バレエ&ダンス公演関連ニュース
こどものためのバレエ劇場2024『人魚姫』振付 貝川鐵夫 インタビュー
嵐の夜、海で溺れる王子を助けた人魚姫。魔女の魔法で人間となり、王子と再会。2人はひかれあうが、王子にはすでに婚約者がいた......
アンデルセン童話「人魚姫」をモチーフにした新作バレエを世界初演!こどものためのバレエ劇場2024『人魚姫~ある少女の物語~』。
演出・振付を手掛けるのは、貝川鐵夫。2022年まで新国立劇場バレエ団で22年間ダンサーとして活躍した彼が、全幕作品を初めて創作する。
新国立劇場バレエ団から誕生するオリジナルバレエはどのような作品か、大いに語る。
インタビュアー◎守山実花(バレエ評論家)
ジ・アトレ誌 2024年5月号より
【あまり知られていない原作の結末が物語の核心では そう考えた『人魚姫』】
――貝川さんはこの夏、世界初演となる「こどものためのバレエ劇場2024『人魚姫〜ある少女の物語〜』」で振付・演出を担当されます。貝川さんの作品はすでに新国立劇場バレエ団で上演されていますが、全幕作品は初めてですね。
貝川 新国立劇場の振付家育成プロジェクトである「NBJ Choreographic Group」で全幕作品の一部分を振り付けるという課題があり、そのとき私が作ったのが『人魚姫』のパ・ド・ドゥでした。それを吉田都芸術監督が選んでくださり、今回、全二幕の作品として上演されることになりました。
作品のモチーフは、アンデルセンの有名な童話『人魚姫』です。三百年の寿命を持つ人魚姫が人間である王子に憧れ、人魚よりずっと寿命の短い人間となりますが、想いは実らず海の泡になってしまいます。ストーリーとしてよく知られているのはここまでかもしれません。でも実は原作には続きがありまして......泡になった後、人魚姫は天国に召されるまで三百年のあいだ風の精として過ごしますが、親から愛しみを受ける子どもを見つけると試練は一年ずつ短くなり、親を悲しませる悪い子がいると一日ずつ長くなる、という結末です。最後のこの部分は、アンデルセンから私たちへの問いかけのように思えます。アンデルセンがこの物語で伝えたかったことは、ここに集約されているのではないか、そのようなことを考えながら『人魚姫』を構想しました。
作品は、人魚姫の繊細な感情や、王子とその婚約者との関係にフォーカスし、その人間模様を描き出すために登場人物や物語を整理しました。上演時間は、休憩を入れて二時間弱程度です。一幕が四十五分ほどで、小学校の授業一コマとほぼ同じ時間にして、子どもたちが集中できる時間ということも考慮しました。
――音楽や衣裳、装置についてお聞かせください。
貝川 音楽は、ドビュッシー、マスネ、ヴェルディ、ロッシーニなど十九世紀の作品を中心に選びました。楽曲のイメージが物語の空気感を作っていきますので、音楽の流れにはかなりこだわっています。皆さんがよくご存じの曲も出てきますが、従来のイメージに縛られず様々な捉え方をして、音楽からもイメージを膨らませていただければと思います。
街の情景は、私が留学したモナコをイメージしています。山や海があって、夜になると風が吹いてきます。最初に作ったパ・ド・ドゥは夜風に吹かれる人魚をイメージしたもので、音楽はマスネの「タイスの瞑想曲」を使いました。
先日、上演のための音楽を録音しましたが、オーケストラの皆さんには無理なお願いを聞き入れていただきました。「息をちょっと詰まらせて吹いて」「ここは第一ヴァイオリンでスタートして」など楽譜上の指示とは異なる表現をしていただいた部分もあります。既存の曲を使うとはいえ『人魚姫』のための音楽になっていますので、お客様にも普段とは異なる聴こえ方を楽しんでいただけるのではないでしょうか。
衣裳デザインの植田和子さんは、以前私の振付作品『カンパネラ』『ロマンス』を担当してくださっており、私が衣裳に求める質感やデザインを理解してくださっているので心強いです。そして舞台装置は川口直次さんが担当してくださいます。自分自身がダンサーとして出演した『ホフマン物語』『くるみ割り人形』『眠れる森の美女』など川口さんが手掛けた美術は質感も素晴らしく、ぜひお願いしたいと思っていました。デザインするにあたり様々な質問をいただくので、それにお答えするために必死でいろいろなことを調べています。例えば、海は地中海をイメージしているのですが、気候や温度、生息する海藻類といったことまで、川口さんが求めるディテールを具体的にお伝えしています。
――ご自身のこれまでの様々な経験が作品の中で活きていますね。
貝川 新国立劇場バレエ団に在籍中は、立ち役から主役、クラシックからコンテンポラリーまで幅広く作品を経験してきたので、そこで培われた知見や技術を作品に活かせればと思っています。
振付に関しては、新国立劇場バレエ団は"バレエ団"ですから、クラシック・バレエの舞踊言語を使っています。私自身がクラシックに対して畏敬の念を強く持っていますので、クラシック・バレエへのオマージュ的な意味合いもあります。現代音楽は使わず、舞台美術にしてもCGや映像を使用することなく、あくまでも古典的な手法を用いた作品になります。
「こどものためのバレエ劇場」ではありますが、過度な説明をつけることはしません。バレエは言葉を発しない芸術です。言葉にできないことを、ダンスを通して表現するものだからこそ、何も難しいことを考えずにただ感じてほしい。子どもたちにはバレエが持っている"余白"から、想像を膨らませてもらえたら嬉しいです。
バレエにおいて、正確なポジション、テクニックといった技術的なことはもちろん大事です。でも私が大切にしているのは、動く前の立ち姿から音楽とひとつになること、そして、気持ちが高ぶり動き出す最初の一歩にこめられた表現力です。人魚姫と王子の出会いのシーンでも長すぎるくらいの間を大切にしています。間、つまり二人の距離感の中に音楽が流れ、美術の空間が存在することで「出会い」という特殊な事件が起こる瞬間を描きたいと思っています。
【瞬間ごとに浮かぶ気持ちを素直に味わってください】
――キャストについてはいかがでしょうか。
貝川 人魚姫は米沢唯、木村優里、柴山紗帆。王子は速水渉悟、渡邊峻郁、そして中島瑞生です。中島君は今回が主役デビューとなります。彼には立っているだけで物語を語れるダンサーになってほしいですし、この役を足がかりとしてさらなる活躍を願っています。
魔女の役は「深海の女王」という役名にしました。深海魚たちを束ねている存在として、場を支配する力がほしいと思い、奥村康祐、井澤駿、そして若手の仲村啓に踊ってもらいます。足元はポワントです。奥村君は美しいと同時に凄みもある、井澤君には突き抜けた演技を期待しています。彼らはプリンシパルとしていろいろな経験を積んでいますから、表現力があり、視線にも強さがあります。仲村君はなんといっても長身ですので、迫力が出る。彼なら女王としての存在感やパワーを表現してくれると期待しています。
――バレエと音楽の調和、舞台装置や衣裳からさまざまなイメージが喚起され、子どもはもちろん、大人にとっても発見や気づきのある作品になりそうですね。とても楽しみです。
貝川 お客様には、心で音楽を聴きながら、劇場という特殊な空間に身を委ねていただきたいです。興奮すれば鼓動も速くなり体温も高くなりますから、視覚聴覚だけでなく、客席で感じるすべてをリラックスしながら感じてください。その瞬間ごとに浮かんでくるご自身の気持ちを素直に味わっていただければと思います。
人魚姫はなぜ、自身の長い寿命と引き換えに人間として生きることを選んだのか。アンデルセンの問いかけに対して、明快な回答が作品の中にあるわけではありません。お客様には、あえて答えを見つけようとせず、そのとき感じたものを大事に持ち帰っていただければ嬉しいです。
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