オペラ芸術監督 大野和士


新国立劇場2020/2021シーズンのラインアップを皆様にご紹介できますことを大変な喜びに感じております。
本年も4本の新制作、6本のレパートリー作品を並べ皆様をお待ちしております。本年は私の芸術監督3シーズン目ということで、1年目に行ったダブルビルと日本人作曲家委嘱シリーズが再び帰って参ります。

ダブルビルは、チャイコフスキーの『イオランタ』とストラヴィンスキー『夜鳴きうぐいす』。『イオランタ』はチャイコフスキー最後のオペラで、デンマークのロマン派作家ヘルツの戯曲をチャイコフスキーの弟、モデストがオペラ台本に脚色し、兄に献上して誕生した作品。チャイコフスキーの音楽はおとぎ話のように美しく、彼の作曲家として、また人間としての純真さ、優美さ、繊細さが見事に結実した傑作です。ストラヴィンスキーの『夜鳴きうぐいす』はアンデルセン童話が原作であり、人間が生きる道をさ迷う中、うぐいすの可憐なコロラトゥーラが胸に染み渡ります。演出はこのプロダクションを念頭に、昨年新国立劇場オペラ研修所で『イオランタ』を若手に丁寧に指導してくれたコッコスが務めます。

日本人作曲家委嘱シリーズ第2弾は、俊英、藤倉大氏による彼自身3番目となる新作オペラ。彼が選んだ題材は、英国人のSF小説の父、H.G.ウェルズの小説『アルマゲドン(世界最終戦争)の夢』。ウェルズは未来を予言するような作品を次々と書きましたが、この『アルマゲドンの夢』は1901年に書かれながら、第一次世界大戦の大量破壊兵器や、第二次世界大戦に至るファシズムの到来、原子力による暴力までをも不気味に予測した驚くべき作品。藤倉はオペラ化に当たって、「通勤電車の中の会話として語られるこのドラマを、音楽によって」「夢の中あるいは覚醒状態の連続体のようにした」「オペラ特有の合唱という存在には、乗客や血に飢えた軍隊を想起させる役を与えた」と言っています。
ボストン響やBBC交響楽団など世界的な楽団からの委嘱が絶えない、また日本では子供から大人まで参加できる名物フェスティバル「ボンクリ・フェス」などで今日の音楽界を牽引するエネルギッシュな藤倉大の新作オペラ、世界初演は必見です。
演出は、2018年ザルツブルクで『魔笛』を手がけたリディア・シュタイアー。世界の目が彼女に注がれている今、新国立劇場で新演出を迎えられることは大変幸運なことです。

新制作、他の2演目は、ビゼーの『カルメン』とブリテンの『夏の夜の夢』です。
『カルメン』は、2018/2019シーズン『トゥーランドット』で話題を呼んだオリエ演出。彼の国スペイン題材のオペラで、白熱の情熱の世界を、満を持してご覧いただきたいと思います。カルメン役にはフランスの名花ドゥストラック、ドン・ホセはこの数年で瞬く間に大きなキャリアを築いたアガザニアン、エスカミーリョには、近年パリ・オペラ座で大活躍のドゥハメルが登場します。この『カルメン』と『アルマゲドンの夢』は私が指揮を務めます。

『夏の夜の夢』は、シェイクスピアとブリテンというイギリスの二人の天才の才能が見事に結びついた作品。妖精の気まぐれといたずらで、若い恋人4人と職人6人組がてんてこ舞いする原作に忠実に、ブリテンがそれぞれの世界を色とりどりの美しい音楽で紡ぎあげた極上のコメディ。モネ劇場のマクヴィカー演出による、舞台一面に森をめぐらしたかのような夢幻の世界を、新国立劇場のプロダクションとして改めて皆さんにご披露いたします。指揮のブラビンスを筆頭に、出演者の多いこの作品にふさわしい歌手たちが集まりますが、中でもオーベロン役の藤木大地は、大騒ぎの種を蒔く張本人としてドラマを牽引してくれるでしょう。(注1)

レパートリー作品も充実の指揮者陣、歌手陣で皆様に楽しんでいただきます。
『トスカ』のタイトルロールにはプッチーニのオペラで国際的に活躍が続くイゾットン、カヴァラドッシには日本でもおなじみのスピントテノール、メーリ、スカルピアには、奥深く感情のこもった声で魅了するソラーリ、指揮者にはヴェルディやプッチーニの名演で名高いカッレガーリを配し、緊迫したドラマが展開することでしょう。
『フィガロの結婚』は、ウィーン国立歌劇場の常連指揮者、ピドの新国立劇場初登場。キャストには、スザンナに臼木あい、ケルビーノに脇園彩と日本人のスターが並び、海外からの実力派たちと丁々発止の、ドラマティックでワクワクするアンサンブルを聴かせてくれることと思います。(注2)
『こうもり』の指揮は、アメリカ人としては珍しく、イタリアのメジャー劇場でオペラ指揮者としてキャリアを積み国際的に羽ばたいたフランクリン。得意のオペレッタで香しい響きをもたらすことでしょう。主役二人には名歌手にして名優を招聘。アイゼンシュタインは、バイロイトでも活躍、ドイツリートの世界でも名高いバリトン、シュムッツハルト。舞踏会で情熱的な仮面の女性に変身するロザリンデは、元帥夫人やジークリンデを歌うかと思えば、オペレッタも得意に歌い演じるケスラー。皆様をウィーンの少しばかりアンニュイで、底抜けに洒脱な世界にお誘いし、大いに湧いていただきましょう。
『ワルキューレ』には飯守泰次郎マエストロを再び指揮台にお迎えして、極め尽くしたワーグナーの世界をお聴きいただきたいと思います。マエストロの深い解釈を表現するために、もう今更説明の必要もない、テオリン、キルヒ、シリンス、そして極め付けに我らが藤村実穂子と、最高の歌手の方々が集まることになりました。(注3)
『ルチア』は二人の女性にご注目を。一人は指揮者スペランツァ・スカップッチ。ウィーンを始め世界の大劇場で注目を集め、リエージュのワロニー歌劇場音楽監督としても重責を果たす話題の指揮者。スペランツァという名は、なんと‘希望’という意味なので、彼女が指揮台に上がるのを見るだけで、ゾクゾクしてくることでしょう。タイトルロールはルング。今『ルチア』『アンナ・ボレーナ』『ファウスト』のマルグリート、『椿姫』などを歌ったら、中音域から遥か高音へと彼女ほど音質が変わらず気持ちよく上がっていく歌手には、そうやすやすとはお目にかかれません。彼女の声に、‘希望’の星はどのようにオーケストラを駆り立てていくでしょうか。
『ドン・カルロ』はカリニャーニの指揮。ペルトゥージ、ガンチ、マリーナ・コスタ=ジャクソン、キウリ等の重厚なキャストの一角を占めるのは、ロドリーゴ役で全編を締める髙田智宏。『紫苑物語』の主役を朗々たる声で歌った若武者が、ヴェルディのオペラで帰ってきます。

オペラパレスの新シーズンで、思わず息を飲む瞬間をいくたびと味わっていただきますよう、皆様のご来場を心よりお待ちしております。

2020年1月
                 

注1:『夏の夜の夢』は、デイヴィッド・マクヴィカーの原演出に基づき、新型コロナウイルス感染症対策を講じた"ニューノーマル時代の新演出版"公演として、レア・ハウスマン演出によりソーシャル・ディスタンスや飛沫感染予防に配慮した形に演出を変更して上演します。また、指揮を予定していたマーティン・ブラビンスは降板の申し出があったため、代わって飯森範親が指揮をいたします。招聘キャストは新型コロナウイルス感染症に係る入国制限により出演が不可能となったため、一部出演者を変更して上演いたします。


注2:『フィガロの結婚』で指揮を予定しておりましたエヴェリーノ・ピドは、降板の申し出がありましたため、代わって沼尻竜典が指揮をいたします。また、入国制限により一部招聘キャストが出演不可能となったため、一部出演者を変更して上演いたします。


注3:『ワルキューレ』で指揮を予定しておりました飯守泰次郎は、昨年12月に手術を受けたため、本作品の規模を考慮し、現在の体調での指揮は困難であるとの判断から降板することとなりました。代わって大野和士と城谷正博が指揮をいたします。また、出演を予定していた招聘キャストは、緊急事態宣言の延長に伴い、新型コロナウイルスの感染症に係る入国制限措置により出演が不可能となりました。これにより、一部出演者を変更して上演いたします。


オペラ芸術監督 大野和士


新国立劇場2020/2021シーズンのラインアップを皆様にご紹介できますことを大変な喜びに感じております。
本年も4本の新制作、6本のレパートリー作品を並べ皆様をお待ちしております。本年は私の芸術監督3シーズン目ということで、1年目に行ったダブルビルと日本人作曲家委嘱シリーズが再び帰って参ります。

ダブルビルは、チャイコフスキーの『イオランタ』とストラヴィンスキー『夜鳴きうぐいす』。『イオランタ』はチャイコフスキー最後のオペラで、デンマークのロマン派作家ヘルツの戯曲をチャイコフスキーの弟、モデストがオペラ台本に脚色し、兄に献上して誕生した作品。チャイコフスキーの音楽はおとぎ話のように美しく、彼の作曲家として、また人間としての純真さ、優美さ、繊細さが見事に結実した傑作です。ストラヴィンスキーの『夜鳴きうぐいす』はアンデルセン童話が原作であり、人間が生きる道をさ迷う中、うぐいすの可憐なコロラトゥーラが胸に染み渡ります。演出はこのプロダクションを念頭に、昨年新国立劇場オペラ研修所で『イオランタ』を若手に丁寧に指導してくれたコッコスが務めます。

日本人作曲家委嘱シリーズ第2弾は、俊英、藤倉大氏による彼自身3番目となる新作オペラ。彼が選んだ題材は、英国人のSF小説の父、H.G.ウェルズの小説『アルマゲドン(世界最終戦争)の夢』。ウェルズは未来を予言するような作品を次々と書きましたが、この『アルマゲドンの夢』は1901年に書かれながら、第一次世界大戦の大量破壊兵器や、第二次世界大戦に至るファシズムの到来、原子力による暴力までをも不気味に予測した驚くべき作品。藤倉はオペラ化に当たって、「通勤電車の中の会話として語られるこのドラマを、音楽によって」「夢の中あるいは覚醒状態の連続体のようにした」「オペラ特有の合唱という存在には、乗客や血に飢えた軍隊を想起させる役を与えた」と言っています。
ボストン響やBBC交響楽団など世界的な楽団からの委嘱が絶えない、また日本では子供から大人まで参加できる名物フェスティバル「ボンクリ・フェス」などで今日の音楽界を牽引するエネルギッシュな藤倉大の新作オペラ、世界初演は必見です。
演出は、2018年ザルツブルクで『魔笛』を手がけたリディア・シュタイアー。世界の目が彼女に注がれている今、新国立劇場で新演出を迎えられることは大変幸運なことです。

新制作、他の2演目は、ビゼーの『カルメン』とブリテンの『夏の夜の夢』です。
『カルメン』は、2018/2019シーズン『トゥーランドット』で話題を呼んだオリエ演出。彼の国スペイン題材のオペラで、白熱の情熱の世界を、満を持してご覧いただきたいと思います。カルメン役にはフランスの名花ドゥストラック、ドン・ホセはこの数年で瞬く間に大きなキャリアを築いたアガザニアン、エスカミーリョには、近年パリ・オペラ座で大活躍のドゥハメルが登場します。この『カルメン』と『アルマゲドンの夢』は私が指揮を務めます。

『夏の夜の夢』は、シェイクスピアとブリテンというイギリスの二人の天才の才能が見事に結びついた作品。妖精の気まぐれといたずらで、若い恋人4人と職人6人組がてんてこ舞いする原作に忠実に、ブリテンがそれぞれの世界を色とりどりの美しい音楽で紡ぎあげた極上のコメディ。モネ劇場のマクヴィカー演出による、舞台一面に森をめぐらしたかのような夢幻の世界を、新国立劇場のプロダクションとして改めて皆さんにご披露いたします。指揮のブラビンスを筆頭に、出演者の多いこの作品にふさわしい歌手たちが集まりますが、中でもオーベロン役の藤木大地は、大騒ぎの種を蒔く張本人としてドラマを牽引してくれるでしょう。(注1)

レパートリー作品も充実の指揮者陣、歌手陣で皆様に楽しんでいただきます。
『トスカ』のタイトルロールにはプッチーニのオペラで国際的に活躍が続くイゾットン、カヴァラドッシには日本でもおなじみのスピントテノール、メーリ、スカルピアには、奥深く感情のこもった声で魅了するソラーリ、指揮者にはヴェルディやプッチーニの名演で名高いカッレガーリを配し、緊迫したドラマが展開することでしょう。
『フィガロの結婚』は、ウィーン国立歌劇場の常連指揮者、ピドの新国立劇場初登場。キャストには、スザンナに臼木あい、ケルビーノに脇園彩と日本人のスターが並び、海外からの実力派たちと丁々発止の、ドラマティックでワクワクするアンサンブルを聴かせてくれることと思います。(注2)
『こうもり』の指揮は、アメリカ人としては珍しく、イタリアのメジャー劇場でオペラ指揮者としてキャリアを積み国際的に羽ばたいたフランクリン。得意のオペレッタで香しい響きをもたらすことでしょう。主役二人には名歌手にして名優を招聘。アイゼンシュタインは、バイロイトでも活躍、ドイツリートの世界でも名高いバリトン、シュムッツハルト。舞踏会で情熱的な仮面の女性に変身するロザリンデは、元帥夫人やジークリンデを歌うかと思えば、オペレッタも得意に歌い演じるケスラー。皆様をウィーンの少しばかりアンニュイで、底抜けに洒脱な世界にお誘いし、大いに湧いていただきましょう。
『ワルキューレ』には飯守泰次郎マエストロを再び指揮台にお迎えして、極め尽くしたワーグナーの世界をお聴きいただきたいと思います。マエストロの深い解釈を表現するために、もう今更説明の必要もない、テオリン、キルヒ、シリンス、そして極め付けに我らが藤村実穂子と、最高の歌手の方々が集まることになりました。(注3)
『ルチア』は二人の女性にご注目を。一人は指揮者スペランツァ・スカップッチ。ウィーンを始め世界の大劇場で注目を集め、リエージュのワロニー歌劇場音楽監督としても重責を果たす話題の指揮者。スペランツァという名は、なんと‘希望’という意味なので、彼女が指揮台に上がるのを見るだけで、ゾクゾクしてくることでしょう。タイトルロールはルング。今『ルチア』『アンナ・ボレーナ』『ファウスト』のマルグリート、『椿姫』などを歌ったら、中音域から遥か高音へと彼女ほど音質が変わらず気持ちよく上がっていく歌手には、そうやすやすとはお目にかかれません。彼女の声に、‘希望’の星はどのようにオーケストラを駆り立てていくでしょうか。
『ドン・カルロ』はカリニャーニの指揮。ペルトゥージ、ガンチ、マリーナ・コスタ=ジャクソン、キウリ等の重厚なキャストの一角を占めるのは、ロドリーゴ役で全編を締める髙田智宏。『紫苑物語』の主役を朗々たる声で歌った若武者が、ヴェルディのオペラで帰ってきます。

オペラパレスの新シーズンで、思わず息を飲む瞬間をいくたびと味わっていただきますよう、皆様のご来場を心よりお待ちしております。

2020年1月

注1:『夏の夜の夢』は、デイヴィッド・マクヴィカーの原演出に基づき、新型コロナウイルス感染症対策を講じた"ニューノーマル時代の新演出版"公演として、レア・ハウスマン演出によりソーシャル・ディスタンスや飛沫感染予防に配慮した形に演出を変更して上演します。また、指揮を予定していたマーティン・ブラビンスは降板の申し出があったため、代わって飯森範親が指揮をいたします。招聘キャストは新型コロナウイルス感染症に係る入国制限により出演が不可能となったため、一部出演者を変更して上演いたします。


注2:『フィガロの結婚』で指揮を予定しておりましたエヴェリーノ・ピドは、降板の申し出がありましたため、代わって沼尻竜典が指揮をいたします。また、入国制限により一部招聘キャストが出演不可能となったため、一部出演者を変更して上演いたします。


注3:『ワルキューレ』で指揮を予定しておりました飯守泰次郎は、昨年12月に手術を受けたため、本作品の規模を考慮し、現在の体調での指揮は困難であるとの判断から降板することとなりました。代わって大野和士と城谷正博が指揮をいたします。また、出演を予定していた招聘キャストは、緊急事態宣言の延長に伴い、新型コロナウイルスの感染症に係る入国制限措置により出演が不可能となりました。これにより、一部出演者を変更して上演いたします。

プロフィール

東京生まれ。東京藝術大学卒。バイエルン州立歌劇場にてサヴァリッシュ、パタネー両氏に師事。1987 年イタリアのトスカニーニ国際指揮者コンクール優勝。以後、世界各地でオペラ公演及びシンフォニーコンサートで聴衆を魅了し続けている。90~96 年ザグレブ・フィル音楽監督。96~2002年バーデン州立歌劇場音楽総監督。92~99 年、東京フィル常任指揮者を経て、現在同楽団桂冠指揮者。02~08 年モネ劇場音楽監督。12~15年アルトゥーロ・トスカニーニ・フィル首席客演指揮者、08~17 年リヨン歌劇場首席指揮者を歴任。15年から東京都交響楽団、バルセロナ交響楽団音楽監督。オペラではミラノ・スカラ座、メトロポリタン歌劇場、パリ・オペラ座、バイエルン州立歌劇場、グラインドボーン音楽祭、エクサンプロヴァンス音楽祭などへ出演。渡邉暁雄音楽基金音楽賞、芸術選奨文部大臣新人賞、出光音楽賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞、エクソンモービル音楽賞、サントリー音楽賞、日本芸術院賞ならびに恩賜賞、朝日賞など受賞多数。紫綬褒章受章。文化功労者。17年、リヨン歌劇場はインターナショナル・オペラ・アワードで最優秀オペラハウスを獲得。同年フランス政府より芸術文化勲章オフィシエを受勲。同時にリヨン市特別メダルが授与された。18年9月より新国立劇場オペラ芸術監督。新国立劇場では、98年『魔笛』、10-11年『トリスタンとイゾルデ』、19年『紫苑物語』『トゥーランドット』を指揮。今後は、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』、『Super Angels スーパーエンジェル』、20/21シーズンは『カルメン』を指揮する予定。