演劇芸術監督 小川絵梨子


シーズンの幕開けにお送りするのは、2025年の日韓国交正常化60周年記念公演となる『焼肉ドラゴン』です。本作は08年に新国立劇場で初演され、11年、16年と再演を重ね、今回で4度目の上演となります。舞台は1970年、「人類の進歩と調和」をテーマに大阪万博が開催された時代です。その後、半世紀を経たいま、再び万博が開催される中で、世の中の、あるいは人々の何が変わり、何が変わっていないのか。本作は我々の現在とそこから見据える未来を問いかけます。本公演は日韓合同公演として、韓国の芸術の殿堂(ソウル・アーツ・センター)でも上演されます。またギャラリープロジェクトとして日韓演劇交流センターとの共催で韓国の若手劇作家による戯曲のリーディング公演、シンポジウムも開催いたします。

11月には招聘公演『鼻血-The Nosebleed-』をお送りします。日本をルーツに持ち、米国のニューヨーク・ブルックリンを拠点に活躍されるアヤ・オガワさんがご自身の歴史をもとに描いた作品です。長いディベロップ期間を経て2017年に初演、23年にはオビー賞を受賞しました。「失敗」という旅路を辿り、その先に見出される他者と自己への赦しを主題とした本作は、一人の個の物語でありながらも、現代という時代を生きる者に普遍的に響く、私たち一人ひとりの物語でもあります。

12月には、サイモン・スティーヴンス作『スリー・キングダムス Three Kingdoms』の日本初演をお届けいたします。サスペンスの形をとりながら、現代社会におけるタブーや資本主義の闇、さらには、目に映る世界の背後に表裏一体で存在する影の世界、現代社会の深層を描く物語です。次期芸術監督である上村聡史さんが演出を務めます。

26年4月には、『ガールズ&ボーイズ』を上演いたします。本作は、ある一人の女性が人生の喜びと喪失、そして壮絶な痛みを語る一人芝居であり、この主人公の視点から崩壊する世界と社会の歪みが浮き彫りになっていきます。20年に上演を予定していながらコロナ禍で中止となった本作が、今回新たなチームにより実現する運びとなりました。演出には稲葉賀恵さんをお迎えします。

続いて5月にはサミュエル・ベケット作『エンドゲーム』をフルオーディションで上演いたします。実存主義文学に分類される本作は、人間存在への根源的な問いを反映しています。人生の意味は何か、すべての不条理の中で我々はどう生き続ける意志を見出すのか。一見すると世界の終わりを描いた陰鬱な世界観ながらも、実は“終わらないためにどう生きるか”を問い直す物語でもあります。

6月にはノゾエ征爾さんによる新作戯曲をお届けいたします。演出には、この度新国立劇場に初めての登場となる金澤菜乃英さんをお迎えいたします。本作は、4月、5月の公演とともに、孤立や断絶、そして断片化が進む世界の中で、それでもなお「生きる意味を見出し続けること」をテーマにしたシリーズとなる予定です。

シーズンの最後にお届けするのは、『11の物語-短編・中編(仮)』となります。新作戯曲を含む日本や世界のさまざまな短編・中編戯曲を集め上演いたします。子供から大人まで、また初めて演劇を観る方から深い造詣を持つ方まで、幅広い観客の皆様に演劇の多彩な楽しさ、豊かさをお届けいたします。

最後になりましたが、本シーズンを持ちまして、二期8年間の任期を満了し、新国立劇場の演劇芸術監督を退任いたします。これまで本劇場での創作に関わってくださった全ての皆さま、そして何より、劇場に足を運び、作品を共にしてくださった観客の皆さま、劇場の試みを応援してくださった皆さまに心から感謝申し上げます。新たな時代へと歩みを進める新国立劇場演劇部門の未来に、引き続きご期待いただけますと幸いです。8年間、本当にありがとうございました。


演劇芸術監督 小川絵梨子


2004年、ニューヨーク・アクターズスタジオ大学院演出部卒業。06~07年、平成17年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修生。18年9月より新国立劇場の演劇芸術監督。 近年の演出作品に『ART』『おやすみ、お母さん』『管理人/THE CARETAKER』『ダウト~疑いについての寓話』『検察側の証人』『ほんとうのハウンド警部』『死と乙女』『熱帯樹』『出口なし』『FUN HOME』『死の舞踏/令嬢ジュリー』『RED』など。 新国立劇場では『ピローマン』『デカローグ』『レオポルトシュタット』『アンチポデス』『キネマの天地』『タージマハルの衛兵』『骨と十字架』『スカイライト』『1984』『マリアの首-幻に長崎を想う曲-』『星ノ数ホド』『OPUS/作品』の演出のほか、『東京ローズ』『かもめ』『ウィンズロウ・ボーイ』の翻訳も手掛けた。

プロフィール

2004年、ニューヨーク・アクターズスタジオ大学院演出部卒業。06~07年、平成17年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修生。18年9月より新国立劇場の演劇芸術監督。 近年の演出作品に『ART』『おやすみ、お母さん』『管理人/THE CARETAKER』『ダウト~疑いについての寓話』『検察側の証人』『ほんとうのハウンド警部』『死と乙女』『熱帯樹』『出口なし』『FUN HOME』『死の舞踏/令嬢ジュリー』『RED』など。 新国立劇場では『ピローマン』『デカローグ』『レオポルトシュタット』『アンチポデス』『キネマの天地』『タージマハルの衛兵』『骨と十字架』『スカイライト』『1984』『マリアの首-幻に長崎を想う曲-』『星ノ数ホド』『OPUS/作品』の演出のほか、『東京ローズ』『かもめ』『ウィンズロウ・ボーイ』の翻訳も手掛けた。