間も、全てが存在して成り立っているのが『魔笛』の世界なのではと感じています。愛にしても、タミーノの考える愛とパパゲーノの考える愛の形は違うだろうし、モノスタトスだって、あれもひとつの愛の形ではありますよね、自分の欲求にちょっと素直すぎるだけで。多様性を考えさせてくれる演出から毎回学ぶことが多かったです。
ケントリッジ演出ならではのタミーノの気づきと変化
― 『魔笛』は様々な解釈や演出を可能にするところがあります。タミーノは、夜の女王から「さらわれた娘を救出してくれ」と頼まれてパミーナを救いにきたはずなのに、ザラストロの命令に従ってパミーナと言葉を交わさず彼女に誤解されたりする。最後の試練の場ではパミーナがタミーノをリードする描写もあります。それに加えてモノスタトスの扱いなど、今日的な問題に通じるところも多いのではないでしょうか?
鈴木 そう、時代的にそこまで深く描けなかったのかもしれませんが、結局パミーナの助けがなければタミーノは試練を乗り越えられないわけですし、様々な問題を、表面上では面白おかしく扱いながらも、中の意味は今のいろいろな問題と全部つながっている感じがします。
― 歌っていて、ああ、やっぱりここが大好きだなとか、ここが魅力的だなとか感じるところはありますか?
鈴木 音楽的には、様々なアンサンブルがとても楽しいのですが、演技というか芝居の部分で一番面白いのは、タミーノと弁者のやり取りですね。ザラストロは敵だと思っていたタミーノが、弁者の言葉に反応して考えが変わっていく、その悩むところが大事だと思っています。今回のケントリッジ演出の『魔笛』では、タミーノが王子だということよりも、異国にやってきて見知らぬ人たちと出会うということにフォーカスしているので、その彼が、世界は自分の信じていたものとは違うのではないかと気づいて自分に問いかける、その変化をどうやって見せるかというのが一番難しく、好きなところでもあります。
― 音楽的には、今おっしゃったアンサンブルのところですか?
鈴木 そうですね、第1幕と第2幕それぞれの侍女たちとのアンサンブルは楽しいです。なぜかタミーノにはパミーナと二人だけの重唱がなく、パミーナとの素敵なデュエットがあるのはパパゲーノなんですよね。
― またひとつ、『魔笛』の不思議な箇所ですね。でもあのデュエットは、恋人同士ではないからこそ素敵なのかなという気もします。
鈴木 確かに、タミーノとではありえない距離感ですからね。あのデュエットのあいだは、童子たちと一緒に舞台袖で待機しているので、いつも「いいな」と思いながら聴いているんですよ。
― 鈴木さんが舞台で演じられるのは王子様的な役柄が多いと思いますが、ご自分の性格はいかがですか?
鈴木 落ち着きはないんじゃないかなと思います。どちらかというと普段の僕は、パパゲーノの方に近いかなと。『魔笛』でも、初めてのプロダクションでやるときなど、そんなに動かなくていいよみたいなことを言われたりしますね。器用ではないので、まずはいろいろやってみて、少しずつマイナスしていくという感じでしょうか。
これからもタミーノを歌い続けたい
― 普段のご自分といえば、オペラの他に趣味はありますか?
鈴木 ゴルフを見るのが好きです。全英オープンとかマスターズとか、時間があればずっと見ています。
― 自分でするのではなく見るだけですか?
鈴木 そうなんです。子どもの頃人気だったゴルフ漫画を真似て、近所の空き地で球を打ったりしているうちに、テレビの中継を見るのが楽しくなって。ゴルフって他人とではなく自分との闘いですよね、そこが好きなんです。団体競技も嫌いではありませんが、最後の最後に誰かのミスひとつでチームが逆転負けをしてしまったりしたらと思うと恐ろしすぎて。ゴルフだったら、たとえミスをしても自分に還るだけですから。
― もしご自分でゴルフをなさったら、緻密なプレーヤーになりそうですね。
鈴木 そう、飛距離は求めずこつこつと。いろいろなタイプのプレーヤーがいていいですよね、オペラと同じで。ちょっと無理矢理つなげていますが(笑)。
― 新国立劇場には何回も出演なさっていますが、この劇場の良さはどんなところにあると思いますか。
鈴木 なんといっても公演に関わる人々の質の高さですね。舞台裏のスタッフから合唱団の皆さんまで、素晴らしいプロフェッショナル揃いで、ソリストは安心して十分に実力を発揮できます。それは逆に、それにつり合うだけの準備をしなければならないという怖さにもつながるんですけれど。常に、何かあっても支えてもらえるという安心感があります。
― 今回パミーナを歌われる砂川涼子さんとは、これまで共演されているのでしょうか?
鈴木 『魔笛』は一度、宮本益光さん演出の舞台でご一緒しています。彼女とは久しぶりの共演になるので、いろいろ違うものが見えてくるのではないかと思っています。
― そうやって、これからもずっと『魔笛』と一緒に歩んでいくということですね。
鈴木 自分は年齢を重ねても声が重くなる方ではないと思っているので、タミーノをちゃんと歌えるかということが、歌手を続けられるかどうかの判断基準になるのかもしれないです。きちんとモーツァルトの作品に見合ったクオリティで、自分の納得のいく歌がいつまで歌い続けられるか。やれる限りはずっとタミーノを歌い続けたいと思っています。
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