バレエ&ダンス公演関連ニュース
吉田都舞踊芸術監督が語る2024/2025シーズン
バレエ&ダンスの2024/2025シーズンは、古典あり、21世紀のバレエあり、コンテンポラリーやバレエ団出身ダンサーの振付による新作あり、とバラエティに富んだラインアップ。
そして、シーズン最後には、新国立劇場バレエ団初となる英国ロイヤルオペラハウス公演を行う。
「チャレンジの1年」に向かう意気込みを吉田都舞踊芸術監督が語る。
新シーズンのテーマは「With a Sense of Adventure」 新たな挑戦に向けて『眠れる森の美女』で開幕
――新シーズンは、クラシック・バレエの金字塔『眠れる森の美女』で開幕します。
吉田 コロナ禍の長いトンネルをようやく抜けて、ここからいよいよ攻めの姿勢で突き進んでいきたい、そんな思いを込めて、新シーズンのテーマには「With a Sense of Adventure」(冒険心を胸に)という言葉を掲げました。新たな挑戦に向けて華やかに船出するべく選んだ『眠れる森の美女』は、役が多く、たくさんのダンサーたちにチャンスを与えることができます。おそらく若手や初役デビューとなるダンサーも多く起用することになるでしょう。
若手の抜擢など、思いきったキャスティングは団内に活気をもたらします。例えば先日の『ラ・バヤデール』もデビュー・キャストがたくさんいましたけれど、ダンサーたちがお互いに応援し合い、助け合う姿に新鮮な感動を覚えました。みんな自分の稽古だけでも手一杯のはずなのに、ベテランが新人に教えたり、同じ役を踊るダンサー同士で先生の注意を伝え合ったり。それは英国ロイヤルバレエで踊っていた私にはあり得なかった光景で、新国立劇 場バレエ団の長所のひとつだと思います。そういう温かい雰囲気や本番までのハラハラドキドキも含めて(笑)、チャレンジする空気というのはやはり素晴らしいものです。
――攻めのシーズンを王道の古典でスタートするところに、吉田監督の矜持を感じます。
吉田 クラシック・バレエを踊るカンパニーであれば、『眠れる森の美女』は絶対に大切にすべきレパートリーであり、定期的に上演していくことが必要です。精確な基礎、舞台上でのマナー、マイムなど、古典を踊る上で欠かせないもの、しかし油断すればすぐに疎かになっていくものが、すべて詰まっていますので。
――続く「DANCE to the Future 2024」は、団内から振付家を育てるプロジェクト「NBJ Choreographic Group」で生まれた選りすぐりの作品を上演する舞台です。
吉田 作品を出す人は徐々に決まってきていますが、その人たちが回を重ねることによってどんどんレベルアップしているのを感じます。そのひとつの結果が、今夏の貝川鐵夫さん振付『人魚姫~ある少女の物語〜』と、来年7月「Young NBJ GALA 2025」で上演予定の福田圭吾さんによる新作です。彼らは毎回のように作品を創り、「DTF」の上演作品に選ばれてきました。踊りと同じで、振付もまた、本番をどれだけ重ねるかがアーティストを成長させます。実際に劇場を使いながら創作経験を積めるこの企画は、今後も大事に継続していきたいと考えています。
――そして年末年始恒例の『くるみ割り人形』は公演回数が年々増え続け、今回は全18公演です。
吉田 クリスマスから新年にかけて『くるみ割り人形』を上演するというスタイルが定着して、嬉しく思っています。ご家族連れはもちろん、最近は海外からのお客様もずいぶん増えてきました。公演数を増やせるのはそれだけお客様が来てくださるからこそ。その背景には、ポス ターやチラシや情報誌の制作、SNS投稿といった、劇場スタッフのみなさんによる広報・宣伝が功を奏している部分も大いにあると実感しています。もちろん、私たちが質の高い舞台をしっかりとお見せして、お客様に満足していただくことが大前提であることは言うまでもありません。
――2025年3月の「バレエ・コフレ」も注目の公演。新制作のランダー振付『エチュード』とフォーサイス振付『精確さによる目眩くスリル』、そして12年ぶりの上演となるバレエ・リュスの代表作『火の鳥』のトリプルビルです。
吉田 来シーズンの最大のチャレンジのひとつです。なぜならこのトリプルビルは、ダンサーたちのレベルが高くて層も厚いバレエ団にしか上演できないプログラムだからです。3演目ともバレエ史に名を刻む珠玉の作品ですが、だからこそ踊る側の力量が問われます。名作の器に適うだけのクオリティを、私たちがお見せできるかどうか。今から頭を悩ませていますけれども、ダンサーたちにとってはかけがえのない挑戦になると思っています。
『エチュード』はバレエクラスをモチーフにした作品で、クラシック・バレエの実力がすべて露呈されてしまうような難しい演目ですが、これをしっかりとやり遂げたらバレエ団がまたひとつ前進するはずです。また『精確さによる目眩くスリル』はコロナ禍のために中止・延期を繰り返してきた演目で、ついに上演が叶います。クラシックのテクニックが使われた振付でありながら、時にその型を解き放ち、「きちんと踊る」を超えることが求められる作 品。この機会にダンサーたちには思いきり殻を破ってほしいと思っています。
――3月には子どもから大人まで楽しめる人気作、山田うんの『オバケッタ』の再演が。そして4月には吉田監督自身の演出により2022年に新制作された『ジゼル』が再び上演され、6月のクリストファー・ウィールドン振付『不思議の国のアリス』と7月の『Young NBJ GALA 2025』でシーズンは締め括りとなります。
吉田 『オバケッタ』は大人も子どももみんなで一緒に楽しめるダンス作品。あの世とこの世を行き来する妖怪たちがとても愉快でありながら、生と死というテーマを温かな眼差しで描いていて、再演できることを嬉しく思っています。
『ジゼル』は、後ほど詳しくお話ししますが、来年7月に英国ロイヤルオペラハウスでも上演する演目。ですからこの4月の公演でしっかりと作り上げてロンドンに向かいたいと思います。
『不思議の国のアリス』も上演のたびに多くのお客様に喜んでいただいている人気作。最終的なキャスティングはクリストファーが行うことになりますが、今回もきっと役デビューのダンサーがいるのではと期待しています。
「Young NBJ GALA」は若手ダンサーに古典のパ・ド・ ドゥ等を踊る機会を与えるために、今シーズンからスタートした企画です。あの場で踊ったダンサーたちが、その後の公演で主役やソリスト役を任せた際にはしっかりと成長した姿を見せてくれました。やはりダンサーたちは、チャレンジを経験し、舞台を重ねるごとに変わっていきます。ですからこの企画もぜひ続けていきたいと考えています。
新国立劇場バレエ団はいよいよ世界に出ていくべき時が来た
――ここまでのお話からも、吉田監督が「若いダンサーの育成」をいかに重視していらっしゃるかが伝わってきます。監督が若手の抜擢を決断する際に大切にしていることを教えてください。
吉田 今のカンパニーはベテラン陣も揃って、大変充実しています。その一方で、バレエ団は常に若手を育てていかなくてはならないこと、そしてそれには本当に時間がかかることを、強く実感しています。芸術監督として大切にしているのは、何よりもまずリハーサルにできる限り立ち会い、本番はすべて客席から観ること。ダンサーたちの様子を日々よく見て、良いタイミングでチャンスを与えられるようにすること。そしてチャレンジさせることを私自身が怖がらずに、挑戦の機会を数多く設けるということです。新人の起用はもちろん不安なことですし、指導者にも負担がかかります。実力のあるベテランたちに踊ってもらうほうがずっと安心なのは間違いありません。けれども私自身、かつてサドラーズ・ウェルズ・バレエ(現在のバーミンガム・ロイヤルバレエ)に入団したての若いダンサーだった頃に、当時のピーター・ライト芸術監督がチャンスを与えてくださったところから道が大きく広がりました。あの時の経験が、若い可能性を信じてキャスティングしていくことの意味や大切さを、今の私に教えてくれているように思うのです。
どんなスターダンサーも、若くて経験のないところからスタートしています。ですから失敗を繰り返したとしても、どんどんチャレンジさせてあげること。信じて任せるということを、私自身が恐れてけないと思っています。
――若手の育成は間違いなく重要である一方で、「抜擢するならまずファースト・ソリストやソリストのランクから選ぶべきでは?」という声もあるかと思います。
吉田 ソロはソリストが踊るべきというのはその通りで、基本的には役とランクが合致しているのが理想です。一方で、バレエの世界は「公平」ではあり得ないというのも真実です。その作品が求める動きや役柄などによって合う・合わないはどうしてもありますから、キャスティングにおいてランクよりも適性のほうを重視することは往々にしてあります。そこはダンサーたちにも理解してもらえるように、面談などの機会にきちんとお話しするよう心がけています。
――そして来シーズンのハイライト、7月の海外公演について聞かせてください。行き先は新国立劇場バレエ団にとって初の地となる英国・ロンドンのロイヤルオペラハウス。吉田監督がかつて踊っていた劇場で『ジゼル』を上演します。
吉田 1997年の発足から四半世紀以上が経ち、新国立劇場バレエ団はいよいよ世界に出ていくべき時が来たと感じています。日本を代表するバレエ団として、広く認識していただけるように。もちろんロイヤルオペラハウスのお客様のシビアさは身に染みていますので、不安や焦 りもありますし、課題も山積みです。それでも冒険心をもって、思いきって行くしかない。私たちの力量と覚悟が試される舞台だと思っています。
――新国立劇場バレエ団は過去2回の海外公演経験がありますが、それらはいわゆる「招待公演」でした。今回は諸経費をバレエ団自身が負担して、自ら赴く公演です。
吉田 日本はやはり「遠い国」。世界のどこかの劇場が私たちの存在を見つけてくれるまで、受け身の姿勢で待っているだけではだめだと思うのです。私はダンサーたちに、ロイヤルオペラハウスのあの舞台に立ってほしい。なぜならそこに立つことでしか感じられない空気があり、あのお客様の前で踊ることでしか学べないものがあるからです。そしてグローバル化を目標に掲げる新国立劇場にとっても、今回のロンドン公演は、未来につながる大きな一歩に なるはずです。
このロンドン公演は、株式会社木下グループ様のご支援により実現できる運びとなりました。あらためて心より感謝申し上げます。
――ロイヤルオペラハウス公演に向けての課題として、吉田監督が「きちんと踊れるだけでは足りない」とおっしゃった言葉が心に残っています。
吉田 まさにそれが、ロイヤルの舞台の上で私が実感してきたことです。どれほど精確な技術で踊っても、それだけでは決して通用しない。あの大きな劇場のすみずみまでストーリーや役柄を伝え、お客様の心を動かせるところまでいくためには、個々のダンサーがもっと必死に取り組んで、もっと自分の内面をさらけ出せるようにならなくてはいけません。
――「観客の心を動かす」という意味では、例えばロイヤル時代の「吉田都さん」の姿を思い起こすと、踊りにおいても表現においても、こちらの心を揺さぶってくる強さと迫力が ありました。現在のロイヤルのプリンシパルたちにも共通するものを感じますが、あの迫力や強さの正体とはいったい何でしょうか?ロイヤルの何が、ダンサーたちをあのように鍛え上げるのでしょうか?
吉田 ロイヤルのダンサーたちの踊りには、「意志」が見えるように思います。それはおそらく、彼らが日々自分の存在を踊りで主張し続けなくてはいけない環境の中で闘っているからではないでしょうか。
先ほど、ここのダンサーたちがお互いに助け合う様子について「ロイヤル時代の私にはあり得なかった」とお話ししましたけれど、あちらのダンサーたちは「自分で掴んだものは自分のもの」という考え方。それを他人にシェアすることはしませんし、特にプリンシパルのリハーサルを他のダンサーが見学することはまずありません。それは他の人が出入りすると集中力が途切れるからでもありますし、「自分はこう踊りたい」という意志がブレてしまう からでもあります。他の人の踊りを見ると勉強にはなりますが......孤独ですけれど、ダンサーとは本来その身ひとつで勝負するもの。孤独を感じながら自分自身と闘い続けることで、心身ともに強く鍛えられていくのかもしれません。
――新シーズンに向けて、ファンのみなさんにメッセージをお願いします。
吉田 新国立劇場バレエ団のダンサーたちは、若手からベテランまで、ますます頼もしく成長しています。例えば本年の年明けに大地震が能登半島を襲った際には、ダンサーたちのほうから「終演後、募金に立ちたい」と申し出てくれました。年末から連日続く「くるみ割り人形」 公演で疲れもピークに達しているはずなのに、社会に対する視野を広く持ち、アーティストとして何ができるかを自分たちで考えてくれたことが本当に嬉しくて、胸を打たれた出来事でした。
新たなチャレンジに向かうと同時に、ダンサーたちの労働環境のいっそうの整備や待遇改善、芸術団体としての社会貢献等についても、引き続き力を入れてまいります。2024/2025シーズンも、どうか私たち新国立劇場バレエ団の挑戦を温かくお見守りいただけますと幸いです。
新国立劇場・情報誌 ジ・アトレ7月号掲載
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