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『ラ・バヤデール』影の王国コール・ド・バレエ インタビュー②広瀬 碧×今村美由起×加藤朋子

古典バレエの中でも、ドラマティックかつ、エチゾチックな魅力を持つ『ラ・バヤデール』。古典バレエの様式美が詰まった見どころ満載の作品ですが、特に有名なのはニキヤの分身である精霊たちが夢の場の3段の九十九折スロープをゆっくりと舞い降りる「影の王国」ではないでしょうか。

『ラ・バヤデール』の第3幕「影の王国」をダンサーたちはどのように踊っているのか?コール・ド・バレエの舞台裏を大いに語った、広瀬 碧・今村美由起・加藤朋子の鼎談の抜粋を2024年2月号会報誌よりお届けします。

進行◎守山実花(バレエ評論家)
ジ・アトレ誌 2024年2月号より

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前回公演より 

「影の王国」はさまざまな点で「特別」です

――『ラ・バヤデール』といわれて、ダンサーの皆さんが真っ先に思い浮かべるものはなんですか?

今村 お客様もきっとそうだと思うのですが、ダンサーにとって、特にコール・ド・バレエのダンサーにとっては「影の王国」の場面です。第三幕、ソロルの夢の中の場面で、コール・ド・バレエのダンサー演じる舞姫たちの幻影が踊ります。

広瀬 新国立劇場バレエ団では、三段のスロープの坂の一番上からひとりずつ登場して、パンシェ(片脚を後ろに上げる)しながら下っていきます。床にはバミリ(立ち位置を示すテープ)がひとつずつ貼ってあって、その位置に乗ってパンシェをする。グラグラしないよう に、ひとつずつ必ず決めようという気概を全員が持ちながらやっています。だからこそ張り詰める空気感がありますね。

今村 先頭の方の人は四十回くらいパンシェをします。他のカンパニーでは折り返しのときに上げる脚を変える版もあるらしいですが、新国立劇場バレエ団では延々と同じ脚を上げ続けます。他カンパニーから移籍してきたダンサーで、そこに驚いている人もいましたね。

加藤 片方の脚だけ上げ続けるのは、負担が大きいです。それが一日二公演のときは......考えたくないですね(笑)。『ラ・バヤデール』は他の作品にはない独特な緊張感がありますよね。

今村 特別な緊張感だよね。『白鳥の湖』が「動的なコール・ド・バレエ」だとしたら、『ラ・バヤデール』は「静的なコール・ド・バレエ」。エカルテ(斜め四十五度を向いて脚を横に上げる)のポジションで静止するコール・ド・バレエってなかなかないと思うんですよ。そんな他の作品にはないポーズやパが出てくるのも理由のひとつじゃないかと思います。 また、坂からフラットな床に降りたとき、脚を上げる感覚、重心の持っていき方が変わるので、そこも緊張するポイントです。なので一曲目が終わって拍手がくると安堵します。

加藤 『白鳥の湖』のコール・ド・バレエは体力的にしんどいけれど、『ラ・バヤデール』は忍耐力と精進力が求められます。バランスをとるために自分に集中しつつも、周りと合わせることも重要なので、視野を広く持つ必要もあります。

今村 視野は広く、でも視界に入る人が揺れていてもつられてはいけない。「影の王国」のとき、舞台袖は立ち入り禁止です。舞台袖に動くものがあるとバランスに影響するので。一曲目が終わるまで、舞台スタッフも舞台袖は立ち入り禁止なんですよ。

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前回公演より

加藤 『ラ・バヤデール』には精神力が必要で、終演後は本当にぐったりしますね。ラインアップに『ラ・バヤデール』があるとわかったら、覚悟します(笑)。

広瀬 「あー背中鍛えなきゃ」って思いますよね。

今村 昨年二月、まだラインアップが発表される前、『コッペリア』で舞台装置の二階にいる人たちを見上げながら「二階って高いね。『ラ・バヤデール』の坂と同じぐらいかなあ」と言っていたんですよ。そうしたら、その後に発表されたラインアップに『ラ・バヤデー ル』が入っていたのでビックリしたんです(笑)。

――坂はそんなに高いんですか?!

加藤 結構高いんですよ。階段を登ってスタンバイしますが、登場がひとりずつゆっくりだから、階段も一段ずつゆっくり登っていきます。そこから緊張感がありますね。

広瀬 階段の途中で止まっているときも緊張します。本当は早く登ってしまいたいんですけれど。

今村 あと、この階段の端は断崖絶壁なんですよね。

広瀬 そこに照明で照らされて、自分の影が映るんです。それが不思議な気持ちになるんですよね。ゆらゆらするので眩暈のようにならないよう気持ちを強く持たないといけません。

今村 幻として一瞬あらわれたニキヤが階段を下りてきたらコール・ド・バレエがスタンバイするんですけど、ニキヤ役の人はいつも階段を降りながら「みんな頑張って!」とコール・ド・バレエに言ってくれるのが慣例になっています。ちょっとしたやりとりに励まされますね。


背中で揃えるコール・ド・バレエ

――「影の王国」を踊るコール・ド・バレエのダンサーは何人ですか?

今村 三十二人です。「影の王国」を三十二人で踊るカンパニーは珍しいかもしれませんね。

広瀬 確かに。多いですよね。

今村 三十二人で踊るとき、ステップを踏み始める音と呼吸を、みんなでとても大事にしています。呼吸が揃うと本当に美しい情景になります。チュチュがふわふわと同じタイミングで揺れ始めるんですよ。

加藤 人数が多い分合わせるのは大変ですけれど、踊りながら揃っている時の独特な空気感の気持ち良さを感じるのは、コール・ド・バレエならではだと思います。

今村 みんなの呼吸がひとつになる一体感があるよね。

加藤 私が初めて「影の王国」を踊ったのは、バレエ研修所の舞台実習でした。一番後ろの列でしたが、バレエ団のコール・ド・バレエに入るというだけでも緊張するのに、『ラ・バヤデール』という特別な空気感でさらに緊張してガチガチだったのを覚えています。絶対に乱せない、絶対に合わせなきゃいけない、というプレッシャーがありました。

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前回公演より 

――新国立劇場バレエ団のコール・ド・バレエは世界でも屈指の美しさと言われていますが、その秘訣はなんでしょう?

広瀬 脚を出す角度を揃えることもそうですが、背中が揃っている気がします。


加藤
 「背中・背骨で揃える」と言いますよね。


今村
 稽古場で足元を見て揃えていても、衣裳を着て舞台へ行くと、隣との間隔はチュチュが当たるか当たらないかぐらいまで詰めるので、足元は見えないんですよ。なので、稽古場から、前の人の背中を見て揃える感覚を覚えるようにと、先輩方から教わってきました。


加藤
 呼吸するときも「背中で呼吸して後ろのダンサーに伝えるように」と先輩方から習ってきました。これは今もかなり意識しているところです。


今村
 入団したばかりの頃は先輩方からそのように言われても、どういうことだろうと悩みましたよね。走るときも「背中で後ろの人を連れていって!」と先輩に言われても、どうしたらいいか分からなくて(苦笑)。一朝一夕にできるものではなく、徐々に感覚がわかってくるんですよね。


加藤
 コール・ド・バレエに実際に入って、感覚で覚えていくようなかんじです。


広瀬
 何回も繰り返し踊って覚えていくんですよね。私もそうでしたが、入団したばかりのときって、自分が踊ることだけで精いっぱい。周りを見ているようで見えていない時があるから、「このときはこういうタイミングで見るんだよ」とポイントを教えてあげるだけで踊りやすくなるようですね。みんな後輩にいろいろアドバイスをしているように思います。


今村
 コール・ド・バレエの中でも、踊る場所によって動きがちょっとずつ違うんですよ。場所ごとに、そこで踊る人のコツがあるので、それを教えたりもします。ここの人は半身よけてあげると次がスムーズにいけるんだよ、というように。

――稽古場と舞台とでは、やはり踊る感覚は違いますか?


加藤
 バランス感覚がちょっと変わりますね。


今村
 稽古場に坂はなく、バミリだけと環境が違うので。初めて『ラ・バヤデール』を踊ったときは、場当たり(立ち位置等を確認する舞台稽古)のとき、坂に慣れておこうと、できるだけ早く舞台に行き、あらかじめ坂を下ることを必ずしていました。でも場当たりの照明は素明かりの状態なので、本番とはまた違うよね。


加藤
 本番の舞台は暗いですからね。


今村
 三十二人が縦列になって踊るとき、位置が端になったら、暗闇の中に視点を定める必要があります。稽古場だと明るい中に目安になるものが近くにあるんですけど、舞台ではそれがないので、軸を保つのが難しいんです。あとは、立ち位置が照明の前に当たってしまわないかどうかが重要です。


広瀬
 「コール・ド・バレエあるある」ですね。アラベスクをした目の前がちょうど照明だと、なにも見えなくなってしまうんです。だから目安は使えず、自分の軸に頼るしかなくなってしまう......。


今村
 「照明の前なので眩しくて何も見えないんです」とお客様に言い訳できないですから(笑)。


加藤
 ほんの数センチずれることができれば違うんですけどね。場当たりのときにちょうど照明に当たるとわかると、「ああ、私、照明だ......」って(笑)。

――『ラ・バヤデール』はインド風の衣裳も雰囲気ありますよね。

加藤 身につける装飾品が素敵なんです。他の作品に比べてかなり量が多いので、付け忘れのないように注意する必要はあります。


今村
 頭飾りも綺麗だし、イヤリング、ネックレス、ブレスレットもあり、腕にもつけますからね。


広瀬
 全部テーブルに並べておいて、忘れないようにしています。


加藤
 『ラ・バヤデール』には衣裳の早替えはあまりないので、その点は助かります。


今村
 私は、アイヤ(ガムザッティのお付き)を演じたときは、第二幕の出番が終わってから、「影の王国」のためのウォームアップを舞台袖でひとりやるというルーティンでした。アイヤは演技だけですから、それまで全く踊っていなくて。姿勢も中腰だったりするので、もう一回体を温め直して作らないと、という緊張感がありますね。


――最後に、公演に向けてお客様へメッセージをお願いします。


今村
 『ラ・バヤデール』といえばキャラクターたちの恋愛模様がドラマティックに展開するところが魅力ですが、コール・ド・バレエも大きな見どころのひとつです。なんといっても三段のスロープをゆっくりと舞い降りる、「影の王国」の群舞をお楽しみいただければと思います。


加藤
 インドが舞台ということで、他の作品にはないエチゾチックな雰囲気も魅力です。第一幕の舞姫たちや、第二幕の結婚式の場面もオリエンタルで魅力的なので、ぜひご期待ください。


広瀬
 牧元芸術監督のこだわりが詰まった古典バレエの大作で、新国立劇場バレエ団にとっても大切なレパートリーです。春のお出かけに、ぜひ観にいらしてください。

2023/2024シーズン『ラ・バヤデール』

2024年4月27日(土) ~ 5月5日(日・祝) 全8回公演
新国立劇場 オペラパレス

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