バレエ&ダンス公演関連ニュース
「バレエ・アステラス 2024」作品解説(7月26日更新)
「バレエ往来の交差点=クロスロード」の役割を担う魅力ある公演をめざし、今回も魅力的な作品が揃いました。
人気の古典作品から日本初演の現代作品まで、多彩なプログラムでバレエの「今」を劇場でぜひ体感してください。
◆作品解説執筆:實川絢子
舞踊ジャーナリスト。東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。2007年英国ロンドンに移住。ダンサーや振付家のインタビューを数多く手がけるほか、公演プログラムやウェブ媒体、本、雑誌などにバレエ関連の記事を執筆。
(★印の作品は「日本初演」)
『マノン』第1幕より寝室のパ・ド・ドゥ
出演:アリーナ・コジョカル、吉山シャール ルイ
振付:ケネス・マクミラン 音楽:ジュール・マスネ 編曲:マーティン・イェーツ
作品解説
原作は、アンドレ・プレヴォーによるファム・ファタルの原型を描いたと言われる小説『マノン・レスコー』(1731年出版)。1974年に英国ロイヤルバレエによって初演されたケネス・マクミラン振付の全3幕作品は、同氏の『ロメオとジュリエット』、『マイヤリング』と並びドラマティック・バレエの最高峰のひとつと言われている。お金はなくとも真っ直ぐな愛を向けてくれる神学生デ・グリューと、贅沢な生活を叶えてくれる好色な老富豪ムッシュー・DMの間で揺れ動く、等身大の人間マノンが自らの美しさゆえにたどる悲劇である。駆け落ちして幸せな日々を送るマノンとデ・グリューを描く第1幕の寝室のパ・ド・ドゥは、戯れるように手足をシンクロさせるリフトなど、恋の高揚感に浮き足立ったふたりの伸びやかで独創的な振付が魅力。オペラの同名の曲ではなく、ジュール・マスネの既成の曲をまるで初めからこのバレエのために作曲されたかのように編成した楽曲とともに、若き恋人同士の幸福の絶頂の瞬間を晴れやかに歌い上げ、その後に展開する悲劇との対比を鮮やかに描き出す。
『ラプソディ』よりパ・ド・ドゥ
出演:アリーナ・コジョカル、吉山シャール ルイ
振付:フレデリック・アシュトン 音楽:アセルゲイ・ラフマニノフ
作品解説
1980年に英国ロイヤルバレエで初演された『ラプソディ』は、フレデリック・アシュトンによる晩年の傑作のひとつ。エリザベス皇太后の80歳の誕生日祝いにというマーガレット王女たっての依頼と、ミハイル・バリシニコフが、同団への客演の条件としてアシュトンに新作の振付を依頼したことが重なって誕生した、祝祭感あふれる作品である。74年に旧ソ連から西側へ亡命したバリシニコフに対して、アシュトンは「君に可能なステップを全て見せて欲しい」と言い、彼が得意とする超絶技巧をふんだんに盛り込んでその魅力を最大限に見せつけることを選択。英国スタイルのバレエを学びたいと期待していたバリシニコフは落胆したというが、華麗な跳躍や回転、そして切れ味抜群のアレグロの動きが特徴の難易度の高い男性プリンシパルの踊りは、今なお観る者を熱狂に包む。一方で女性プリンシパルの振付は、ロイヤルバレエの元プリンシパルのレスリー・コリアに創作され、ロイヤルらしい上品で軽やかなフットワークが特徴。ラフマニノフの名曲『パガニーニの主題による狂詩曲』にのせ、ロシア的な要素と英国的な要素がドラマティックに交錯する。
『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』
出演:近藤亜香、チェンウ・グオ
振付:ジョージ・バランシン ©The George Balanchine Trust 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
作品解説
チャイコフスキー・パ・ド・ドゥは、1960年にニューヨークで初演された、ジョージ・バランシンによるネオクラシック・バレエの代表作。1877年にモスクワで上演された『白鳥の湖』において、主演のボリショイ劇場バレエのプリマ、アンナ・ソベシチャンスカヤが3幕でパ・ド・ドゥを踊る事を希望した際、チャイコフスキーが追加作曲したとされる楽曲が使用されている。このチャイコフスキーの楽曲は、1895年にプティパが『白鳥の湖』の改訂振付を手がけた際には使用されず長い間お蔵入りとなっていたが、それから半世紀以上経った1953年、チャイコフスキー博物館で再発見され、それが後にバランシンのインスピレーションとなった。ダイナミックな連続フィッシュダイヴなど、華麗なテクニックが凝縮された作品で、しばしば〈音楽の視覚化〉と称されるバランシンの音楽性が存分に堪能できるプロットレス・バレエである。
The Performance of Tschaikovsky Pas de Deux, a Balanchine® Ballet, is presented by arrangement with The George Balanchine Trust and has been produced in accordance with the Balanchine Style® and Balanchine Technique® Service standards established and provided by the Trust.
『ハムレット』よりパ・ド・ドゥ ★日本初演
出演:鈴木里依香、住友拓也
振付:レオ・ムジック 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー、カミーユ・サン=サーンス
作品解説
『ハムレット』は、レオ・ムジック振付による新作の物語バレエで、プリンシパルの鈴木里依香・住友拓也の主演により、2023年11月に同劇場で初演された。原作はシェイクスピアによる同名の戯曲で、今回上演されるパ・ド・ドゥ は、戯曲の中で最も有名なハムレットの第4独白(第3幕第1場)「To be, or not to be, that is the question」を中心に展開。父王を暗殺した真犯人を知ったハムレットが、現状に耐え忍んでこのまま生きていくべきか否かと苦悶する姿が描かれる。オフィーリアは、そんな彼に優しく接しようとするも、ハムレットは狂気を装って「尼寺へいけ。もし結婚する なら持参金代わりに呪いの言葉をくれてやる」と容赦なく言い放ち、オフィーリアはそんな変わり果てた恋人の姿を嘆き悲しむ。行き場のない感情をぶつけるように踊るハムレットや一見荒々しいリフトなど、ふたりの痛々しいまでの感情のすれ違いが黒を基調にした 舞台に浮かび上がり、息をするのを忘れてしまうほどインテンスなデュエットに仕上がっている。
『コッペリア』第3幕パ・ド・ドゥ
出演:玉井千乃、北井僚太
振付:アルテュール・サン=レオン 音楽:レオ・ドリーブ
作品解説
『コッペリア』は、フランス人振付家であり、ロシア帝室バレエ団のメートル・ド・バレエも務めたアルテュール・サン=レオンによって振り付けられ、1870年にパリで初演された全3幕のバレエ作品。その後84年にプティパがロシア帝室バレエ団のために再振付したものが、ロシア革命後英国に伝えられ、1933年に英国ヴィック=ウェルズ・バレエ団(現在のロイヤル・バレエの前身)が上演。英国ロイヤル・バレエは、その時に主演したニネット・ド・ヴァロワによる版を今なおレパートリーとしている。物語の下敷きになっているのは、E.T.A.ホフマンによる怪奇小説『砂男』。好奇心いっぱいの村娘スワニルダと恋人のフランツ、変わり者の人形師コッペリウスを中心として、フランツが人形コッペリアに恋をしたことをきっかけにコミカルな物語が展開する。今回上演されるのは、数々の冒険を経て、仲直りしたスワニルダとフランツが結婚式で披露する第3幕の〈平和のグラン・パ・ド・ドゥ〉。ゆったりとした曲調のドリーブの音楽にのせ、お互いへの信頼を取り戻したふたりの愛が描かれる。
『海賊』第1幕より奴隷のパ・ド・ドゥ
出演:升本結花、有水俊介
振付:マリウス・プティパ 音楽:オルデンブルク公
作品解説
複雑な成り立ちを持つバレエ作品『海賊』は、ジョセフ・マジリエがパリ・オペラ座で初演した版(1856年)、ジュール・ペローとプティパによる版(1858年)などが存在するが、今日踊られている『海賊』はその多くがプティパの1899年に上演された版に基づいているとされている。原案はバイロン卿による詩『海賊』と言われているが、実際は物語性よりもスペクタクル性が重視された作品で、今回上演される奴隷のパ・ド・ドゥもその例外ではなく、超絶技巧が満載。恋人同士の踊りが定番のパ・ド・ドゥにしては珍しく、奴隷商人ランケデムがメドーラの友人である美女ギュルナーラを奴隷市場で高く売り込もうとするという設定で、所々にそんなふたりの力関係を表すマイムが散りばめられている。自信に満ちたランケデムのダイナミックで豪快な跳躍、不安と哀しみの中に官能性を滲ませるギュルナーラのダイアゴナル連続回転、そしてギュルナーラの美しい跳躍をさらに際立たせるようなユニークなリフトなど見応えのある振付で、クラシック・バレエの醍醐味を堪能できる。
『ロメオとジュリエット』よりバルコニーのパ・ド・ドゥ ★日本初演
出演:綱木彩葉、ジョセフ・グレイ
振付:デヴィッド・ドウソン 音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
作品解説
ドレスデン国立歌劇場でアソシエイト・コレオグラファーを務め、ブノワ賞も受賞した英国人振付家デヴィッド・ドウソンは、クラシック・バレエに変革を起こし続ける振付家のひとり。ダンス・クラシックのステップを基盤にしつつ、抽象バレエ、物語バレエともに、感情をダイナミックな身体の動きに昇華させる、詩情あふれる作風が特徴だ。シェイクスピアによる名作『ロミオとジュリエット』は、主にセルゲイ・プロコフィエフによるバレエ音楽が20-21世紀の数々の振付家にインスピレーションを与え、ケネス・マクミラン版をはじめとする多くのバレエ作品が存在するが、2022年11月に初演されたドウソン版は、ドレスデン国立歌劇場で上演される5つ目の『ロメオとジュリエット』となる。今回上演されるバルコニーのパ・ド・ドゥは、初恋の瑞々しい疾走感を反映するように主人公のふたりが舞台いっぱいに駆け回る、フレッシュな振付。どこまでも自由で人間的でありながら、ステップとステップを流れるように繋げる完璧なコントロールが要求される、ダンサーにとってもチャレンジングな作品だ。
『白鳥の湖』第3幕パ・ド・ドゥ
出演:ミルナ・ミチウ、吉田司門
振付:マリウス・プティパ 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
作品解説
クラシック・バレエの代名詞の代名詞とも言える『白鳥の湖』。1877年にユリウス・ライジンガー振付によってボリショイ劇場で初演されたが、この作品の評価を高めたのはチャイコフスキーの死後1895年マリインスキー劇場で全幕初演されたプティパとイワーノフによる改訂振付版とされている。中でも有名なイワーノフが振り付けた第2幕の白鳥のグラン・パ・ド・ドゥと並ぶ作品のハイライトが、それとあらゆる意味で対照的な、プティパ振付による第3幕のパ・ド・ドゥである。優美で流れるようなオデットの踊りに対し、オディールの踊りはスタッカートの効いた切れ味の鋭い踊り。初演時には、プティパのお気に入りであったイタリア人プリマ、ピエリーナ・レニャーニが32回転のグラン・フェッテ・アントール・ナンを踊って観客を熱狂させたという。2幕に引き続き、左足軸を酷使するオディールのヴァリエーションを踊った後のバレリーナにとっては疲れのピークでこの連続回転をすることになり、ダンサーのスタミナが試される振付となっている。元々はオディールの役は黒鳥という設定ではなく、白と黒の対比がされるようになったのは比較的近年である。
『デンジャラス・リエゾンズ』第2幕より寝室のパ・ド・ドゥ ★日本初演
出演:吉田合々香、ジョール・ウォールナー
振付:リアム・スカーレット 音楽:カミーユ・サン=サーンス 編曲:マーティン・イェーツ
作品解説
2021 年に惜しまれつつ亡くなった英国人振付家リアム・スカーレットが、19 年にクイー ンズランド・バレエのために振り付けた野心的な物語バレエ作品。1782 年に出版された フランスの古典、ピエール・ショデルロ・ド・ラクロによる175 通の手紙を通して語ら れる書簡小説『危険な関係』が原作となっている。「女性のために復讐し男性を征服する」 と宣言するメルトイユ侯爵夫人と、彼女と共犯関係にあるヴァルモン子爵を中心に数多く の人物が登場するが、スカーレットはそれを全2 幕のバレエ作品に凝縮。今回上演され るのは、2 幕2 場のヴァルモンが貞淑なトゥールヴェル夫人を誘惑しようとする場面。初 めは戯れの恋だったはずが、段々と彼がトゥールヴェル夫人に心を開き、本気の恋に落ち ていく様子が描かれる。ケネス・マクミランやジョン・クランコといった英国のドラマ ティック・バレエの系譜を受け継ぐ存在と言われたスカーレットは、複雑な人間の心理描 写を振付に昇華することに長けており、ヴァルモンの心情の変化が段々と優しさと情熱の 滲み出るパートナリングに反映されていく。
『眠れる森の美女』第3幕パ・ド・ドゥ
出演:柴山紗帆、井澤 駿
振付:ウエイン・イーグリング (マリウス・プティパ原振付による) 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
作品解説
1890年にマリインスキー劇場で初演された『眠れる森の美女』は、シャルル・ペローによるおとぎ話を題材に、プティパとチャイコフスキーとの密な連携によって精緻に作り込まれた作品である。グラン・パ・ド・ドゥやディヴェルティスマンが秩序だって配され、クラシック・バレエの様式美はこの作品によって確立されたとも言われている。ダンサーにとっては、厳格なアームスの形や身体の向き、ごまかしの効かないステップを振付の通りにきっちりと踊ることが求められ、まさにクラシック・バレエの真髄が詰まっている作品と言えるだろう。なかでも第3幕のオーロラ姫とデジレ王子の結婚式のパ・ド・ドゥは、フィッシュダイヴをはじめとするアイコニックな造形が随所に散りばめられ、グランドフィナーレに相応しい華やかな踊り。2014年に初演された新国立劇場版は、こうしたプティパの振付を踏襲しつつ、英国人振付家ウエイン・イーグリングがモダンな要素を取り入れて改訂振付したプロダクションで、高い評価を得ている。
『Une Promenade』 ★日本初演
出演:キム・ジヨン、チョン・ミンチョル
振付:キム・ヨンゴル 音楽:フレデリック・ショパン ピアノ演奏:シン・ジェミン
作品解説
パリ・オペラ座バレエで活躍し、現在韓国芸術総合学校バレエアカデミーにて教鞭を執るキム・ ヨンゴルの振付作品『Une Promenade』は、ジョン・クランコ振付『オネーギン』第1幕のオネーギンとタチアナの出会いをモチーフにした作品。公園でひとり瞑想しながら歩く男と、それを遠くから見つめる女が 男に話しかけ、共に散歩する。悲劇的な結末を迎える同作の結末がハッ ピーエンドであったなら、という想定のもと振付が行われたという。
『The Prejudice』 ★日本初演
出演:アン・セウォン
振付:キム・ヨンゴル 音楽:カミーユ・サン=サーンス
作品解説
キム・ヨンゴルの振付による『The Prejudice』は、ミハイル・フォー キン振付『瀕死の白鳥』にインスパイアされた作品。サン・サーンスに よるお馴染みの音楽を使いつつ、黒鳥による〈反抗〉を描くことで、〈白〉 と〈黒〉に関して差別や偏見を生み出す無意識の固定観念に疑問を呈す 意欲作だ。
『ライモンダ』第3幕よりジャン・ド・ブリエンヌのヴァリエーション
出演:イ・カンウォン
振付:マリウス・プティパ 音楽:アレクサンドル・グラズノフ
作品解説
1898年初演のプティパ振付『ライモンダ』第3幕の十字軍騎士ジャン・ド・ブリエンヌのヴァリエーションは、ライモンダとの結婚式の場面で踊られる踊り。ハンガリーの民族舞踊を思わせる振りが随所に散りばめられつつ、高度なコントロールが要求される回転などの見せ場の多い踊りである。
『 Conrazoncorazon』より
出演:新国立劇場バレエ研修所
振付:カィェターノ・ソト
作品解説
今回抜粋上演される『Conrazoncorazon』は、今注目のスペイン・バルセロナ出身の振付家、カィェターノ・ソトによる振付で、「バレエ・アステラス2021」公演で新国立劇場バレエ研修生によって日本初演され好評を博した作品。ソトは振付だけでなく照明・衣裳デザインも手がけ、映画のように没入できる独自の世界を舞台上に展開することで知られており、その大胆で革新的な作品は、シュツットガルトのゴーティエダンス、オランダのイントロダンス、カナダのバレエ BC 、米国のバレエX など、世界各地のバレエ・カンパニーで上演されている。作品のタイトル『Conrazoncorazon』は、スペイン語の「razon(理性)」と「corazon ( 心)」掛け合わせた造語で、感情と理性との葛藤といったようなニュアンスを持つ。私たちの人生を左右する感情と理性の駆け引きが、予想を裏切るような遊び心あふれるステップやフォーメーションで表現され、騎手姿のダンサーたちの音楽性と表現力が最大限に試される作品となっている。
(7月18日記事公開)
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「バレエ・アステラス 2024」作品解説(7月26日更新)