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『魔笛』パパゲーナ役 三宅理恵 インタビュー
パパゲーノの前に姿を現わす謎の老女。その正体はパパゲーノの将来の妻!印象的な台詞や「パパパ」の二重唱など、存在感抜群の役パパゲーナを演じるのは、三宅理恵。
2021年は『夜鳴きうぐいす』タイトルロール、『Super Angels スーパーエンジェル』エリカ、と難役をこなした彼女が、パパゲーナを全幕通して演じるのは今回が初めてだという。
昨シーズンの公演について、そして、自身にとってひとつの節目になるであろう4月の『魔笛』について語る。
インタビュアー◎井内美香(音楽ライター)
ジ・アトレ誌2月号より
一番大切なのは言葉。ドーン・アップショウの言葉を胸に
― 2021年はストラヴィンスキー『夜鳴きうぐいす』に主演なさったほか、AIとの共演が話題になった新作オペラ『Super Angels スーパーエンジェル』など、近・現代の作品でご活躍でした。
三宅 『夜鳴きうぐいす』は当初はカヴァー歌手として依頼を受けたのですが、その時点ではまだロシア語がしっかり読めていなくて、早く勉強しようと思っていたんです。それが急遽本役として出演させていただくこととなり、「私どうしよう!」と。幸い新国立劇場では、歌詞の発音指導に始まり、音楽稽古までとても手厚くリハーサルを組んでくださったので、大変でしたが充実した時間でした。
― パリにいる演出家や振付家とも、リモートで稽古が行われたそうですね。
三宅 そうなんです。やはり距離感などは掴みにくいですし、稽古の時マスクをつけているせいか表現や表情についても指示は少なかったので、出演者が皆で話し合いながら作り上げていきました。料理人役の針生美智子さんや死神役の山下牧子さんほか、経験豊かな大先輩の方々に本当に助けていただきました。
― 8月に出演された島田雅彦台本、渋谷慶一郎作曲による新作オペラ『Super Angels スーパーエンジェル』では、学者になる賢い少女エリカを演じました。この作品はAIのアンドロイドであるオルタ3との共演が話題になりましたが、演じられていかがでしたか?
三宅 お引き受けした時にはどのような作品になるか全くわからなかったので、ワクワクと同時にドキドキして稽古に入りました。実際はやはり、音楽だけではないところに苦労があったと思います。AI が主人公で、機械と一緒に声を合わせて歌うということが私にとっても人生で初めての出来事でしたから。どうしても音楽的にずれが生じてしまい、それをどうするかなど細かいところに気を遣わなくてはならなかったり、会話をしている場面では、どのようにしたら人間とAIが触れ合っているように見えるかなどを研究したり、試行錯誤の連続でした。音楽のタイミングも難しいので、大野マエストロが出すきっかけを全身で感じ取るようにしていました。この作品でも周りの方に助けられたからできたということはあると思います。特にホワイトハンドコーラスNIPPON の子どもたちは一人一人が違っていて、無限大の可能性があるというか、人に何かを与えるのに自ら制限をかけてはいけないんだと気づかされ、勇気づけられることも多かったです。
― 三宅さんは、藤倉大さん作曲の新作オペラ『アルマゲドンの夢』でもベラのカヴァー歌手として、オペラトークの動画配信の中で素晴らしい歌唱をされていました。このようなコンテンポラリーの作品を歌われる時にも、常に音楽として魅力的に聞こえるのが素晴らしいと思うのですが、どのような勉強をされたのでしょう?
三宅 私は東京音楽大学大学院を卒業した後、アメリカでドーン・アップショウ先生に師事しました。奨学金をいただいてニューヨークに留学した時に最初に師事していた先生がご紹介くださったのです。アップショウ先生は現代オペラやミュージカルなどでも活躍されている著名なオペラ歌手で、アーティストとして尊敬する彼女の教えを受けた影響は大きかったと思います。王道のクラシックだけでなく、コンテンポラリーなど様々な音楽を歌えるようにという教育方針でした。アメリカでは最初は英語で苦労しましたが、どのようなジャンルの作品を歌う時にも、一番大切なのは言葉であり、歌の内容を伝えること、言葉の意味をきちんと把握すれば歌の息遣いがそれにふさわしいものとなるという教えは、とても印象的でした。
全幕では初めてのパパゲーナ 近藤さんとの共演が楽しみ
― 4月には『魔笛』のパパゲーナ役に出演されます。ついにポピュラーなレパートリーの作品を新国立劇場で歌うことになりますね。
三宅 パパゲーナは、終幕の二重唱などをコンサートで歌ったことはありますが、全幕通して演じるのは今回が初めてになります。声楽的には私の声に合った役だと思いますが、ドイツ語の台詞部分、特に老女と若い娘の声など、しっかり演じ分けなければなりません。
― パパゲーノ役の近藤圭さんとの共演は?
三宅 近藤さんとは、これまでもコンサートなどで共演させていただいています。彼のパパゲーノは舞台を拝見したことがありますがとても素晴らしく、今回の共演が楽しみです。それからこれは、近藤さんと最近共演したコンサートでのエピソードなのですが、まず二人で『ドン・ジョヴァンニ』のドン・ジョヴァンニとツェルリーナの二重唱を普通に歌ったあと、「もしツェルリーナが肉食系女子だったら?」というお題で、同じ曲を今度はツェルリーナがドン・ジョヴァンニを誘惑する演技でもう一度歌いました。これはピアノを弾いた加藤昌則さんのアイデアだったのですが、私は舞台袖で加藤さんから事前に聞いていましたが、近藤さんは舞台に乗るまで知らされていなかったので本当にその場で即興の演技をしたのです。その時の、女性に迫られてタジタジとする彼の様子がまさにパパゲーノで(笑)。お客様もたくさん笑ってくださいました。
― 三宅さんは舞台上での動きが非常にきれいで、しかも役柄ごとにがらりと変わる印象がありますが、演技もアメリカで勉強されたのでしょうか?
三宅 アメリカでは演技の授業はなかったので、習ったのは大学院の授業だけです。あとは様々な舞台やライブビューイングを観たり、アメリカで生活していた時に見た、日本人とは違う身体の動かし方、ジェスチャーなどを、無意識に観察して取り入れたりしているのかもしれません。『夜鳴きうぐいす』の時はうぐいすの映像などを見て研究しましたが、さすがに真似できませんでした(笑)。これは振付のナタリー・ヴァン・パリスさんがリモートで、鳥に見える動きを教えてくださいました。また、新国立劇場をはじめ、カヴァーキャストとしてたくさんの公演に関わらせていただいて、世界で活躍される歌手の方々の稽古風景や息遣いを間近で見ることのできた経験も糧になっていると思います。
日本人ならではのチームワークで『魔笛』の幻想的な世界観を
― 三宅さんはいつごろ、歌手になろうと思われたのでしょう? お父様(三宅民規氏)が海外からの一流のアーティストとも共演なさった声楽伴奏ピアニストでいらっしゃったと聞いていますが、その影響があったのでしょうか?
三宅 私の両親は共にピアノが専門だったのですが、父はオペラの伴奏者としても活動していて、私自身には記憶がなくても、小さいころから自宅で歌を聴く機会が多くあったようです。父は私が中学三年の時に他界してしまいましたが、生前、「歌には興味がないのか?」と言われたことがありました。でも当時はクラシックの歌にはまるで興味がなかったのです。父が亡くなった後、東京音楽大学で父の同僚でいらした成田繪智子先生にお会いした時にも、先生が「歌はやらないの?」と聞いてくださって。それでもすぐにその気にはならなかったのですが、成田先生が何度か誘ってくださって、やってみようかと。ソリストというより音楽の先生になるために音楽大学に行こうと思ったんです。
大学の同級生は上手な人ばかりで私は落ちこぼれだったので、先生が一年に一曲しか課題曲をくださらず、ひたすらその曲ばかり練習していました。そうしたら三年のある時、声が急に変って、それまで出なかった高音も出るようになったのです。それから本当に歌が面白くなりました。ピアノも子どもの時から習ってはいたのですが、後から思えば性格的に歌の方が向いていたのかもしれません。
― オペラのほかにご趣味はありますか?
三宅 野球観戦です。父がヤクルトファンで、中学時代に初めて神宮球場に連れていってもらいました。当時はヤクルトの黄金期で、同級生にもヤクルトファンが結構いたので、皆でよく神宮に行きました。中学生のうちにヤクルトが優勝したのですが、私たちが学校に行っている間に同級生のお母様に神宮に並んでチケットを取っていただき、皆でその瞬間を見届けたという、はた迷惑、かつ楽しい記憶もあります。
去年はそのヤクルトがなんと二十年ぶりに日本一になりましたから、もちろん神宮にも行きましたし、自宅でも大声を張り上げて応援して、近所迷惑だったかもしれません(笑)。
― それは素晴らしいです。クールな舞台の印象と違うというか、意外なご趣味ですね。
三宅 歌手とアスリートには、ある意味通じるものがあると思うんです。音楽家もアスリートも見えない所で練習を重ね、本番の日にどれだけ力を発揮できるか、オペラだったらチームワークも大事というようなところも似ていますよね。どんなに準備しても失敗することがある、という点も含めて。だからスポーツ全般が好きなのですが、野球は特に好きということで。
― ぜひいつか神宮球場で『君が代』を歌ってください。
三宅 ああ! 神宮で歌えたらもう歌をやめてもいいです!
― いえ、それは困ります(笑)。では最後に『魔笛』を楽しみにしていらっしゃる読者の方にメッセージをお願いします。
三宅 今回はオール日本人キャストなので日本人ならではのチームワークを発揮して、『魔笛』の幻想的な世界観を楽しんでいただける舞台を目指したいです。新国立劇場にいらっしゃるような耳の肥えたお客様にとっても新鮮な、私らしいパパゲーナをお見せできればと 願っています。
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