演劇芸術監督 小川絵梨子


この度の能登半島地震によりお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りすると共に、ご遺族の方々に深くお悔やみを申し上げます。また被災された皆さまに心よりお見舞いを申し上げます。余震が続き大きな不安の中で過ごされている皆さまの安全と、被災地に1日でも早く平穏が戻りますことをお祈り申し上げます。

21世紀の今も戦火や大難が絶えず続き、世界中で恐怖や不安が色濃く感じられています。本シーズンでは、戦争や大きな変革の渦中で人生を生き、傷つき、失い、悩み、暗闇の中で生きることへの肯定と未来への希望を見出そうとする人間たちの姿を大切に描く物語が多く集まりました。

シーズンの幕開けは、10月にマーティン・マクドナー作『ピローマン』をお届けいたします。本作は、ある架空の国を舞台としながら、理不尽で残酷な世界の中に於ける「物語」が持つ役割や意義、そして紡ぐべき希望について問いかけます。11月は新作『テーバイ』を上演します。オイディプス王やアンティゴネのストーリーを下敷きとする本新作は、道徳と平和を理想に掲げる反面、己の欲望と恐怖、防衛心に苛まれる人間の宿命を描き出します。本作は第二期のこつこつプロジェクトから始まっており、上演台本・演出は船岩祐太さん、また、多くのキャストがこつこつプロジェクトからの参加となります。12月には、ミハイル・ブルガーコフの『白衛軍 The White Guard』を上演いたします。ソヴィエト政権誕生直後のウクライナの首都キーウを舞台とし、まさに「今」へと現在進行形で繋がる物語です。

25年の4月には、三好十郎作『夜の道づれ』を当劇場の新しい試みとして「Studio公演」という形式で上演します。本公演はこつこつプロジェクトの一環でもあり、これまでクローズドで行っていた試演を、小規模ながらも、観客の方々の前で上演いたします。こちらも『テーバイ』と同じく第二期からの作品であり、演出は柳沼昭徳さんです。敗戦後の日本を舞台とし、混乱と不安の時代の中で人間存在の本質に向き合い、混沌の中でも人間が「歩み」続ける様を描きます。続く5月からは、シリーズ「光景-ここから先へと-」をお届けいたします。社会での最小単位である家族が織りなす様々な風景から、今日の社会の姿を照らし出すシリーズとなります。第一弾は、チェコ共和国・ブルノ国立劇場の多大なる協力を得て、カレル・チャペックの『母』の招聘公演です。戦時下において出兵する息子たちとその母を描き、戦争という大きな暴力の中で個人の悲劇と人間性への葛藤が語られます。第二弾は、スティーヴン・キャラム作『ザ・ヒューマンズ─人間たち』の日本初演となります。トニー賞受賞後に映画化もされた本作は、家族という近しい人間関係でも共有し得ない、現代社会において一人一人の人間が背負う存在不安や恐怖を描きます。シリーズ第三弾は、2018年に蓬莱竜太さんが新国立劇場に書き下ろした『消えていくなら朝』をフルオーディションを経て蓬莱さん自らの演出で上演いたします。宗教二世の問題にも斬り込んだ本作は、今日の日本に於いて、更に鮮明で切実な物語として再生されると思います。

戦争や諍いにおいては強いイデオロギーが掲げられ、破壊行動への正当化も見られます。しかし、その深刻な結果を背負わされるのは一人一人の人間となります。一般化や功利主義から離れ、一つ一つの命、一つ一つの個の生に目を向けることには時に膨大な精神力を必要とし、もちろん限界も存在します。しかし遠く離れた地の、または目の前の、自らにとっての未知の他者を想像し、未知の視界を発見し向き合うための力、ひいて他者との共存への力が演劇には内在していると考えています。
本シーズンをお楽しみいただけましたら幸いです。


演劇芸術監督 小川絵梨子


この度の能登半島地震によりお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りすると共に、ご遺族の方々に深くお悔やみを申し上げます。また被災された皆さまに心よりお見舞いを申し上げます。余震が続き大きな不安の中で過ごされている皆さまの安全と、被災地に1日でも早く平穏が戻りますことをお祈り申し上げます。

21世紀の今も戦火や大難が絶えず続き、世界中で恐怖や不安が色濃く感じられています。本シーズンでは、戦争や大きな変革の渦中で人生を生き、傷つき、失い、悩み、暗闇の中で生きることへの肯定と未来への希望を見出そうとする人間たちの姿を大切に描く物語が多く集まりました。

シーズンの幕開けは、10月にマーティン・マクドナー作『ピローマン』をお届けいたします。本作は、ある架空の国を舞台としながら、理不尽で残酷な世界の中に於ける「物語」が持つ役割や意義、そして紡ぐべき希望について問いかけます。11月は新作『テーバイ』を上演します。オイディプス王やアンティゴネのストーリーを下敷きとする本新作は、道徳と平和を理想に掲げる反面、己の欲望と恐怖、防衛心に苛まれる人間の宿命を描き出します。本作は第二期のこつこつプロジェクトから始まっており、上演台本・演出は船岩祐太さん、また、多くのキャストがこつこつプロジェクトからの参加となります。12月には、ミハエル・ブルガーコフの『白衛軍 The White Guard』を上演いたします。ソヴィエト政権誕生直後のウクライナの首都キーウを舞台とし、まさに「今」へと現在進行形で繋がる物語です。

25年の4月には、三好十郎作『夜の道づれ』を当劇場の新しい試みとして「Studio公演」という形式で上演します。本公演はこつこつプロジェクトの一環でもあり、これまでクローズドで行っていた試演を、小規模ながらも、観客の方々の前で上演いたします。こちらも『テーバイ』と同じく第二期からの作品であり、演出は柳沼昭徳さんです。敗戦後の日本を舞台とし、混乱と不安の時代の中で人間存在の本質に向き合い、混沌の中でも人間が「歩み」続ける様を描きます。続く5月からは、シリーズ「光景-ここから先へと-」をお届けいたします。社会での最小単位である家族が織りなす様々な風景から、今日の社会の姿を照らし出すシリーズとなります。第一弾は、チェコ共和国・ブルノ国立劇場の多大なる協力を得て、カレル・チャペックの『母』の招聘公演です。戦時下において出兵する息子たちとその母を描き、戦争という大きな暴力の中で個人の悲劇と人間性への葛藤が語られます。第二弾は、スティーヴン・キャラム作『ザ・ヒューマンズ─人間たち』の日本初演となります。トニー賞受賞後に映画化もされた本作は、家族という近しい人間関係でも共有し得ない、現代社会において一人一人の人間が背負う存在不安や恐怖を描きます。シリーズ第三弾は、2018年に蓬莱竜太さんが新国立劇場に書き下ろした『消えていくなら朝』をフルオーディションを経て蓬莱さん自らの演出で上演いたします。宗教二世の問題にも斬り込んだ本作は、今日の日本に於いて、更に鮮明で切実な物語として再生されると思います。

戦争や諍いにおいては強いイデオロギーが掲げられ、破壊行動への正当化も見られます。しかし、その深刻な結果を背負わされるのは一人一人の人間となります。一般化や功利主義から離れ、一つ一つの命、一つ一つの個の生に目を向けることには時に膨大な精神力を必要とし、もちろん限界も存在します。しかし遠く離れた地の、または目の前の、自らにとっての未知の他者を想像し、未知の視界を発見し向き合うための力、ひいて他者との共存への力が演劇には内在していると考えています。
本シーズンをお楽しみいただけましたら幸いです。

プロフィール

2004年、ニューヨーク・アクターズスタジオ大学院演出部卒業。06~07年、平成17年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修生。18年9月より新国立劇場の演劇芸術監督に就任。
近年の演出作品に、『ART』『おやすみ、お母さん』『管理人/THE CARETAKER』『ダディ』『ダウト~疑いについての寓話』『検察側の証人』『ほんとうのハウンド警部』『作者を探す六人の登場人物』『じゃり』『ART』『死と乙女』『WILD』『熱帯樹』『出口なし』『マクガワン・トリロジー』『FUN HOME』『The Beauty Queen of Leenane』『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』『CRIMES OF THE HEART ―心の罪―』『死の舞踏/令嬢ジュリー』『ユビュ王』『夜想曲集』『RED』『スポケーンの左手』など。
新国立劇場では『レオポルトシュタット』『アンチポデス』『キネマの天地』『タージマハルの衛兵』『骨と十字架』『スカイライト』『1984』『マリアの首-幻に長崎を想う曲-』『星ノ数ホド』『OPUS/作品』の演出のほか、『東京ローズ』『かもめ』『ウィンズロウ・ボーイ』の翻訳も手がける。