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『ホフマン物語』大原永子前芸術監督インタビュー
バレエ&ダンスの2023/2024シーズンは、歴代の芸術監督へのオマージュを込めたラインアップ。2024年2月に上演するバレエ『ホフマン物語』は、大原永子前舞踊芸術監督が2015年に新制作し、新国立劇場バレエ団のレパートリーとなった作品だ。大原前監督が現役ダンサー時代にスコティッシュ・バレエで出会い、「バレエの奥深さを再発見した」というドラマティック・バレエ。振付家ピーター・ダレルのスタイルとは、そしてバレエ『ホフマン物語』ならではの魅力とは?
インタビュアー◎守山実花(バレエ評論家)
ジ・アトレ誌 2023年11月号より
【『ホフマン物語』をレパートリーに入れた理由】
ピーター・ダレル振付の『ホフマン物語』を新制作したのは、舞踊芸術監督就任二シーズン目(2015年)でした。演劇的要素の強い、人間そのものを描いたドラマティックな作品をバレエ団のレパートリーに入れたかったのです。
私はスコティッシュ・バレエでピーターの作品に出会い、「こういうバレエがあるのか」と衝撃を受けました。彼の作品では、決まりきった動きを全員で一斉に踊るようなことはありません。コール・ド・バレエの端から端まで、一人ひとりが個性を持った人物であることを求められます。だからこそドラマが生まれるのです。私自身がピーターの作品を通してバレエの奥深さを再発見したように、新国立劇場バレエ団のダンサーたちにも、彼の作品から何かをつかみ取ってほしいと思い、『ホフマン物語』を上演しました。
2018年に再演し、今回が三回目の上演になります。ダンサーたちも人生経験を重ねてきていますから、作品や演じる役どころをより深く理解してくれるだろうと期待しています。成長したダンサーたちとの再会が楽しみです。
【ドラマティック・バレエの系譜 ダレル独特のスタイル】
『ホフマン物語』は、演劇性を重視したドラマティック・バレエです。イギリスのドラマティック・バレエは、アシュトン、クランコ、マクミランという流れがあり、ピーターもその流れに連なる、彼らと同じ時代の振付家の一人です。
ピーターの作品には独特のスタイルがあります。私もスコティッシュ・バレエに入団して彼の作品に慣れるのに二年ほどかかりました。新国立劇場バレエ団のダンサーたちは、限られたリハーサル期間で彼のスタイルを理解し、体に入れなければいけません。彼の作品には派手なテクニック、いわゆるファイアーワークはありません。それゆえ簡単そうに見えるかもしれませんが、様々なステップが入り組んでいて、そこに腕などいろいろな動きが細かく組み合わされています。回転にしても、ただ回るのではなく、回りながら腕の位置を変えていくという振付です。ピーターのスタイルを短時間でダンサーたちにどう伝えるか、彼らがしっかりと理解し、動きを自分のものにできるようなティーチングをすることが私の課題です。
【年代を演じ分けるホフマン 動きでいかに年齢を表現するか】
ホフマンという一人の男性の人生物語ですが、彼は第一幕、第二幕、第三幕それぞれで全く違う女性に恋をします。プロローグとエピローグを加えると四人の女性と絡むことになります。そこにファンタジーの要素も加わりますので、とてもユニークでカラフルな作品になっています。ホフマン役は一人で二十代、四十代、六十代、さらにプロローグとエピローグでは晩年の哀愁まで演じるので、年代による演じ分けが必要です。老人を演じるにはどうしたらいいか。背中を丸める、というような単純なことではありません。年齢は歩き方に出ます。重みは体の下部にあらわれるのです。演じるためには、緻密に人間を観察し、考えることが必要です。少し前から私は絵を描き始めたのですが、描くためにはまずよく観察しなければなりません。見る力を持った人、洞察力に優れた人ほど速く上達するのです。演技にも同じことが言えるでしょう。
【ホフマンと 彼をめぐる役に望むこと 】
ホフマン役にとって一番難しいのは第一幕だと思います。若く、自信たっぷりに、颯爽と登場しますが、すべての女性たちを夢中にしてしまう、そんな魅力の持ち主であることを登場から表現しなければなりません。その彼が恋をするのが人形のオリンピア。彼女が人形であることは舞台上の登場人物たちも観客も分かっていますが、ホフマンただ一人だけが生身の女性だと思い込み、恋してしまう。ホフマンが格好良く登場すればするほど、人形に恋してしまう彼の愚かさとの落差が表現されます。そんな滑稽さ、同時に人間の脆さ、弱さが描かれるのが第一幕です。オリンピアを演じるダンサーは、人形でありながら、ホフマンにだけ見えている美しい女性の部分も表現しないといけないという難しさもあります。
第二幕でホフマンが恋する女性はアントニア。心臓の弱いバレリーナです。バレリーナ役とはいえ、きれいに踊るだけでなく、心のひだを表現してほしいと思います。第三幕のジュリエッタは高級娼婦ですが、ピーターがこの役に求めているのは、美化された存在としての女性です。男性たちが自然と吸い寄せられてしまうような、神々しく、毅然とした美しさを表現しなければなりません。
男性でもう一人重要な役が、悪魔のリンドルフです。場面ごとに異なる役で登場し、コミカルだけれどブラックな面もあり、中に秘めたものが必要とされます。
【ドラマ性と芸術性をより深めて】
ダンサーたちには、初演時、再演時より一歩も二歩も踏み込んだ、深い演技を求めていきます。教わったとおりに演じるだけでは、観る人の心を動かすことはできません。普通の生活でも、感情や心の動きは自然と体に出るもの。会話にしても、その時の感情で速度が変わります。心の動きと体は密接につながっています。感動というのは文字通り「感じて動く」こと。表面的な演技ではなく、心の深いところで感じて動かなければ、お客様の心に届きません。音の取り方、芝居の間も、心が動くから自然と出てくるもの。緻密で高度な演技をしてほしいと思います。
『ホフマン物語』を初演から演じているダンサーたちには、より深い洞察力・理解力を持った表現を期待しています。新しく配役された人たちは、どのような演技を見せてくれるか、新境地を拓いてくれることを楽しみにしています。
ヨーロッパの劇場でバレエを見るとよくわかりますが、舞台と観客が一体となるような構造になっており、作品の深いところに観客が入り込んでいけます。ミュージカルの劇場も同様で、舞台の熱気が直接客席に届きます。新国立劇場は広大で、舞台機構も整っており、それが魅力でもありますが、『ホフマン物語』のような作品を上演する場合はその大きさが難しさにも繋がります。その点を克服して、客席の後ろまでドラマを届けられるようにしっかりと指導していきます。
新国立劇場バレエ団も25年の歴史を重ねてきました。その年月の中でダンサーたちが積み重ねてきた経験が厚みとなって今のバレエ団があります。バレエ団は常に成長し続けています。ピーター・ダレルが生み出した深い人間ドラマに、ダンサーたちと一緒に再びチャレンジできることを嬉しく思っています。私も80歳になり、以前とは見えるところも見え方も変わってきました。芸術監督の立場を離れて、より客観的にダンサーたちを見られるようになったこともあります。私自身とダンサーたちが積み重ねてきた時間、人生経験を投影し、よりドラマ性、芸術性が高まった『ホフマン物語』を皆さまにお届けしたいと思っています。
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『ホフマン物語』大原永子前芸術監督インタビュー