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『夏の夜の夢』指揮者 飯森範親 インタビュー


妖精の気まぐれで起こる大騒動を描いたシェイクスピアの傑作喜劇をもとにブリテンが作曲したイギリス・オペラの傑作『夏の夜の夢』で、いよいよ新国立劇場のオペラ公演が再開&オペラの2020/2021シーズン開幕!

コロナ禍の渡航制限により降板したマーティン・ブラビンスに代わりタクトを執るのは飯森範親だ。

シーズン・オープニングという大舞台の代役を引き受けた思い、そしてオペラ『夏の夜の夢』の魅力をうかがった。

ジ・アトレ誌10月号より


絶妙なブリテンの描写力
この戯曲を彼以上に表現できる人はいない


飯森範親

――このたび、急遽マーティン・ブラビンスさんに代わって、新国立劇場新シーズンの開幕公演となるブリテン『夏の夜の夢』を指揮されることになりました。公演にかける思いをお聞かせください。

飯森 新国立劇場では、昨年指揮させていただいたオペラ鑑賞教室の『蝶々夫人』がとても充実した舞台となり、私にとっても大きな財産となった公演でしたので、七月中旬に大野和士オペラ芸術監督から『夏の夜の夢』の打診のお電話をいただいたときはとても嬉しかったです。ただ最近ではブリテンの音楽を指揮する機会が少なくて─オペラ『アルバート・ヘリング』を指揮したのも、『ピーター・グライムズ』の中の『4つの海の間奏曲』を取り上げたのもだいぶ前ですし、『青少年のための管弦楽入門』もさほど演奏してこなかったので─――その音の世界にあまり馴染んでいなくてどうしよう、と不安もあったのですが、いざスコアを開いてみたら、意外にすっと入ってきたので安心しました。

 8月上旬にスコアをいただいて以来、急ピッチで勉強中です。こんなに速いペースでオペラを準備したことはありませんが、作品が予想以上に楽しくて、順調に進んでいます。

 新国立劇場では、今回の公演がコロナ禍での最初のオペラ公演となりますので、キャストおよびスタッフ一同、感染者を出さないことも含め、緊張感を持って取り組みたいと思います。



――ブリテンの『夏の夜の夢』を指揮されるのは初めてですか?

飯森 はい、初めてです。ブリテンのオペラを振るのは3作目になります。大阪のザ・カレッジ・オペラハウスで1999年に『アルバート・ヘリング』を指揮したのと、ドイツで『ヴェニスに死す』(演奏会形式)を指揮したことがあります。ただ『ヴェニスに死す』はドイツ語上演でしたので、かなり印象が違いましたね。オペラ『夏の夜の夢』の舞台はだいぶ前に、ドイツのどこかの劇場で観ました。このときもドイツ語で、演出がずいぶん簡素だったことを覚えています。

 実は、シェイクスピアの戯曲『夏の夜の夢』は僕にとって思い出のある作品なんです。高校(普通高校)時代の同級生が大学の英文科に進学して、一年の頃からシェイクスピアの授業で『夏の夜の夢』を学んでいたのです。それで僕も興味を持ち、授業を聴講させていただいて勉強したのでした。



――今回、準備する中でその時の記憶がよみがえってきましたか?

飯森 正直、あんまり覚えていなかったですけど(笑)。でも今思えば、あのときに勉強したことは少しは役に立っているのかもしれませんね。

 実は、今回新しいスコアが届くまでにすこし時間がかかったので、先に台本の勉強から始めたんですが、結果的にそれがすごくよかったと思っています。台本に細かくイギリス英語の発音記号を書き入れて、劇場が用意してくれたネイティブの方による朗読の音源を聴きながら、テキストを頭に叩き込みました。そのおかげで、いざスコアの勉強を始めたときには言葉の内容がしっかり入っていました。



――『夏の夜の夢』の音楽に、ブリテンの他の作品との共通点を感じますか?

飯森 やはりオーケストレーションでしょうか。たとえば『4つの海の間奏曲』をコンサートで演奏するときも、ブリテンのオーケストラ独特の響きが感じられます。寒色系で、すこし透明感のある響きと言ったらよいでしょうか─イタリアの空のようなすかっとした青ではなく、スコティッシュな、もしくは北ウェールズの空の色を思わせるような。また彼の音楽は内向きで、全部をさらけ出さないところがありますね。これまでブリテンの音楽を指揮してきて、正直あまり僕のキャラじゃないのかな、と思っていたんですけど(笑)、本作品に取り組んでみて考えを改めました。

 ちなみに、『夏の夜の夢』はメンデルスゾーンも作曲していますし、物語の内容を作曲家がどう感じて、オーケストレーションしているかを比較してみるのもおもしろいですよね。



――このオペラでは、妖精、恋人、職人という3つの世界の音楽が巧みに描き分けられていて、場面の変化が音で感じ取れるように書かれていますね。

飯森 ブリテンの各場面の描写力は本当に絶妙です。このテキストにこれ以上の表現力はもしかしたら他の人には真似できないのでは、という内容になっているように思います。リコーダーやチェンバロの使い方もきわめて効果的です。



――チェンバロの使用は当時としては比較的珍しいと思いますが、オーベロン役にカウンターテナーを選んだことと関係があるのでしょうか?ブリテンは、英国のバロック時代の作曲家ヘンリー・パーセルの音楽を深く愛していました。

飯森 ええ、パーセルの音楽の影響は随所に感じられます。ブリテンは第二幕のある箇所で、スコアの符点リズムのところに「パーセル風のスタイルで」とわざわざ指示しています─すなわち符点リズムをバロック風により鋭く演奏するように、という意味なのですが。このようにブリテンは、シェイクスピアの時代のテキストとパーセルの音楽を融合させて、現代風に実にうまく書いているな、と思います。





ミュンヘン、大阪
オペラ指揮者として

『夏の夜の夢』リハーサル風景

――飯森さんは、近年では東京交響楽団、山形交響楽団、日本センチュリー交響楽団のポストを務めるなど、シンフォニー・オーケストラの指揮者としてのイメージが強いですが、1990年代を中心に数多くのオペラを指揮されてきました。特に近現代のオペラにも積極的に取り組んでこられました。

飯森 ダラピッコラの『囚われ人』や『夜間飛行』、メノッティの『領事』、プーランクの『人間の声』など、珍しい曲もいろいろと指揮してきました。東京交響楽団と取り上げたヤナーチェクの『マクロプロスの秘事』や『ブロウチェク氏の飛行』などもおもしろかったですね。いちばん苦労した作品はヘンツェの『ルプパ』で、これは本当に緊張した本番でした。ブリテンの『アルバート・ヘリング』もけっこう振りにくい作品でしたね。それにくらべると『夏の夜の夢』のほうがオーケストレーションは整然としている印象です。



――しかも多くの言語のオペラを指揮されていますね。

飯森 ロシア語のオペラはまだ指揮したことがないのですが、それ以外はさまざまな言語の作品を取り上げました。ドイツにいたのでドイツ語のオペラにいちばん馴染みがありますが、フランスものでは『カルメン』を何度も振っています。ドイツ時代には演奏会形式で往年の名テノールのニール・シコフと共演したこともあります。本番で、リハーサルとはまったく違うふうに歌うのでたいへんでしたけれど(笑)。



――日本語のオペラでは、2014年に『鹿鳴館』(池辺晋一郎作曲)の再演を指揮されています。 これが飯森さんの新国立劇場デビューでしたね。

飯森 『鹿鳴館』のときは、父の病気と重なってしまい葛藤もありましたが、いろんな意味で思い出深い公演でした。あの演出は舞台がとても高い位置にあり、歌手のみなさんとの距離が遠くて、必死に指揮したことを覚えています。当時の新国立劇場のオペラ芸術監督は僕の師匠である尾高忠明先生だったのですが、観にいらしてえらく感動してくださったことがとても嬉しかったです。



――オペラに関しては、ミュンヘン留学時代にサヴァリッシュ先生のもとで研鑽を積まれました。先生から学んだことで、もっとも記憶に残っていることは?

飯森 サヴァリッシュ先生から学んだことはもちろんたくさんあります。モーツァルト、・シュトラウス、ワーグナーなどは、先生のところでコレペティトールをさせていただき、間近で先生の指揮を体験することができました。

 サヴァリッシュ先生ほど、あんなに音楽が身体の中に入っている人は僕は見たことないです。先生の本番やリハーサルを見ていても、完璧にコントロールされていてとにかく破綻のしようがない。先生の指揮するワーグナーのリング・ツィクルスも何度も観ましたが、何が起きようともすべてを自分でコントロールできる、あの頭脳の明晰さには毎回驚かされました。



――先生が、手取り足取りレッスンで教えてくださるわけではないのですね?

飯森 もちろん違います。先生のリハーサルや本番を見て、もう盗みまくりましたリハーサル後などに質問すれば答えてくださいましたけれど。



――たとえばどんな質問をされたのでしょうか?

飯森 たとえば、オペラのある場面を指揮する時、その場面の暗示のようなものが前にあったとしますよね─同じようなモティーフが出てきたり、同じようなオーケストレーションが出てきたり。でも微妙に違うわけですよ。そういう箇所をどういった意図で振っていらっしゃるのか、うかがったりしました。答えてくださることもあり、適当にあしらわれることもありましたけれど。

――その当時はオペラ指揮者を本格的に目指していらしたのでしょうか?

飯森 1990年代に大阪のザ・カレッジ・オペラハウスでたくさん指揮していた頃は、ヨーロッパでオペラが振れたらよいなと思ってレパートリーを拡げていた時期ではありました。結果的には1995~6年頃からドイツの放送オーケストラなどに客演する機会が増え、さらに2001年からヴュルテンベルク・フィルの音楽監督に就任したため、シンフォニーのほうに活動がシフトし、オペラは減らさざるを得なくなってしまいました。





ウイルスがあることを前提に
工夫して取り組む時代へ

マクヴィカー演出『夏の夜の夢』モネ劇場公演より

――さて、世界は今、新型コロナウイルスという大きな危機に直面していますが、そうした中で、今後の音楽界のあり方や方向についてどのようにお考えですか?これから音楽界はどんなふうに展開していくのでしょうか?

飯森 ワクチンとか治療薬がどのくらいのペースで世の中に出てくるのかにもよると思います。もしくは、出てこないのか、あるいはできあがっても人間にリスクがあるとか。いろんなケースがあり得ますよね。そういうことを考えると、残念ながらコロナ前の時代に戻ることはない、と僕自身は思っています。ウイルスがあるということを前提に、やれることを最大限工夫して取り組むしかない時代に入ってしまった、というのが正直な感想です。

 僕が首席指揮者を務める日本センチュリー交響楽団の例ですが、こういう状況でお客様を50%しか入れられないとすると、依頼公演が成り立たなくなります。そうした中でクライアントやスポンサー、主催者にどうやって満足してもらえるかといったら、1日2回公演をするしかないんですよ。日本センチュリー交響楽団は現在、その可能性を模索しています。今後、そのような公演が増えるかもしれません。これが実演のケースです。

 他方、配信については、今後は必要な時代なのだろうと思います。もちろんホールで生で聴くのがいちばんよいに決まっていますが、配信することで、北海道や沖縄、九州などの方も、東京交響楽団とか東京フィルハーモニー交響楽団とかの首都圏のオーケストラをヘッドフォンを通してですけど体験できるわけですよね。また、行きたくても行けない方などの需要もあるのかも、と思っています。それが今回のコロナ禍の配信で感じたところではあります。ただ、現行の動画システムには不十分な点もありますので、実は今、あるレコード会社と新しい配信システムを構築しようと実験しているところです。



――本日は多岐にわたるお話をありがとうございました。10月の『夏の夜の夢』の舞台がますます楽しみです。




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