バレエ&ダンス公演関連ニュース
長塚圭史さん×米沢唯 スペシャル対談
2023年7月、新国立劇場 演劇『モグラが三千あつまって』の上演台本・演出を手掛けられる劇作家、演出家、俳優の長塚圭史さん。演出家として『マクベス』を演出、俳優として『蜘蛛巣城』*に出演されるなど、『マクベス』を熟知されている長塚さんと、ゴールデンウィークに上演される新国立劇場バレエ団「シェイクスピア・ダブルビル」の『マクベス』でマクベス夫人を務める新国立劇場バレエ団プリンシパルの米沢唯のスペシャル対談が実現。ジャンルは違えどともに舞台芸術を愛するお二人の演劇×舞踊のクロスオーバートークをお届けします。
*『マクベス』を原案とした黒澤明監督による映画『蜘蛛巣城』を舞台化したKAAT神奈川芸術劇場プロデュース『蜘蛛巣城』(2023年、演出:赤堀雅秋)
【互いに抱く尊敬の念】
──舞台芸術の異なるジャンルで活躍されているお二人ですが、お互いに舞台人としてどのような印象をもっていますか。
長塚)
米沢さんは小野絢子さんとともに新国立劇場バレエ団を牽引しているトップダンサー。クラシックバレエの世界で、10年以上トップで居続けることは並大抵のことではありません。そこに驚きと尊敬を感じています。
米沢)
私はこれまでに長塚さんの舞台作品は、新国立劇場での作品はもちろん、阿佐ヶ谷スパイダース『はたらくおとこ』、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『近松心中物語』、シス・カンパニー『ガラスの動物園』、こまつ座『十一ぴきのネコ』を拝見しています。長塚さんは素敵な作品を生み出す、私にとっては雲の上の存在です。
長塚)
いやいや、恐縮です。
──長塚さんはバレエをご覧になることは。
長塚)
まだまだ勉強不足ですが、ダンサーの首藤康之さんと出会い、一緒に作品を作るようになって、舞台も一緒に観るようになったりして少し視界が開けました。首藤さんの日頃からの身体の鍛え方は尋常でない。でもきっとみなさんそうなんですよね。バレエ団では日々どのようなスケジュールですか。
米沢)
10時から1時間半のクラスレッスンがあるので、それを100%の状態で受けるために1時間ほど自宅でウォーミングアップをしてから出かけます。レッスンの後はお昼休みがあり、午後から公演に向けたリハーサルを行っています。
長塚)
リハーサル後はクールダウンとしてさらに身体を動かしますよね?
米沢)
はい(笑)。踊っていると、同じことを繰り返すので身体の使い方もどうしても偏ってしまいます。崩れたバランスを整えるために、私はリハーサル後にピラティスやジャイロに行きます。筋肉もそうですが、呼吸も意識して、一日の終わりに身体をニュートラルに戻したいんです。
長塚)
やっぱりバレエダンサーはすごいですね。
【演劇と身体表現】
──長塚さんは、新国立劇場の「こどもも大人も楽しめるシリーズ」で演劇と舞踊、どちらの要素もある作品を創作されています。演劇と身体表現についてどのような思いをもっていらっしゃいますか。
長塚)
2011年から「こどもも大人も楽しめるシリーズ」をスタートし、10年以上にわたり新国立劇場で試行錯誤させてもらっています。今年で5回目となりますが、この試みはまだ道半ば、もっと先、さらなる可能性があると思っています。
もともとダンスやパントマイムといった身体表現には興味を持っていました。そして強い身体を持つダンサーたちが芝居をし始めたら脅威になると感じました。そしてダンサーが発する"無垢な言葉"があります。俳優とはまた違う純度を持つ言葉だと感じています。
──それが『音のいない世界で』、『かがみのかなたはたなかのなかに』、『イヌビト~犬人~』に反映されてきたのでしょうか。
長塚)
最初の台詞劇に近い『音のいない~』では、近藤良平さんが「台詞(をしゃべるの)が難し過ぎる」と悲鳴をあげました。そこで、次の『かがみのかなた~』では、創作の手順を変えました。まずは話のアウトラインを近藤さんとシェアした上で、ダンサーたちとワークショップを行い、それをもとに舞踊的・身体的な台本を書きました。それによって創作はかなりスムーズに進みました。2020年の『イヌビト』については、新型コロナによって残念なことが続いたので、芝居とダンスに歌も取り入れて、演劇の楽しみを全部詰め込みました。そこでの発見は歌が入ると舞踊との親和性が高まるということ。そうやって得た「声を出す」ことと「身体を使う」ことがうまく連携すると、かなり面白いことになるという手応え。今年の『モグラが三千あつまって』も、それを活かしていこうと思います。
米沢)
私は『かがみのかなた~』のビターな笑いに大人の色気を感じ、素敵だと思いました。こどものためと言いつつ、大人の風合いがあるっていいですよね。
長塚)
残酷だったり、ブラックだったり、色っぽかったり、それらはこの世界に確かにあるもの。それを無いことにしてきれいなだけの世界を見せることはしない。今回上演する作品の原作『モグラが三千あつまって』(作:武井 博)は、モグラ族とイヌ族とネコ族のタロイモを巡る、戦争の話です。僕は9歳の時にこの本を読み、衝撃を受けました。以来、ずっと僕の心の中にあった『モグラ~』を上演します。
【『マクベス』談議】
長塚)
米沢さんの次回作は『マクベス』。僕が知る限り、ロマンティックな恋に落ちる役を踊ることが多い米沢さんがマクベス夫人とは意外です。米沢さんのマクベス夫人はとても興味があります。
米沢)
今はまだ自分の中でいろいろと模索している段階なのですが、ひとつ腑に落ちないことがあります。マクベス夫人は、マクベスを散々そそのかしておきながら、最終的に罪の意識に苛まれて自滅する。その極端さについて、演出家のお立場でどうとらえていらっしゃいましたか。
長塚)
その感覚はとてもよくわかります。「そもそもあなたが言ったことでしょう」って。しかも急展開ですし。
米沢)
そうなんです。一体、彼女に何があったのか、狂気に陥るまでの過程を私の中で埋めなくてはならなくて。
長塚)
その台本に書かれていない抜け落ちた時間は、演出をした時もひとつの課題でした。自分を保とうと強く思うからこそ正気が崩れて狂気となるのではないか。そこから、彼女の正気はどこだろう、どこの正気が折れたのだろうと考えていきました。
米沢)
(大きくうなずき)正気を探す......なるほど! 今掴んだこの感覚で早くリハーサルがしたいです!
長塚)
ところで、そもそもバレエで『マクベス』ってどのような感じになるのですか。バンクォーやマクダフも登場するんですよね。
米沢)
はい。リハーサルを見る限り、ストーリーラインもわかりやすく、しっかりと伝わるものになると思います。また、衣裳などは現代的で、カッコいい『マクベス』になりそうです。
長塚)
いいですね。あと気になるのはマクベスたちに餌を与えるように導いていく魔女たちです。魔女はやはり3人?
米沢)
3人の魔女がいますが、それに加えて魔女の精霊たちによる群舞で魔女の力を表現するところもあります。
【バレエと言葉】
──シェイクスピア劇においてはその「言葉」の存在が大きく、一方でバレエは言葉のない表現です。その辺りは。
米沢)
私はバレエにも言葉はあると思っています。以前はバレエで音楽を表現したいと思っていましたが、最近は語るように踊りたい。そのような"踊りで表現する言葉"です。そのために、リハーサルでは振付家の振付とともにシェイクスピアの台詞も拠り所にしています。
長塚)
そこをもう少し具体的に聞かせてもらえますか。マクベス夫人の台詞を語りながら踊っているということですか?
米沢)
実際に台詞を発することはありませんが、リハーサルで振付家に「ここの振りはこう言っている」と説明される場面もあります。ほかにも自分で「この振りはこの台詞(心情)」と紐づけたり。それは、踏み出す一歩だったり、たったひとつの手の動きだったりするのですが、本に書かれていることと照らし合わせながら言葉を見つけ自分の中に落とし込んでいます。
長塚)
ちなみに米沢さんは、声を出して芝居をした経験は?
米沢)
ありません。俳優さんが人生をかけて訓練されている台詞を発するということを、それなしでなんとなくやってはいけないと思って。
長塚)
なるほど。ただ舞踊と言葉が混ざり合うような舞台では、その声も一つの道具として有効だと思います。その道具はこうあるべきという一定のものではないので。でもやっぱりクラシックバレエのトップの方に「ちょっと芝居に出ない?」と声はかけにくいですよね。
米沢)
やっぱりバレエダンサーはとっつきにくいですか?(笑)
長塚)
いやあ......とっつきにくいです(笑)。
米沢)
そんなことないんですけどね(笑)。
長塚)
今日お話して、少し意識が変わりました。
──最後にそれぞれの作品についてお客様へメッセージをお願いします。
長塚)
本当に、どんな『マクベス』になるのか。
──そちらですか!
長塚)
それがもう気になってしょうがないですね。マクベス夫人のスタンダードというのはなく、演じる人それぞれの個性が出てくる役なので、米沢さんがどんなマクベス夫人像を立ち上げるのか、とにかく楽しみです。
米沢)
私は、こどもの頃からつかこうへいさんや唐十郎さんのお芝居を観て育ちました。難しい言葉ばかりで、その意味は分からなかったのですが、それでもそこにあった熱量はしっかりと覚えています。大人が集中して演じている空間はこどもにも大人にもとっても刺激的で魅力的なもの。きっとそんな光景に出会える『モグラが三千あつまって』が、今からとても楽しみです。
長塚)
現時点でわかっているのは、とにかく4人の俳優が歌って踊って全速力で駆け抜けるような芝居になるということ。『モグラが三千あつまって』なのに4人しか出ないですし(笑)。大人の全力を楽しんでいただけると思います。
取材・文/功刀千曉
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