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ピーター・ライト版『白鳥の湖』作品紹介



英国サドラーズウェルズ・ロイヤルバレエ(現バーミンガム・ロイヤルバレエ)で吉田都舞踊芸術監督をプリンシパルに育て上げたピーター・ライト元芸術監督は、英国で最も優れたクラシック・バレエのプロデューサーの一人でもある。彼が手がけた作品はどれも、説得力のある物語展開と人物描写を重視した、極めて英国らしい演出が特徴だ。

今年で初演から40年を迎えるライト版『白鳥の湖』もまた、今なおその新鮮さを失わない人気プロダクション。中でもバーミンガム・ロイヤルバレエでは、初演から現在に至るまでバレエ団を代表する作品としてライト版を上演し続けており、今後も『白鳥の湖』の決定版として末長く上演されていくだろうとデヴィッド・ビントレー前芸術監督(新国立劇場 元舞踊芸術監督)も絶賛している。

ライト版『白鳥の湖』を極めて完成度の高いプロダクションにしている理由の一つとしては、冒頭に挿入された亡き王の葬列場面がまず挙げられるだろう。先王が崩御したばかりで宮廷全体が喪に服しているというこの舞台設定が、フィリップ・プロウズによる重厚感あふれる衣裳・美術と相まって作品全体のゴシック的な雰囲気を決定づけるとともに、なぜ王子がすぐにも結婚相手を見つけて王位を継承しなければならないのかという物語の背景を明らかにする。

そしてこの王子に突如のしかかった運命こそが、王子がなぜ塞ぎ込んでいるのか、なぜ異質な存在である白鳥の姫に惹かれ、最後には彼女とともに命を捨てる決心をするに至ったのかといったすべてのドラマの起点となって、王子役をただのロマンチックなキャラクターに終始しない、生身の人間としてくっきりと浮かび上がらせる。メランコリックなソロや友人ベンノとのやりとりを通して、そんな王子の複雑な内面が徐々に明らかになっていく1幕は、さながら『ハムレット』を観ているよう。ライト版『白鳥の湖』は、あくまで王子の物語なのだ。

振付に関しては、共同演出のガリーナ・サムソワの協力のもとプティパ=イワノフ版を基本としつつ、1、3、4幕ではドラマ性を重視したライト版独自の振付が随所に散りばめられている。中でも白眉は、吉田都舞踊芸術監督が引退公演でも踊った4幕のパ・ド・ドゥだろう。王子に裏切られ、人間の姿に戻る希望を絶たれたオデットが、それでもなお王子を許し、二人が愛を確認し合う過程が丁寧に描かれたこのパ・ド・ドゥが挿入されているからこそ、衝撃的な結末がより一層胸を打つものとなる。どの場面、キャラクターも、物語を紡ぐための〈必然〉と思わせてくれるライト版『白鳥の湖』は、日常を忘れて舞台の世界に没入する醍醐味を改めて教えてくれることだろう。


實川絢子(舞踊ジャーナリスト)

s_web__swanlake_20120918_BRB_SwanLake_photo_by Bill_Cooper_821 -  - コピー.jpg『白鳥の湖』バーミンガム・ロイヤルバレエ公演より photo by Bill Cooper