演劇芸術監督
小川絵梨子

 今現在、新型コロナウイルスと懸命に戦っていらっしゃる皆様に心よりお見舞い申し上げます。そして医療従事者や研究者の皆様、物流に関わる皆様をはじめ、感染症拡大の中で、私たちの生活を支えて下さっている方々に、深く御礼申し上げます。

 新国立劇場のみならず、多くの劇場がこの厳しい状況下にあっても「新しい生活様式」を踏まえ、みなさまに安全にご観劇いただけるよう、様々な努力を重ねながら再開をし始めています。次々と再開を始めている劇場関係者のみなさま、俳優、スタッフの皆様に、心から敬意を表したいと存じます。

 新国立劇場は、10月2日『リチャード二世』の初日を迎え、2020/2021シーズンが開幕いたしました。

 2020/2021シーズンは今年の一月にお知らせさせていただいた内容から、いくつかの変更がございます。

 今シーズンの幕開け9月に予定しておりました、フランス国立劇場のオデオン劇場からの招聘公演『ガラスの動物園』は、残念ながらコロナ禍の中で来日はかなわず、今シーズンでの上演は中止となってしまいました。しかしながら、時期を改めてお届けできることを目指し、オデオン劇場の方々とも心を一つにお話を進めています。改めて良いお知らせができます事を信じております。

 また、7月に予定しておりました短編フェスティバルを一旦延期し、2019/2020シーズンに上演予定でありました『反応工程』を上演いたします。本公演は4月9日に初日を迎える予定で稽古を進めて参りましたが、4月7日の緊急事態宣言発令を受け、大変に残念ではありましたが公演中止としておりました。『反応工程』はフル・オーディション企画の第二弾でもあり、できる限りに遠くない時期で、全キャストと全スタッフでの再結集での上演を調整しておりましたが、この度、改めて『反応工程』をお届けできますことをとても嬉しく思います。

 上記以外の公演や企画に関しましては、予定通りの公演を目指して準備を進めております。

 10月の『リチャード二世』では、12年という長い月日をかけて語られた物語が完結いたします。長い時間をかけての上演に加え、深い信頼関係を築き上げた上で、忌憚なくひたすらに作品作りに向かうチームの方々の功績は、本劇場において大きな財産だと感じております。11月には、完結を記念して、シリーズの過去の作品を上映予定です。

 12月には、本年の「願いがかなうぐつぐつカクテル」と「イヌビト」に続く、「子どもも大人も楽しめる」シリーズ第三弾として、『ピーター&ザ・スターキャッチャー』を上演致します。上記の前二作品は、緊急事態宣言が解除された後とはいえ、上演への不安や難しさが多々ありましたが、たくさんの子どもやご家族に見ていただく事がかないました。子どもがありのままに反応してくれる様からは、思わず笑顔になってしまう喜びとともに、励まされることや学ぶことが多くありました。このような状況下ではありますが、幼い頃から舞台の楽しさを知っていだける公演にしたいと願っております。

 4月5月6月は、「人を思う力」と題したシリーズ上演で、今も愛された続ける日本の名作の三本をお届けします。シリーズ其の一は、フルオーディション企画も兼ねた三好十郎の『斬られの仙太』。其の二では、故・今敏監督による傑作アニメーション映画の初の舞台化となる「東京ゴッドファーザーズ」。其の参は、井上ひさし作『キネマの天地』。どの作品も世代を越えて、人々に愛され続ける日本の名作です。
 三本とも、日本ならではの「人を思う力」を描いた作品であり、我々の文化にある「情」という概念や、人の立場になってものを考えられる共感力、他人を労ることのできる温かさが描かれています。啓蒙や警告の意味合いの大きな西洋現代戯曲には無い、人が人を思う力こそが、やがて物事を動かしていく物語です。この三作品を選出した時には、この未曾有の事態を予想もしていませんでした。ですが今の不安の蔓延した状況下では、誹謗中傷や暴言、自己正当化のための正論など、まるで建設的でも真摯でもなく、相手知ろうともしないまま、その存在を無視したような言葉が多く見られました。これからの時代に必要なのは、そのような言動ではありません。本シリーズでは、「人を思う力」の意味と意義について、改めて考えてみたいと思います。

 今シーズンより、一年間をかけて作品作りを行う「こつこつプロジェクト」の第二期がスタートいたします、2019年に開始した第一期は、区切りとなる試演会がコロナ禍で予定とは違う形となってしまいました。一年間の「こつこつ」を続けられた事で得た成果は、改めて、近くみなさまにご報告したいと思います。

 本当の意味で、観客のみなさまに、更に安心して劇場にお越しいただき、共に日本中や世界中の舞台を楽しむことができる日まで、劇場としても決して歩みを止めず、出来ることを前向きに進めていきたいと思います。
 僭越ではありますが、何卒お体とお気持ちをお労り下さいますようお願い申し上げます。
 また劇場でお目にかかれますことを心待ちにしております。

小川芸術監督からのメッセージ(2020年1月公開)

2020/2021シーズンは、私の芸術監督としての任期3年目となります。
 本シーズンでは演劇を愛する皆様に加えて、まだ演劇と出会ったことのない方々にも、その多様性と豊かさ、そして演劇ならではの面白さをお届けできればと願っております。

 まず、シーズンの幕開けには、フランスの国立劇場であるオデオン劇場からの招聘公演『ガラスの動物園』。演出は、今、世界で最も人気を誇る演出家といっても過言ではないイヴォ・ヴァン・ホーヴェ氏。主演はフランスの国民的女優イザベル・ユペール。2020年の3月にパリで開幕する話題の新作を、新国立劇場からお届けいたします。

 続いて、鵜山仁氏演出による『リチャード二世』。2016年に上演した『ヘンリー四世』に繋がる物語で、この作品をもって2009年からのシェイクスピアの歴史劇シリーズがついに完結いたします。さらに公演後の11月には、本シリーズの完結を記念して、シリーズの過去の作品を特別限定上映いたします。

 12月には、昨シーズンからの「子どもも大人も一緒に楽しめる企画」の第三弾として『ピーター&ザ・スターキャッチャー』。ピーター・パンの前日譚を描いた人気小説を舞台化し、トニー賞をはじめ多くの賞を受けた作品です。

 4月、5月、6月は、「人を思うちから」シリーズと題しまして、日本の多くの人々に愛され続ける名作を連続上演いたします。シリーズ【其の壱】は、三好十郎作『斬られの仙太』。本作はフルオーディション企画でもあり、全てのキャストをオープンオーディションいたします。演出には上村聡史氏をお迎えすることがかないました。【其の弐】は、『東京ゴッドファーザーズ』。今 敏監督の傑作アニメーション映画の初の舞台化となります。2021年の東京に舞台を移し、演劇ならではの切り口で人の情と勇気の物語を蘇らせます。演出には新国立劇場初登場となる藤田俊太郎氏。【其の参】は、井上ひさし作『キネマの天地』。人々に愛され続ける日本の上質な名作を、30代40代の演出家3人が現代の視点を持って描き出します。

 7月は、短編フェスティバルを開催します。短編の演劇作品を劇場という形にこだわらず、新国立劇場内のあらゆるスペースにてフェスティバル形式で上演いたします。普段、演劇に接することの少ない方々にも、気軽に劇場に足を運んで頂ける、お祭りとして楽しめるイベントを目指します。

 演劇と言っても様々なものがあります。その多様性は大切ではありますが、その中でも、生きた人間がそこにいる演劇は(必ずしもいつもハッピーエンドではなく、輝かしい世界でもなく、日々の癒しや単純な喜びにはならないかもしれませんが)、人が生きる上できっと必要な、人間らしさへの共感性があります。人間の物語としての演劇とその豊かさを少しでもお伝えできれば幸いです。

 公演以外では、一年間をかけて作品作りを行う「こつこつプロジェクト」の第二期がスタートいたします。昨シーズンからの「ロイヤルコート×新国立劇場劇作家ワークショップ」は引き続き進行中で、2020年にロンドンでのリーディング公演を予定しております。その他、ギャラリープロジェクトでは、「中高生のためのどっぷり演劇3days」、「演劇のおしごと」シリーズ、「演劇噺」シリーズを引き続き実施してまいります。

 本シーズンもどうぞよろしくお願い申し上げます。

プロフィール

2004年、アクターズスタジオ大学院演出部卒業。06~07年、平成17年度文化庁新進芸術家海外派遣制度研修生。
10年『今は亡きヘンリー・モス』の翻訳で、第3回小田島雄志・翻訳戯曲賞受賞。12年『12人~奇跡の物語~』『夜の来訪者』『プライド』の演出で第19回読売演劇大賞優秀演出家賞、杉村春子賞受賞。14年『ピローマン』『帰郷―The Homecoming』『OPUS/作品』の演出で第48回紀伊國屋演劇賞個人賞、第16回千田是也賞、第21回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。
新国立劇場では『タージマハルの衛兵』『骨と十字架』『スカイライト』『1984』『マリアの首―幻に長崎を想う曲―』『星ノ数ホド』『OPUS/作品』の演出のほか、『かもめ』『ウィンズロウ・ボーイ』の翻訳も手がける。18年9月より新国立劇場演劇芸術監督。