新国立劇場の建築について
新国立劇場は、オペラ、バレエ、ダンス、演劇等の舞台芸術の上演を主軸にした3つの劇場を中心に構成され、加えてそのさまざまな関連施設からなる、世界的にも数少ない総合的劇場建築です。その設計にあたっては、1986年4月、建設省において我が国で初めての国際的な設計競技(コンペ)が実施され、海外22か国からの60作品を含め、228作品の応募がありました。多種多様な案の中から、数回にわたる審査会を経て、同年の5月末に柳澤孝彦氏(1935-2017)の設計プランが最優秀作品に選ばれました。劇場機能の明快な解決、劇場にふさわしい雰囲気の演出が評価されたものであり、設計の過程でさらに洗練されて、音響、舞台機構、照明、舞台構成はもちろん、あらゆる建築技術の粋を集め、日本を代表する国立劇場にふさわしい高度な劇場施設として高い評価を得ています。
設計意図
(文部省編集「文部時報」1997.3 No1444 「新国立劇場の設計意図」 柳澤孝彦より一部抜粋)
新国立劇場の設計にあたっては、本格的な専用劇場の建設とあらゆるジャンルの舞台芸術の拠点づくりが主要テーマだと考えられた。
何よりも身を震わすような感動やときめきが身近でなくなってしまった、高度に情報化が進展する現代において、 劇場こそが生身の人間が演ずる真に人の力に出逢うことのできる「場」にほかならないということが、劇場設計の当初から現在も、そしてこれからも一時も忘れるわけにはいかない設計の心であった。
このような設計の心が、新国立劇場の構えを決めてしまったといえよう。それは劇場空間において、舞台と観客が親しく向き合うがごとくに、都市に向き合う新国立劇場が構成のイメージとなった。すなわち、新国立劇場で繰り広げられる人々の交歓の場が、向き合う都市を客席とする舞台になることで、ひらかれた劇場をその構えとした。新国立劇場のあらゆる場所や場面が、観客にとって舞台となる空間構成として、日常を超えた多様なイリュージョナルな空間を随所に創りだして、豊かな劇場性を備えた空間のネットワークを設計の骨子とした。オペラ・中・小の三つの劇場をとりまくバブリックな空間デザインに豊かな劇場性がつくり込まれていて、舞台と客席、演者と観客の関係に随所で反転が企てられている。メインエントランスへのプロムナードでは、きらめく広大な池の水面が人々を劇場へと誘う。水面は劇場内の賑わいをも映し出して人々へメッセージを送る。
一方、本格的な専用劇場への設計アプローチは、舞台技術の設計に傾注された。後舞台を持つ四面舞台の舞台機構をはじめ、照明・音響にわたって重装備な舞台設備の追求が設計に反映される一方、多様な舞台展開への可能性を極度に高める舞台技術の応用設計が多面的な分析をもとに、新しい技術の開発を伴って進められた。なかでも舞台展開における新しいニーズと技術対応については、舞台関連の専門家で組織する技術検討会で細を極めた。とりわけ、舞台設備機能の固有化と新しいニーズ予測に対応するフレキシビリティとの調整は、極力客観性を保つよう努力がはらわれた。
ホール空間の設計では、有機的な舞台と観客との緊密な関係を創りだすためにホール空間の親密な環境化に意が用いられた。最良の鑑賞条件を求めた、視線・音響・照明・椅子のデザイン・素材構成などの検討を統合したホール空間のデザインは、舞台と観客の芸術的な交感は当然だが、観客相互が時空を共有するある種の連帯意識も十分働くことが大切で、舞台と観客、観客と観客といった多元的な意識の結び合いが、劇場の興奮を掻き立てるものだとの考えに基づいて行われた。観客は単なる聞き手にとどまらず、劇場の興感を創りだす共演者にほかならない。
受賞
日本建築学会賞
BCS賞
空気調和・衛生工学会賞技術賞
建物概要
敷地面積:28,688㎡
建築面積:19,489㎡
延床面積:69,474㎡
階数:地下4階 地上5階
高さ:最高高さ40.9m 最高深さ30.7m
建築設計:柳澤孝彦+TAK建築研究所
施工:新国立劇場建設工事共同企業体